勇者の休日
ゴールデンなウィーク、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
鈴花のお家でも、休日を楽しんでいるようです。
今回は前回に引き続いての、まったり回です。
お楽しみいただけますと幸いです。
そのダンジョンには、かつて偉大な魔法使いが潜んでいたという。
奥底には、彼がいくつもの国から取り上げた世界の半分に等しい財宝があり、
凶悪なドラゴンが最後の扉を守っている。
いま、暗闇の中に立つ勇者スズカの前に、古びた重い扉が二つ並んでいた。
背後からはコボルト達の雄たけびが聞こえる。迷う時間は無さそうだ。
スズカはカンテラの灯を高く上げ、隣に控える陽光の賢者ポピーに告げた。
「右に行く!」
キラキラと輝く魔法で防御力をアップさせ終え、黒い鼻面を撫でてから、ポピーが微笑む。
「OK。どこへでも行くよ、君となら」
2人は見つめあい、そして右の扉を勢いよく開いた。
部屋の奥から、地下とは思えないほどの眩しい光があふれ出す。
これは、もしかして伝説の……
「いにしえの眠りを妨げる愚か者どもよ!くたばるがいい!」
怒号と共に砂煙をあげ、黒いドラゴンが上体を起こした。
「きゃー!!罠だったぁー!!!」
「うるさいぞー、鈴花」
鈴花の金切り声にたまりかね、雄一が声をかけた。
ここはリビング。ゲーム機の小さなコントローラーを両手に持った鈴花が、
テレビの前で両手両足を振り回している。
必死になってやっているのは、体感型アクションRPGというそうで、実際に身体を動かすと、その動きがキャラクターに伝わるものだ。
全身運動にもなるところが鈴花の性分に合ったようで、連休に入ったなり、夢中になってやっているのだった。
やがてチャララーンと明るいファンファーレが鳴った。
「良かったー。なんとか倒せたよ!賢者ポピーも回復してあげるね」
鈴花が左手をぐるぐると振り回すと、テレビの中でピロリロリン、と軽い音が鳴った。
画面の中では黒い犬を擬人化させたキャラクターが、目を輝かせて喜んでいる。
それを見てか知らずか、庭に面した掃き出し窓の端から立ち上がった黒柴ポピーは、フン、と鼻息ひとつつくと、涼しい奥の部屋へ去って行った。
「さぁ、冒険はいったん止めて。お昼ですよ」
ミヨちゃんがお茶を汲みながら呼んでくれたので、鈴花は、はーいと返事をして食卓へ着く。
今日はご飯とわかめのお味噌汁に、おかずは鶏のネギソースだった。
お父さんが営業をしているので、ニンニク入りのものは休みに食べることが多い。
いただきますの挨拶もそこそこに、みんなで黙々と食べる。
鈴花には少しスパイシーに感じられたが、入っているほうが深みがあって美味しい。
「んー、美味い。鈴花が寝られなくなるからなぁ。ニンニク入りは休みの日じゃないとな。」
「あら、雄一さんのせいじゃなかったっけ」
そうかー?とお父さんがとぼけて、鶏にかぶりついた。
「ちがうよねー、ポピーもそう思うよねー」
鈴花は、調子よく戻ってテーブルの下にスタンバイしたポピーに言いつけた。
ネギソースをたっぷり追加しながら、ミヨちゃんが聞く。
「さて皆様。ゴールデンウィークは、どこにも出かけなくていいの?どこか行きたい?」
「いやー。僕はいいかな。どこも混むからね」
お父さんはスマホを片手に調べものをしながら答えた。
「ほら、県道は渋滞だって。近くの公園もイベントしてるし」
「普通は、イベントしてるから行くんじゃないの?」
ミヨちゃんが苦笑いしながら、付け合わせの青菜を口に入れた。
「君だって本音は年中インドア派だろ?知ってるぞ」
「ふふ。すずちゃんは?」
ミヨちゃんがお代わりの鶏をよそってくれた。
「ゲームするから大丈夫!今いいところだから!」
そうなのだ。いま、わたしは忙しいんだから。
ポピーは鶏を諦めたようで、また掃き出し窓の側で日向ぼっこを始めた。
新しくお気に入りになったのは、鈴花の古いタオルハンカチ。
くちゃくちゃにして、毛羽立っているのがいいみたい。
デザートは頂き物のゼリー。
このまえ来た、お父さんの友達のおじさんがくれたものだった。
都会のデパートのお品物らしく、ミヨちゃんが包み紙のイラストに大興奮していた。
冷たく冷やしたゼリーの蓋をはぎ取り、逆さにしてお皿の上につるんと出す。
私のは苺、お父さんはみかん、ミヨちゃんは白桃。
甘酸っぱい香りの赤いゼリーを、スプーンですくって、つるりと飲み込む。
「おいしーい」
三人の声がそろった。
そういえば、学校でいちばん仲良しの千晴ちゃんは、ゴールデンウィークに、
福岡のおじいちゃんちに行くって言ってた。
他にも田舎のおじいちゃん、おばあちゃんの家に帰る子が結構いたっけ。
車に乗ったり、電車に乗って遠くに行くって、ちょっと憧れる。
ゴールデンなウィークなんだから、やっぱり特別な感じがする。
鈴花はちょっと考えた。
でも今は勇者だから、忙しいしなぁ。
「ねぇ、夏休みになったら、おばあちゃんちに行こうよ」
