緑萌える図書館にて
こんにちは!新緑が美しい季節になりました。
湿気が増すの、嫌いじゃないんですよね。ふふふ。
前回は連休をまったり過ごした楽しい回でした。今回は、鈴花がちょっと大きくなるお話です。
「こんにちはー!!」
天井の高いロビーに、赤白帽をかぶった小学生たちの、大きな挨拶が響いた。
「はい、こんにちは。みなさん、市立図書館へようこそ」
紺色のスーツのような制服を着て、銀の眼鏡をかけた女の人が、にっこりと笑顔を浮かべている。
今日は遠足だ。
社会見学って名前になってるけど、お弁当と水筒とおやつを持って、みんなで列になって、遠くまで歩いてきたんだから、これは遠足だ。
熱気がこもるのは、明るい日差しの中を歩いて来たからか、それとも。
鈴花たちは、担任の下野先生や藤沢先生、学級副担任、教頭先生たちと一緒に、司書の先生による見学の説明を、お行儀よく聞き始めた。
「今日は図書館の使い方を学びます。普段は入れない場所にも、特別に案内しますよ」
みんなから、わっと声が出た。
「はい、図書館では静かにしましょうね。お約束は3つです。1つめは、静かに。2つめは本を汚さない。3つめは食べ物を食べない。でも今日はたくさん歩いてきたから、水筒のお茶だけは、カウンターの前でなら、飲んで良いことにします。」
みんなの後ろから、教頭先生が続けて言った。
「おやつは食べちゃだめだぞー」
他の先生たちからも、どっと笑いが起きる。
鈴花はこれまで、図書館に来たことはあった。
でも学校のみんなと一緒に来ているなんて、今日は、とっても特別なかんじがした。
最初に見学するのは、郷土資料室というところだ。
「司書の早苗先生の後について、列になって静かに移動してくださーい」
下野先生が抑えた声で、列を整えながらハキハキと言った。
中央階段から2階に上がる。初めて入った少し暗い部屋は、ほんのり何かのにおいがして、大きなガラスのショーケースがいくつも並んでいた。その中には、茶色い土で作られた壺のようなものや、鈴花と同じくらい大きな人形のような置き物が、たくさん飾られていた。
「ここには遺跡から発掘された土器が保管、展示されています。皆さんの住んでいるこの町には、何千年も昔にも、同じように暮らしていた人たちがいました。その人達が使っていたものが、掘り起こされて、こうして展示されているんですよ」
早苗先生が指さしてくれた先に、大きな動物の置き物があった。
あれは、お馬さんかも。
「これらは、土器といいます。身近な動物を形にしてありますね」
馬の隣にいるのは、ぶっとい四つ足の、あれは、犬だ。
やっぱり大昔にも、犬はいたんだ。
それに、この土器は茶色いけど、犬は何色だったんだろう?
首輪をつけた犬の土器は、大きく口を開けて、まるで笑っているようだった。
鈴花は、ポピーが舌を出して尻尾を振って「おかえり」と言っている様子を、思い出した。
「きっと、この犬が大好きだった家族が、いたんだろうね」
下野先生はそう言ってから、猫はないんですか、と質問していた。
次に、書庫を見学した。少し暗くて、静かで、高さが天井まである本棚がいっぱい並んだ部屋には、たくさんの、山ほどの本があった。しかも学校の図書室の何倍もの広さだ。
「すっげえ」
「一生かかっても読みきれなさそう」
誰かがつぶやいたのが聞こえた。
書庫には、あまり読まれない古い本や、大切な本がしまわれているそうだ。
「ここで、本の探し方を習いましょう」
教頭先生の掛け声で、入口近くにあるホワイトボードの前にみんなで集まる。ちょっと狭い。
「図書館の本は全て、分類番号が付けられています。住所のようなものです」
早苗先生が1冊の本を手にとって、背表紙を指さしながら教えてくれた。
「例えば、0類はコンピューター、2類は歴史、4類は自然科学です。では、先程の資料室で見たもので、何か気になるものはありましたか?」
