第106話 ソフィア
夜の大聖堂は相変わらず美しい。久しぶりに見たその外観に、ソフィアはうっとりとしたため息をもらした。
ゲイルと別行動をとってから、どれほど時間が経ったのか。いつフィオナの店に戻ったものかと考えながら街をうろついているうちに、気づけばここに辿り着いていた。
エルディア村から首都セーフェルへと戻ってきた直後、ウィッテンはエリオを伴って大聖堂へ向かってしまった。いくら神経が図太いソフィアといえども、それについていくなどできない。
ゲイルはゲイルで、フィオナと二人きりにして欲しいと言ったきりだ。いつ頃店に戻ってもいいかを聞きそびれてしまったので、ソフィアは行き場に困っていた。
元々寝るのが好きなのでどこかの宿屋の空き部屋で眠るという選択肢もあったが、なんだかそんな気にもなれない。
ウィッテンはとっくに家に帰ってしまっただろうか。できたら一目だけでも会いたいと思いつつ、物陰に隠れながら大聖堂の中をうろつく。
大聖堂に人の姿はない。生者も死者も、用事があるのは礼拝堂で夜番をしている司祭だ。礼拝堂以外の場所に人気がないのは当然である。
そうしてうろついているうちに、ソフィアは中庭と思しき場所に出た。小さなベンチが置かれた中庭には、冴えた月光が降り注いでいる。
久々に帰った故郷では、色々なことがあった。
カチュアがあんなに思い詰めながら暮らしていたなんて、想像もしなかった。てっきり大好きなフレデリックと幸せにしていると思っていたのだ。ソフィアは己の浅はかさを痛感した。
もっと早いうちにカチュアに自分の言葉を届けられたら、こんな悲劇は起きなかったかもしれない。けれども村を旅立つとき、不器用なソフィアはカチュアに言葉を届ける方法を持ち合わせていなかったのだ。
父のジェームスを殺したのは、アイシスに操られたカチュアだったようだ。
家族を二人も手にかけてしまったカチュアと、次々に家族を失った母。残された二人について考えると、ソフィアは身が引き裂かれるような思いだ。
自分があの日あの崖の上でついたしょうもない嘘から、すべては始まった気がする。大切な家族や友人を傷つけたくないからこそついた嘘だったはずが、逆方向ばかりに作用してしまったという事実に、悔いしか残らない。
中庭をぼんやりと眺めていたとき、ソフィアは通路の奥から人が来る気配を察した。
夜にこんな場所を歩いているからには、聖職者だ。
余計な詮索をされないように、ソフィアが逃げようとする。
だが聞こえてきた話し声に、ソフィアは聞き覚えがあった。逃げるのをやめて声がしてくる方向を見れば、中庭を通る通路に姿を現したのはウィッテンとエリオだった。
「ソフィア、なぜこんなところに?」
「きみってばどこでも入ってくるよね」
驚いた様子のウィッテンと、相変わらず迷惑そうな物言いのエリオ。いつもと変わらぬ二人の姿に、ソフィアは不思議と安堵した。
「あの、伝えたいことがあって」
「告解ですか?」
ウィッテンが当たり前のように口にした言葉に、ソフィアは少しだけ考えた。
「……そうね。まだ昇天はしたくないけど、告解だけしたいの。あと、今回の事件について思ったことがあるから、それをただ聞いてほしくて」
「なるほど」
ウィッテンがソフィアを中庭へと誘う。
告解と言われてしまえば、司祭のウィッテンしかソフィアの話を聞くことは許されない。通路に残ったエリオはつまらなそうに中庭に背を向け、白い柱にもたれかかった。一応エリオなりに、告解の内容を聞かないようにしてくれているらしい。
中庭に備えられた白いベンチに、ウィッテンが腰かけた。その隣をソフィアに勧めてくる。相変わらずソフィアは実際には座れないものの、それでもちょこんとウィッテンの隣に座る真似をした。
聖別されたウィッテンの僧衣に、ソフィアの肩が少し触れる。霊体を通さない僧衣は、柔らかにソフィアを押し返してきた。
ソフィアが両手を組む。告解室ではなく対面で告解をするのは、これが初めてだ。相手がウィッテンということもあり、緊張がソフィアを包む。
「神と聖なる大樹の名において」
「神と聖なる大樹の名において」
ソフィアとウィッテンの声がぴたりと重なる。夜風が草木を揺らすようなわずかな音までが遠くに行ってしまったように静まり、清涼感があたりを満たすのをソフィアは感じた。
エクソシストであるウィッテンの声は、普通の司祭よりも霊体に影響を与えやすい。安全に告解するのならば他の司祭を頼る方がいい。ウィッテンでは下手したら昇天してしまいかねないというのをソフィアは分かっていたが、今夜の告解はどうしてもウィッテンにお願いしたかった。
「回心を呼び掛けておられる神の声に心を開き、大いなる大樹の慈しみを信頼し、あなたの罪を告白してください」
ウィッテンが優しく促す。
誰にも話すまいと思っていたものを、口にする。その重圧がソフィアの肩にのしかかってきたが、ウィッテンの声に導かれるようにソフィアはぽつぽつと語り出した。




