第104話 ゲイル
冬の足音が近づいてきたセーフェルで、少し厚着になったフィオナは今日も元気に買い出しに出かけていた。細い腕でいっぱいの荷物を抱えた彼女の後ろを、ゲイルがふわふわとついていく。
エルディア村からセーフェルまでは、ゲマトリアを通れば一瞬だ。しかしソフィアがウィッテンたちと一緒に帰るのを望んだ為、ゲイルもそれに合わせた。国境付近のエルディア村からの道のりは長く、セーフェルに到着する頃には季節が秋の終わりから冬の始まりへと移ろっていた。
ゲイルは常に半袖だ。死んでしまった自分には、もう季節というものは関係ない。念糸を使って長袖の服を作るのは簡単だが、あえてそれをしなかった。季節にまるで合っていない己の服装は、霊であるという事実を表していて、自分らしいと感じる。
セーフェルに帰りついた今日、ゲイルはソフィアに「フィオナと二人きりにして欲しい」と頼んだ。
ソフィアはフィオナに挨拶できないことを多少嫌がったものの、ゲイルがあとで必ず挨拶させるからと半ば強引に頼み込んだのだった。
なにも伝えられぬまま残された者の辛さを、ゲイルはソフィアとカチュアの様子を目にしてあらためて感じた。そして、カチュアの魂が肉体から離れるというトラブルに見舞われたせいもあるが、残された妹にあんなにもはっきりと自分の思いを叫ぶソフィアの姿は、ゲイルの目には羨ましく映った。
自分も、フィオナに言葉を届けなければ。
そう決意できたのは、ソフィアの行動を見たからだ。
フィオナには随分辛い思いをさせてしまったというのは簡単だが、実際にフィオナが日々どれだけ苦しんでいたのかは、彼女にしか分からない。
それでもその苦しみの端々は、魔術人形を抱いて泣いていた姿や、アーウィンにゲイルの面影を重ねているような様子から感じ取れた。
買い物を終えたフィオナは、いつものように店へと帰ってきた。ドアの鍵を開けようと、上着のポケットから鍵を取り出そうとする。だがひと抱えもある荷物を抱えていてはうまく取り出せず、鍵は彼女の手を滑り落ちた。
放っておけばそのまま地面に落ちた鍵を、ゲイルが念糸を伸ばして受け止める。そのままゲイルは、鍵を鍵穴へと差し込んだ。解錠し、年季が入った店のドアを開く。
「あら、誰? ありがとう、助かるわ」
霊がいる生活に慣れきっているフィオナは、怖がりもせず店内へと入った。ゲイルがドアを閉めるが、それにもフィオナが驚く様子はまったくない。
いつものように、店内には他の霊はいなかった。彼らは開店と共にフィオナの店に来る。ゲイルとソフィア以外に、ここに居候している霊はいない。
フィオナが大量の荷物をカウンターに置いたのを確認して、ゲイルは口を開いた。
念糸を吐息に混ぜるイメージで、声に乗せる。
「フィオナ」
久しぶりに、彼女に向けてその名を呼んだからだろう。自分でもつい笑ってしまうほど、出した声は緊張していた。
呟くようなゲイルの声に、フィオナが動きを止めた。
フィオナがゆっくりと周囲を見回す。その視線はゲイルを素通りしていった。どうやら彼女の目に、もう魔力は残っていないようだ。
きょろきょろと周囲を見回すフィオナに、ゲイルは再び声をかけた。
「ただいま」
今度こそ、ゲイルの声がはっきり聞こえたようだ。ゲイルが立つ入り口の方に、フィオナが体ごと向いた。彼女の明るい青の瞳が、大きく見開かれる。
「ゲイル? その声、ゲイルなの?」
「悪い、遅くなった」
ゲイルが言った瞬間、フィオナの体がふらりと揺れ、その場にくずおれた。ゲイルが慌てて近寄る。
「遅すぎるわよ」
フィオナは泣いていた。
「いつまで待たせてんのよ」
「だから悪かったって」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼすフィオナに、それしかかける言葉が見つからない。フィオナの涙に、ゲイルは動揺した。しかしその動揺以上に、そんなに泣くほど好いてくれて、ずっと帰りを待っていてくれたのかと切なくなる。
「アーウィンがあんただったらどんなにいいかって、どんだけ考えてたと思う? なんで最初から本当のことを言ってくれなかったの?」
泣きじゃくりながら、フィオナが言葉を続ける。
「少し前まではあんたの姿がちょっとなら視えてたのに、今はもう全然見えなくなっちゃったの。帰ってきてるなら、もっと早く言ってよ」
子供のように泣き続けるフィオナの頭に、ゲイルが念糸を絡ませた手でそっと触れた。
念糸で包んでいるとはいえ、死者のゲイルが触れると冷気がフィオナに伝わる。それでもフィオナは、ゲイルが触れるのを嫌がらなかった。
そのまま、ゲイルがフィオナをあやすように撫でる。本当はフィオナを抱きしめてしまいたかったが、そんなことをしたら彼女の体は冷え切ってしまう。
こうして少しだけ触れることだけが、ゲイルに許された最大の愛情表現だった。
「フィオナ、ひとりにしてごめんな。本当にごめん」
「さっきからそればっかりじゃない。もっと他に言うことないの」
「あるよ」
ゲイルが、フィオナの頭を心底愛おしい気持ちで撫でる。こうして触れられる日が来るなんて思っていなかったせいで、撫でるたびに彼女への愛おしさが募った。
「好きだよ、フィオナ」
「言うのが遅すぎるのよ……」
相変わらず泣いてはいたが、フィオナはどこか嬉しそうだった。
「あんたみたいな自由すぎる男、好きになるんじゃなかった」
「俺だって、人形まで作るような重い女を好きになるんじゃなかったよ」
「じゃあなんで帰ってきたの?」
「約束したからだ」
「そうね」




