宣戦布告
アナトリア遭遇戦での敗退を受けてエーレブ帝国ではこれを事件と認定しすぐに生き残った者たちを中央星に招集し調査を行なった。一方テン帝国では、戦闘終了後も皇帝ラザーン・テンの軍事演習は続いていた為すぐに取り扱われることは無かった。しかし皇帝はこの遭遇戦を気にかけるように戦闘宙域へ軍事演習を装い赴くのである。
ーーエーレブ帝国中央星「エレーブ」ーー
風宙期35年169日、調査施設内
「ーーとすると、総司令殿は事件前日に遭遇した場合は交戦するとイシュキリ大将と取り決めていた事になりますが、」
氷のイシュキリは縦に首を振り、静かに机に目を落とした。先の戦闘を事件として扱う以上調査は綿密に行わなければならない。しかし調査官の頭を悩ませたのは戦闘指揮をとったシュルツ大将その人から事件について聞くことが出来ないからである。
「先の事件ではヨーラントもそうですが、何より一等大将が戦死されております、これまでの総司令殿の発言から考えるに無罪は免れますまい。私に出来ることがあれば良いのですが、エレーブ陛下の任故に苦しいところがございます」
エレーブ陛下。エーレブ帝国初代皇帝フランツ・ヴェラ・エーレブの血を引く第3代皇帝フランツ・ヴェラ・エレーブの事である。エーレブは帝国名、と初代皇帝の名であり、その中央星は元々先代皇帝名エレブであったが当代によりエレーブとなった。また、酷似した名はエレーブ・シードク星系語族の子や孫を表す慣習的な法則によるものである。
「私は何も自分の命が惜しくて調査に協力しているわけではない、エレーブ皇帝陛下のためを思えばこそである」
調査官と目を合わせる事なく淡々と冷たく発した。軍の中枢にいれば誰もが知る一つの噂、それはイシュキリが先代皇帝の隠し子であるというものである。無論そのような事はイシュキリ本人が否定するわけであるがイシュキリの言動や当代の皇帝がイシュキリを冷遇している事から皆捨て切ることが出来ないでいた。
当代皇帝のエレーブは若干21歳であり、皇帝自らの手腕によってエーレブ帝国の政治が行われるはずはなかった。宰相「ギルシェン」は謎多き中年の行政補佐官として突如歴史の表舞台に立つ。先代皇帝の崩御間際に表舞台に現れ、次々と政敵を追いやり、ついには当代皇帝の信を受けたのである。このギルシェンが皇帝に囁きイシュキリを左遷させたのは誰の目にも明らかであった。今エーレブ帝国は事実上ギルシェン宰相の帝国へと変わりつつあるのであった。
「私はイシュキリ殿の境遇を知り得るからこそ、調査官になって良かったと思っております」
「良かった?」
「はい、今や帝国は宰相国と揶揄されるに充分であります。無論皇帝陛下への忠誠は恒久でありますがそれが宰相へ自動的に向けられるものではありません」
「それを私に話して何になる」
調査官はそれ以上私情を口にする事はなかった。そしてイシュキリも粛々と調査をこなして護衛を付けて立ち去るのであった。
そして同日、テン帝国でも遭遇戦の影響で軍事演習にイレギュラーが発生していた。
ーーテン帝国第6惑星ブルサ周辺宙域ーー
それまで皇帝が軍事演習を指揮することなど無かった。まして辺境の第6惑星にまで訪れること自体が異例であった。ひとえに時代の変革が近くまで来ていることを示唆した。
「ブルサ周辺宙域での侵入はどうなっている、我が領土を侵犯したとあれば如何なる理由であろうとも許すことは出来ない」
近習の者たちは緊張するが、すぐに安堵の報を聞くことになる。
「ブルサ管制局よりの報告によりますと8日前に迎撃後敵艦隊の動きはありません。常に巡航艦と哨戒艦を張り巡らせております」
「そのような事は当たり前である、貴様は何十年も先代から仕えておるのではないか、そのような変革のない報告など無いのと同じ事。朕が望むところはテン帝国は不正義の国に対しいかなる処分を下すのが良いかという事である。貴様の考えを述べよ」
近習の一人、「ハーフム」は背筋を伸ばした。
「直ちに不正義を正すが宜しいかと存じます」
ラザーンは笑った。その顔は喜びよりも企ての笑みであった。
「貴様、朕の代弁者であるか。はっはっは。朕よく臣下の思いを受けとめると心に決めてある。決まりだ、光伝放送を用意せよ」
その日のうちにテン帝国ラザーン・テンは周辺星系に対してエーレブ帝国の不正義と宣戦を布告した。帝国の星の切り取りが始まったのである。
このイレギュラーにより、当初予定されていた演習期間の延長と戦争に向けての「兵種改漸令」整備が進められることになる。
風宙期概史
アナトリア星域戦
風宙期35年標準日160日、アナトリア星系第6惑星周辺宙域にてエーレブ帝国軍艦が同宙域で軍事活動。
同年161日、テン帝国軍艦第5惑星周辺で軍事演習。エーレブ帝国地方艦隊、テン帝国領侵犯により両国で遭遇戦(アナトリア遭遇戦)発生。戦艦ヨーラント撃沈、他数艦艦隊落伍後撃沈。
同年169日、テン帝国がエーレブ帝国に対し宣戦布告。
同年176日、テン帝国軍艦第6惑星ブルサで軍事演習。勅令「兵種改漸令」発令。