鈴花のお祖母ちゃんは、森の近くに住んでいて、前にもお家へ行ったことがある。
緑がいっぱいで、近くに川もある。
暑いときに行ったら、きっと楽しい。
「そうね……」
「そうだな……」
お父さんとミヨちゃんの返事がハモった。
雄一はスマホを眺めながら考えた。
おふくろなぁ。
こないだ、海外旅行先から出したらしいハガキが届いていたっけ。
もともと行動派だったのが、おやじが死んでから重しが無くなったのか、好きにやっているようだ。
父が旅立ったのは、雨の夜だった。
何とか最後に間に合ったのは良かったが、仕事の繁忙期と重なってしまい、二人で過ごすような時間は、あまり取れなった。いや、忙しいというのは言い訳だったかもしれない。
墓参りも始めのうちこそ、こまめに行っていたが、職位が上がってからは帰省もままならなくなり、そのままだ。
というより、休日は身体を休めるので手いっぱいで、遠距離を移動する気にならなかったのだ。結局、自分の都合ばかりなんだな。
「好きな時に海外へ出かけたいから、ほいほい帰って来られても困るわ」と言われたのは、実はおふくろなりの気遣いなのかもしれなかった。
自分も親になってから気づくこともある。
寡黙な父と話すことなど無いだろうと思っていたが、それが間違いだと気づいたのは、ずいぶん後になってからだった。
もしもあの時、こうしていたら。
もっと広い視野で話を聞けていたら。
今とは少し、違っていたかもしれない。
ハガキを読んだ限りは元気にしているようだが、おふくろは干渉するのもされるのも好まない。たまにはこっちから、顔を出した方がいいかもしれない。
雄一はスマホから顔を上げ、美代子を見た。
鈴花に問われて、スプーンを置いて美代子は少し考えた。
ああ、お義母さんの方ね。
しばらくお会いしていないから、いいかもしれないわね。
そういえば、実母のほうはどうしているだろうか。
あれからずっと連絡を取っていない。
雄一との結婚を報告したときから。
関わるとろくなことが無い、そう思っている。
親になるって、どういうものなのかしら。
鈴花はいまや確かに美代子の娘だ。その自負はある。
大人として、母親として、ふさわしいふるまいを意識してきた。常にそうだったとは言えないが、努力はしてきたつもりだった。
なのに。
もしもあの時、こうしていたら。
もう少し、心にゆとりを持てていたら。
少しは違っていたかもしれない。
でも、後悔はしていない。違う道を進んでいたとしても、きっと同じ結果になったはず。
美代子は雄一を見返し、微笑んだ。
「そうね、良いんじゃない」
「おう、そうするか」
お父さんとミヨちゃんは、しばらく考えてから、一緒に言った。
「やった。じゃあ約束ね!ごちそうさまでした!」
鈴花はお皿をキッチンへ下げ、ゲームに戻ろうとした。
「そうだ、すずちゃん。ポピーにフィラリア予防のお薬をあげてちょうだいよ」
フィラリアというのは犬の怖い病気で、ミミズみたいな寄生虫が、心臓に詰まってしまうそうだ。
めちゃくちゃ怖い。ドラゴンどころではない。
鈴花はダイニングの引出しにしまってある、パウチに入ったお薬を取り出した。
お薬はお肉みたいに四角に固められていて、すごくおいしそうな見た目になっている。
匂いも良いらしくて、去年、ポピーは喜んで食べていた。
包みの薄いアルミを破る。すぐさまポピーが飛んできた。
後ろ足で立って、珍しく前足でアタックしてくる。
黒い鼻面をひくひくさせて、目の中がキラキラしている。
まるで魔法を唱える前のようだった。
「はい、あげるからね。お座り」
ポピーは言う前から座り、左手を出していた。
「ははは、お手はまだ言ってないぞー。鈴花、早くあげなよ」
「やだ。お手もちゃんとするの」
鈴花が、かがんだ隙に、ポピーは鈴花の手ごとくわえんばかりに飛びつき、薬を床に落とし、慌ててくわえてから、素早く奥の部屋へ小走りに去っていった。
「あっ!待って!だめ。もう。ポピーはお薬が好きなの?」
「いや、お前が警戒されてるんだよ。これはあげない、ってな。」
「すずちゃん、ポピーが食べきるまで、ちゃんと見ていてくれる?お薬だからね」
「はーい」
鈴花も奥の部屋へ走っていった。
すると入れ替わってポピーがリビングに戻って来た。
完全に、遊ばれている。
「ははは、何やってんだよ」
雄一はスマホのカメラを構え、画面越しに見つめる。
追いついてきた鈴花の気配に、ポピーのマロ眉が傾いている。
よほど鈴花に薬を盗られたくないのだろう。
まあ、いいか。
上手くいかないことだって、やがて良い思い出に変わるものだろう。
シャッター音に気付いて、ポピーがしっぽを振った。
まるで賢者のように。
お読みいただき、ありがとうございました!
いやー、私もまさにインドア派です。
2本もアップできるなんて……!!連休万歳ですね。
次回以降の構成案もできましたので、またコンスタントにアップできればと思っています。
お付き合いの程、どうぞよろしくお願いいたします。