また誰かが、「犬」と答えた。
「犬ですね。犬は生き物なので、自然科学、4で始まります。続いて……」
早苗先生が、壁にかけられたホワイトボードに、大きく数字を書いていく。
489
「4は自然科学。その中で、動物は8。そして哺乳類……、犬はお乳を飲んで大きくなりますね。みなさんもです。その哺乳類は9です。だから、犬の本は、489という住所になります」
へー!!とみんながざわついた。
「早苗先生、猫は……」
下野先生がしつこく聞いた。早苗先生が微笑む。
「猫も近いですよ、先生。日本十進分類法ですと、イヌ科なら489.56、ネコ科なら489.53です。どちらも哺乳類ですので、489までは同じなんです」
「はぁー、イヌもネコも、身近な動物ですもんね。どうして土器は無いのかなぁ」
寂しそうな声に、他の先生たちからくすくす笑いが起こった。
「さぁ、それではいよいよ、開架図書で調べ物をしてみましょうか」
早苗先生が嬉しそうに笑った。
いつもの図書館の棚があるところに帰ってきた。
ここが開架というそうだ。
せっかくなので、練習では犬の本を探すことになった。
みんなで489の棚を探す。
「あったー!」
思ったより、簡単に見つかった。
自然科学の本棚の、動物のあたりの、犬のところ。
確認しながら目を動かしていくと、『柴犬の飼い方』とか、『世界の名犬百科』とか、犬の本がたくさん見つかった。みんなその辺りで好きな本を引き出し始める。
鈴花は『柴犬の飼い方』を手に取り、パラパラとめくってみた。
そこには泣いている犬のイラストと大きな赤い字で、
「犬には、チョコやレーズンは毒になります。食べさせないようにしましょう」
と書かれていた。これは知っている。
ポピーを飼うことになったとき、お父さんが何回も教えてくれたからだ。
続けてページをめくる。
「黒い柴犬は、柴犬全体の2割ほどです。ほとんどが赤柴です」とあった。
うわあ、そうなんだ!
「ポピーは珍しい毛色なんだね」
隣で一緒に見ていた千晴ちゃんがつぶやく。
なんだかポピーが、得意げにしている気がした。
でも本当は、調べたいことは別にあるんだ。
わたしのお母さんは、いまどこに住んでいるのかな。
最後にもう一度みんなでロビーに集まって、おしまいの時間を確認してから、いよいよ、調べものタイムがはじまった。
仲良しの子と組になって、図書館の中をあちこちへ散らばっていく。
もちろん鈴花は、千晴ちゃんと組むことにした。
千晴ちゃんは、赤白帽を被り直した。鈴花も真似をして、帽子のつばを直す。
「何を調べよっか?」
調べたいものは、今日までに考えてくる宿題になっていた。
「ちはるねぇ、お花を調べようかなって思ってるの。どう?」
「いいね。それにしよ」
鈴花はすぐにうなずいた。さすが千晴ちゃんだ。ちゃんと考えてきている。
「すずかちゃんは?何を調べたいの?」
そう真っ直ぐに聞かれて、鈴花はすこし迷ったが、思い切って言葉にした。
「お母さんの、いま住んでるところ」
なるほど、と千晴ちゃんは大きくうなずいてくれた。
「すずかちゃんのお母さんは、どこか遠くにいるんだもんね」
ほんの数人の仲良しの子にだけは、話してある。
ミヨちゃんが、本当のお母さんじゃないこと。
「うん」
「それ、どうやって調べるの?」
「わからない」
そうだよね、と千晴ちゃんはまた、うなずいてくれた。
やっぱり千晴ちゃんだ。
「ね、聞いてみたら?」
「え?」
「ちはる、何でもお母さんに聞いちゃうよ。ミヨちゃんに聞いてみたら?」
すごいことを言う。
でもなんだか悪いことみたいで、それはできない。
したくない。
返事を迷ってしまって、うつむいてしまった。
「そっか。そうだよね」
調べものは2人で一つだけでも良いことになっていた。でもちゃんとノートに調べたことを書いて、提出しなくてはいけないから。
