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13/15

緑萌える図書館にて

こんにちは!新緑が美しい季節になりました。

湿気が増すの、嫌いじゃないんですよね。ふふふ。

前回は連休をまったり過ごした楽しい回でした。今回は、鈴花がちょっと大きくなるお話です。

「こんにちはー!!」

天井の高いロビーに、赤白帽をかぶった小学生たちの、大きな挨拶が響いた。

「はい、こんにちは。みなさん、市立図書館へようこそ」

紺色のスーツのような制服を着て、銀の眼鏡をかけた女の人が、にっこりと笑顔を浮かべている。


 今日は遠足だ。

社会見学って名前になってるけど、お弁当と水筒とおやつを持って、みんなで列になって、遠くまで歩いてきたんだから、これは遠足だ。

熱気がこもるのは、明るい日差しの中を歩いて来たからか、それとも。

 鈴花たちは、担任の下野先生や藤沢先生、学級副担任、教頭先生たちと一緒に、司書の先生による見学の説明を、お行儀よく聞き始めた。


「今日は図書館の使い方を学びます。普段は入れない場所にも、特別に案内しますよ」

みんなから、わっと声が出た。

「はい、図書館では静かにしましょうね。お約束は3つです。1つめは、静かに。2つめは本を汚さない。3つめは食べ物を食べない。でも今日はたくさん歩いてきたから、水筒のお茶だけは、カウンターの前でなら、飲んで良いことにします。」

 みんなの後ろから、教頭先生が続けて言った。

「おやつは食べちゃだめだぞー」

他の先生たちからも、どっと笑いが起きる。

 鈴花はこれまで、図書館に来たことはあった。

でも学校のみんなと一緒に来ているなんて、今日は、とっても特別なかんじがした。


 最初に見学するのは、郷土資料室というところだ。

「司書の早苗先生の後について、列になって静かに移動してくださーい」

下野先生が抑えた声で、列を整えながらハキハキと言った。

 中央階段から2階に上がる。初めて入った少し暗い部屋は、ほんのり何かのにおいがして、大きなガラスのショーケースがいくつも並んでいた。その中には、茶色い土で作られた壺のようなものや、鈴花と同じくらい大きな人形のような置き物が、たくさん飾られていた。


「ここには遺跡から発掘された土器が保管、展示されています。皆さんの住んでいるこの町には、何千年も昔にも、同じように暮らしていた人たちがいました。その人達が使っていたものが、掘り起こされて、こうして展示されているんですよ」

 早苗先生が指さしてくれた先に、大きな動物の置き物があった。

あれは、お馬さんかも。

「これらは、土器といいます。身近な動物を形にしてありますね」

 馬の隣にいるのは、ぶっとい四つ足の、あれは、犬だ。

やっぱり大昔にも、犬はいたんだ。

それに、この土器は茶色いけど、犬は何色だったんだろう?


 首輪をつけた犬の土器は、大きく口を開けて、まるで笑っているようだった。

鈴花は、ポピーが舌を出して尻尾を振って「おかえり」と言っている様子を、思い出した。

「きっと、この犬が大好きだった家族が、いたんだろうね」

下野先生はそう言ってから、猫はないんですか、と質問していた。


 次に、書庫を見学した。少し暗くて、静かで、高さが天井まである本棚がいっぱい並んだ部屋には、たくさんの、山ほどの本があった。しかも学校の図書室の何倍もの広さだ。

「すっげえ」

「一生かかっても読みきれなさそう」

誰かがつぶやいたのが聞こえた。

 書庫には、あまり読まれない古い本や、大切な本がしまわれているそうだ。


「ここで、本の探し方を習いましょう」

教頭先生の掛け声で、入口近くにあるホワイトボードの前にみんなで集まる。ちょっと狭い。

「図書館の本は全て、分類番号が付けられています。住所のようなものです」

早苗先生が1冊の本を手にとって、背表紙を指さしながら教えてくれた。

「例えば、0類はコンピューター、2類は歴史、4類は自然科学です。では、先程の資料室で見たもので、何か気になるものはありましたか?」

 また誰かが、「犬」と答えた。

「犬ですね。犬は生き物なので、自然科学、4で始まります。続いて……」

早苗先生が、壁にかけられたホワイトボードに、大きく数字を書いていく。


489


「4は自然科学。その中で、動物は8。そして哺乳類……、犬はお乳を飲んで大きくなりますね。みなさんもです。その哺乳類は9です。だから、犬の本は、489という住所になります」

へー!!とみんながざわついた。

「早苗先生、猫は……」

下野先生がしつこく聞いた。早苗先生が微笑む。

「猫も近いですよ、先生。日本十進分類法ですと、イヌ科なら489.56、ネコ科なら489.53です。どちらも哺乳類ですので、489までは同じなんです」

「はぁー、イヌもネコも、身近な動物ですもんね。どうして土器は無いのかなぁ」

 寂しそうな声に、他の先生たちからくすくす笑いが起こった。

「さぁ、それではいよいよ、開架図書で調べ物をしてみましょうか」

早苗先生が嬉しそうに笑った。


 いつもの図書館の棚があるところに帰ってきた。

ここが開架というそうだ。

せっかくなので、練習では犬の本を探すことになった。

みんなで489の棚を探す。

「あったー!」

思ったより、簡単に見つかった。


 自然科学の本棚の、動物のあたりの、犬のところ。

確認しながら目を動かしていくと、『柴犬の飼い方』とか、『世界の名犬百科』とか、犬の本がたくさん見つかった。みんなその辺りで好きな本を引き出し始める。

 鈴花は『柴犬の飼い方』を手に取り、パラパラとめくってみた。

そこには泣いている犬のイラストと大きな赤い字で、

「犬には、チョコやレーズンは毒になります。食べさせないようにしましょう」

と書かれていた。これは知っている。

ポピーを飼うことになったとき、お父さんが何回も教えてくれたからだ。


 続けてページをめくる。

「黒い柴犬は、柴犬全体の2割ほどです。ほとんどが赤柴です」とあった。

うわあ、そうなんだ!

「ポピーは珍しい毛色なんだね」

隣で一緒に見ていた千晴ちゃんがつぶやく。

 なんだかポピーが、得意げにしている気がした。


 でも本当は、調べたいことは別にあるんだ。

わたしのお母さんは、いまどこに住んでいるのかな。


 最後にもう一度みんなでロビーに集まって、おしまいの時間を確認してから、いよいよ、調べものタイムがはじまった。

仲良しの子と組になって、図書館の中をあちこちへ散らばっていく。

 もちろん鈴花は、千晴ちゃんと組むことにした。

 千晴ちゃんは、赤白帽を被り直した。鈴花も真似をして、帽子のつばを直す。

「何を調べよっか?」

調べたいものは、今日までに考えてくる宿題になっていた。

「ちはるねぇ、お花を調べようかなって思ってるの。どう?」

「いいね。それにしよ」

鈴花はすぐにうなずいた。さすが千晴ちゃんだ。ちゃんと考えてきている。


「すずかちゃんは?何を調べたいの?」

そう真っ直ぐに聞かれて、鈴花はすこし迷ったが、思い切って言葉にした。

「お母さんの、いま住んでるところ」

なるほど、と千晴ちゃんは大きくうなずいてくれた。

「すずかちゃんのお母さんは、どこか遠くにいるんだもんね」

 ほんの数人の仲良しの子にだけは、話してある。

ミヨちゃんが、本当のお母さんじゃないこと。

「うん」

「それ、どうやって調べるの?」

「わからない」

そうだよね、と千晴ちゃんはまた、うなずいてくれた。

やっぱり千晴ちゃんだ。

「ね、聞いてみたら?」

「え?」

「ちはる、何でもお母さんに聞いちゃうよ。ミヨちゃんに聞いてみたら?」

すごいことを言う。

でもなんだか悪いことみたいで、それはできない。

したくない。

 返事を迷ってしまって、うつむいてしまった。

「そっか。そうだよね」

 調べものは2人で一つだけでも良いことになっていた。でもちゃんとノートに調べたことを書いて、提出しなくてはいけないから。

 鈴花は、千晴ちゃんを見た。千晴ちゃんはうなずいた。


「ちはるはね、おうちの庭に咲いてるお花の名前を調べようと思うの」

緑の葉っぱに、白い花が咲いているそうだ。

 お花なんて学校に咲いてるものだけでも、あんなにたくさんあるのに。

どうやって調べたらいいの。

「聞いてみようよ」

 近くにいた紺色の制服の先生を、千晴ちゃんが捕まえて聞いた。すごい。

「お花や庭木なら、番号は627ですね。白い花形が分かるのなら、図鑑がおすすめです」

先生はあっちですよ、と方向まで教えてくれた。


 回り込んだ棚には、園芸の本がずらりと並んでいた。


『はじめての園芸』

『あこがれイングリッシュ・ガーデン』

『庭木の剪定(せんてい)

読めない字もあったけど、とにかくお花の図鑑を探す。


「あった、これ」

千晴ちゃんが見つけた『四季の花図鑑』には、白い花がいっぱい載っていた。

そして、「庭木」の章の中から、千晴ちゃんが開いたページに。

「あった!これだ」


『シャリンバイ』


そこには、白い花をいっぱい咲かせた、見覚えのある植木の写真があった。

たしか、ポピーと散歩に行った公園で咲いていた花だ。とてもきれいだった。

「うわー!すごい、千晴ちゃん!」

「すっごい!本当に探せるんだね!」

 わたしたちはさっそくノートに書き写し、とても満足して、そして。

やることが無くなってしまった。


 もう一度、ふたりで動物の棚まで戻ってきた。

足が疲れてしゃがみこんでしまって、もうこれで終わりにしようかな、と思ったとき。

 早苗先生が声をかけてきた。

「ふたりとも、どうしたの?」

さっきまでお花を調べていたこと。

そして、調べたいことが終わってしまったことを話した。


「すずかちゃんの調べものが、決まらないんです」

「おや、それは困りましたね」

先生は、そうですねぇ、とつぶやくと、にっこり笑ったまま、自分の名札を指さした。

「私の名前、よく間違われるんですが。早苗っていうのは、苗字なんです」

「えー?!」

千晴ちゃんが大きな声を出してから、自分で自分の口をふさいだ。

「びっくりでしょ?私の名前は、早苗優子。さなえゆうこです」

「下野先生のお友だちなんだと思った。さなえ先生って、名前で呼んでるから」

 早苗先生は、そうだよねー、と大きく口を開けて、でも静かに笑った。


「私が司書になったきっかけはね、どうしてこんな名前なんだろう?って不思議に思ったことでした。それを調べていくうちに、知らないことがわかる楽しさを知ってしまったんです」

「知らないことがわかると、楽しいんですか?」

「ええ。それはもう。すずかさんも、なんとなくわかるでしょう?」

先生が指さした先には、『イヌのふしぎ』という本があった。

 そう、ポピーにはたくさんのふしぎがある。

「すずかさんが知りたいこと、分からないことって、なんですか?」

ポピーのことも、もちろん知りたい。

でももっと知りたいことが、ひとつ、ずっと胸にしまってある。


「……お母さんの、いるところ」

「ん?」

「お母さんに会いたいんです。今、住んでるところが分からないんです」

隣で千晴ちゃんが、しゅんとしたのが分かった。

早苗先生は、そっか、と大きくうなずいてくれた。

「会いたいんですね」

鈴花は、こくんと頭をたてに振った。

 早苗先生なら、見つけてくれるかもしれない。

思い切って、聞いてみた。


「お母さんの住んでる場所って、調べられますか?」

すると早苗先生は、少し困った顔をして、それから言った。

「個人情報は、取り扱いが難しいんです」

ああ、そうなんだ。

 鈴花は、終わってしまった、と思った。

だから、ありがとうございましたとお礼を言って離れようとしたら。

早苗先生が先に立ち上がった。

「何か、せめて、できることを探してみてはいかがでしょうか」

できること?

ううん、と鈴花と千晴ちゃんが首をひねっている間に、早苗先生は反対側の本棚に回って、あっという間に本を1冊、出してきてくれた。


「もしお母さんがいる場所が分かったとしても、そこまで探しに行くなら、色々な知識が必要です。今のうちから少しずつ、覚えていってはいかがでしょうか。」

それは、日本をぐるっと一周した人が書いたという、旅の本なのだそうだ。

「また、何でも聞いてくださいね」

にっこりと微笑んで、早苗先生はカウンターの方へ戻っていった。


 みんなで1冊づつ本を借りて、学校へ戻り、いつもより早く下校になった。

家に帰ってきた鈴花は、早速、借りてきたあの旅の本を開いてみた。

寄ってきたポピーがクンクンと本を嗅ぐ。図書館の本は、ちょっぴりホコリ臭い、古いような臭いがする。鈴花はそのにおいは嫌いではなかった。

 なんだか、大切な秘密が隠されているような気がするから。


 旅の本には、地図や写真が沢山あって、眺めるのはとても面白かった。

でも最後までページをめくり終えてから、鈴花はうなった。

「まず、漢字を読めるようになるところから、かあ」

日本一周、は分かる。でも肝心の、旅をするために大切なことは、さっぱり分からなかった。

探しに行くなんて、本当にできるのかな。

 鈴花はげんなりした。


 そうこうしているうちに晩ごはんになり、お風呂に入って歯磨きをしたら、なんだか眠くなってきた。

洗濯物を干しているミヨちゃんに、おやすみなさいを言う。

「いつもより早いね。やっぱりちょっと疲れたんじゃないかな。お休みなさい」

ミヨちゃんの優しい声に押されて、ポピーを引きずるように抱えて布団に潜り込んだ。


 ポピーを抱き枕にしたまま、ぼうっと今日のことを思い出してみる。

「思わぬところに、考えるヒントがあるんですよ」

そんなことも、早苗先生が言っていたっけ。


「思わぬ、ところ……」

 鈴花は、ポピーの身体じゅうをひっくり返して見てみた。

すると、黒い毛並みのふさふさ感が、体の場所によって違う事がわかった。

頭や耳の先はとてもなめらかで、背中はツンツンとしてふさふさだった。

 続けて、背中の毛並みを掻き分けて見てみた。あったかい。

アンダーコートは少しくせ毛になっていて、底にちらりと見える肌色はピンクだった。

 さらに耳の穴の中を覗いて、匂いも嗅いでみた。

香ばしい。すごく嫌がられた。

 かまわずに尻尾の毛並みも割ってみる。ポピーは尻尾の先だけ白くて可愛い。

お父さんはチャームポイントだと言っていた。

 その白いのは、黒い毛の途中から変わっているのではなくて、根本まで白い毛だった。

「こんなに、ちゃんと見たことなかったな……」

お尻の穴は、やめておいた。

ポピーが、フーッとため息をついた。


 最後に、ポピーのおでこをカリカリと引っ掻くようになでる。

指のあとに沿って、黒い毛の下から茶色い毛並みが表れる。

ポピーは気持ちよさそうに目を閉じて、耳をぺたんと下げた。

 この小さくて可愛い頭のなかにヒントが、……あるわけないか。

そのままじっと見ていると、丸く茶色いマロ眉を傾けたポピーと目があった。

 優しい、黒い瞳が、わたしを見ている。

瞳のなかに、わたしがいる。


ここにいるよ


そんな声が、頭に響いた気がした。


 あ、わたし、知ってる。

お母さんが、わたしを見てくれてたこと。


 いま、思い出した。

鈴花は、思わず手に力が入った。



 手洗いの洗濯物を脱衣所の干し竿に広げながら、美代子は、ほうっ、と息を吐いた。

すずちゃんは、犬調べで大忙しね。

 鈴花の小さなハンカチを広げ、洗濯ばさみで干す。


 良かった。

今年もなんとか、母の日をやり過ごせた。


 そのとき鈴花の寝室から、キャフン!と小さな鳴き声が聞こえた。

哀れなポピーが、尻尾でも引っ張られたのだろうか。


 あら。

いつか私も、すずちゃんに取り調べられたりするのかしら。


美代子は、ふふっと笑いをこぼした。



お読みいただき、ありがとうございます!

なろう読者の皆様は、きっと図書館もお好きだと思います。

わたしもです(笑)

図書館は問いと答えの宝庫であり、避難所であり、背中を押してくれる場所でした。

これから始まる鈴花の旅にとっても、力強い応援をしてくれそうです。

それではまた、お会いしましょう!

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