鈴花は、千晴ちゃんを見た。千晴ちゃんはうなずいた。
「ちはるはね、おうちの庭に咲いてるお花の名前を調べようと思うの」
緑の葉っぱに、白い花が咲いているそうだ。
お花なんて学校に咲いてるものだけでも、あんなにたくさんあるのに。
どうやって調べたらいいの。
「聞いてみようよ」
近くにいた紺色の制服の先生を、千晴ちゃんが捕まえて聞いた。すごい。
「お花や庭木なら、番号は627ですね。白い花形が分かるのなら、図鑑がおすすめです」
先生はあっちですよ、と方向まで教えてくれた。
回り込んだ棚には、園芸の本がずらりと並んでいた。
『はじめての園芸』
『あこがれイングリッシュ・ガーデン』
『庭木の剪定』
読めない字もあったけど、とにかくお花の図鑑を探す。
「あった、これ」
千晴ちゃんが見つけた『四季の花図鑑』には、白い花がいっぱい載っていた。
そして、「庭木」の章の中から、千晴ちゃんが開いたページに。
「あった!これだ」
『シャリンバイ』
そこには、白い花をいっぱい咲かせた、見覚えのある植木の写真があった。
たしか、ポピーと散歩に行った公園で咲いていた花だ。とてもきれいだった。
「うわー!すごい、千晴ちゃん!」
「すっごい!本当に探せるんだね!」
わたしたちはさっそくノートに書き写し、とても満足して、そして。
やることが無くなってしまった。
もう一度、ふたりで動物の棚まで戻ってきた。
足が疲れてしゃがみこんでしまって、もうこれで終わりにしようかな、と思ったとき。
早苗先生が声をかけてきた。
「ふたりとも、どうしたの?」
さっきまでお花を調べていたこと。
そして、調べたいことが終わってしまったことを話した。
「すずかちゃんの調べものが、決まらないんです」
「おや、それは困りましたね」
先生は、そうですねぇ、とつぶやくと、にっこり笑ったまま、自分の名札を指さした。
「私の名前、よく間違われるんですが。早苗っていうのは、苗字なんです」
「えー?!」
千晴ちゃんが大きな声を出してから、自分で自分の口をふさいだ。
「びっくりでしょ?私の名前は、早苗優子。さなえゆうこです」
「下野先生のお友だちなんだと思った。さなえ先生って、名前で呼んでるから」
早苗先生は、そうだよねー、と大きく口を開けて、でも静かに笑った。
「私が司書になったきっかけはね、どうしてこんな名前なんだろう?って不思議に思ったことでした。それを調べていくうちに、知らないことがわかる楽しさを知ってしまったんです」
「知らないことがわかると、楽しいんですか?」
「ええ。それはもう。すずかさんも、なんとなくわかるでしょう?」
先生が指さした先には、『イヌのふしぎ』という本があった。
そう、ポピーにはたくさんのふしぎがある。
「すずかさんが知りたいこと、分からないことって、なんですか?」
ポピーのことも、もちろん知りたい。
でももっと知りたいことが、ひとつ、ずっと胸にしまってある。
「……お母さんの、いるところ」
「ん?」
「お母さんに会いたいんです。今、住んでるところが分からないんです」
隣で千晴ちゃんが、しゅんとしたのが分かった。
早苗先生は、そっか、と大きくうなずいてくれた。
「会いたいんですね」
鈴花は、こくんと頭をたてに振った。
早苗先生なら、見つけてくれるかもしれない。
思い切って、聞いてみた。
「お母さんの住んでる場所って、調べられますか?」
すると早苗先生は、少し困った顔をして、それから言った。
「個人情報は、取り扱いが難しいんです」
ああ、そうなんだ。
鈴花は、終わってしまった、と思った。
だから、ありがとうございましたとお礼を言って離れようとしたら。
早苗先生が先に立ち上がった。
「何か、せめて、できることを探してみてはいかがでしょうか」
できること?
ううん、と鈴花と千晴ちゃんが首をひねっている間に、早苗先生は反対側の本棚に回って、あっという間に本を1冊、出してきてくれた。
「もしお母さんがいる場所が分かったとしても、そこまで探しに行くなら、色々な知識が必要です。今のうちから少しずつ、覚えていってはいかがでしょうか。」
それは、日本をぐるっと一周した人が書いたという、旅の本なのだそうだ。
「また、何でも聞いてくださいね」
にっこりと微笑んで、早苗先生はカウンターの方へ戻っていった。
みんなで1冊づつ本を借りて、学校へ戻り、いつもより早く下校になった。
家に帰ってきた鈴花は、早速、借りてきたあの旅の本を開いてみた。
寄ってきたポピーがクンクンと本を嗅ぐ。図書館の本は、ちょっぴりホコリ臭い、古いような臭いがする。鈴花はそのにおいは嫌いではなかった。
なんだか、大切な秘密が隠されているような気がするから。
旅の本には、地図や写真が沢山あって、眺めるのはとても面白かった。
でも最後までページをめくり終えてから、鈴花はうなった。
「まず、漢字を読めるようになるところから、かあ」
日本一周、は分かる。でも肝心の、旅をするために大切なことは、さっぱり分からなかった。
探しに行くなんて、本当にできるのかな。
鈴花はげんなりした。
そうこうしているうちに晩ごはんになり、お風呂に入って歯磨きをしたら、なんだか眠くなってきた。
洗濯物を干しているミヨちゃんに、おやすみなさいを言う。
「いつもより早いね。やっぱりちょっと疲れたんじゃないかな。お休みなさい」
ミヨちゃんの優しい声に押されて、ポピーを引きずるように抱えて布団に潜り込んだ。
ポピーを抱き枕にしたまま、ぼうっと今日のことを思い出してみる。
「思わぬところに、考えるヒントがあるんですよ」
そんなことも、早苗先生が言っていたっけ。
「思わぬ、ところ……」
鈴花は、ポピーの身体じゅうをひっくり返して見てみた。
すると、黒い毛並みのふさふさ感が、体の場所によって違う事がわかった。
頭や耳の先はとてもなめらかで、背中はツンツンとしてふさふさだった。
続けて、背中の毛並みを掻き分けて見てみた。あったかい。
アンダーコートは少しくせ毛になっていて、底にちらりと見える肌色はピンクだった。
さらに耳の穴の中を覗いて、匂いも嗅いでみた。
香ばしい。すごく嫌がられた。
かまわずに尻尾の毛並みも割ってみる。ポピーは尻尾の先だけ白くて可愛い。
お父さんはチャームポイントだと言っていた。
その白いのは、黒い毛の途中から変わっているのではなくて、根本まで白い毛だった。
「こんなに、ちゃんと見たことなかったな……」
お尻の穴は、やめておいた。
ポピーが、フーッとため息をついた。
最後に、ポピーのおでこをカリカリと引っ掻くようになでる。
指のあとに沿って、黒い毛の下から茶色い毛並みが表れる。
ポピーは気持ちよさそうに目を閉じて、耳をぺたんと下げた。
この小さくて可愛い頭のなかにヒントが、……あるわけないか。
そのままじっと見ていると、丸く茶色いマロ眉を傾けたポピーと目があった。
優しい、黒い瞳が、わたしを見ている。
瞳のなかに、わたしがいる。
ここにいるよ
そんな声が、頭に響いた気がした。
あ、わたし、知ってる。
お母さんが、わたしを見てくれてたこと。
いま、思い出した。
鈴花は、思わず手に力が入った。
手洗いの洗濯物を脱衣所の干し竿に広げながら、美代子は、ほうっ、と息を吐いた。
すずちゃんは、犬調べで大忙しね。
鈴花の小さなハンカチを広げ、洗濯ばさみで干す。
良かった。
今年もなんとか、母の日をやり過ごせた。
そのとき鈴花の寝室から、キャフン!と小さな鳴き声が聞こえた。
哀れなポピーが、尻尾でも引っ張られたのだろうか。
あら。
いつか私も、すずちゃんに取り調べられたりするのかしら。
美代子は、ふふっと笑いをこぼした。
お読みいただき、ありがとうございます!
なろう読者の皆様は、きっと図書館もお好きだと思います。
わたしもです(笑)
図書館は問いと答えの宝庫であり、避難所であり、背中を押してくれる場所でした。
これから始まる鈴花の旅にとっても、力強い応援をしてくれそうです。
それではまた、お会いしましょう!




