第十一夜 ②ー2
…良かった…変に思われてない…。
それならこのまま顔が赤いこととかも気付かれなければいいのに。
「せ、先輩、辛いものが好きなんですね」
「エミーユは?好きな食べ物はあるの?」
「僕ですか?僕は…甘いものが好きです。ケーキとかお菓子とか。暇なときは自分でも作ったりもしますよ」
「え?お菓子作るの!?それはいいわね!一度食べてみたいわ!」
エラが笑顔でそう言うのでエミーユは嬉しくなる。
「いいですよ!今度作ってきますね」
「ほんと!?ありがとう、楽しみにしてるわ!」
図らずも次回の約束が出来たことでエミーユは小躍りしたいくらいに嬉しかった。エラとしてもこれは純粋に楽しみたい約束だ。こっちの世界に来てからこういった話をする相手はいなかった。それに原作では描かれなかった彼の趣味について知ることが出来たのは嬉しい限りだ。
エラが体勢を崩して座り直す。その時、エミーユも体勢を崩していたのか体の隣に置いていた彼の手の上にエラの手が重なった。
ふに、とした柔らかいけど少し大きな男の人の手だ。エラはぎょっとして手を離そうとしたが、すぐに離してしまうのも拒絶しているみたいで感じが悪い。そう思いそろそろゆっくりと離そうとした。
が、さらにエラが驚いたのはエミーユの反応だった。ゆっくりと離そうとしたエラの手をエミーユの指が絡んできて握ってきたのだ。
…ふぁっ?!?!?
目を大きく見開いてエミーユに握られた手をガン見する。どう見ても彼の手に自分の手が握られていた。一体何事だとエラがエミーユの横顔を見てみる。彼の頬は赤く染まり、耳までも真っ赤だった。
…え????なにこの可愛い生き物は????天使????え、無理、尊い…。
エラは半ば昇天しそうな感情を抑え込みながら冷静を装う。原作でもさすが天使族とでも言えそうなほど可愛い反応をするエミーユだったが、実物の破壊力は半端ではなかった。
恥ずかしそうに目をうるっとさせながら耳まで赤く染めたエミーユはエラの手をしっかりと握る。当然、エラはこの手を振りほどくことはしない。むしろぎゅっと握り返した。その瞬間、エミーユは肩をビクッとさせたがその横顔は嬉しそうな表情を見せた。
…可愛い…可愛い過ぎるわ…。…悪い人に狙われるわよ……ていうかこれどういう事?この反応、自惚れていいの?こんな反応されたら誰でも勘違いするわよ!?
あまりにも可愛い反応にエラはプチパニックだ。
こんな反応、好感度がかなり貯まっているとしか思えない。どう見ても好意を向けられている気がする。だが、この原作の主人公はあくまでもリチアだ。そんなことないはず。しかし…。
…てゆーか、私、イオニコフをどうにかしなきゃ、って思ってたけどあの魔女の理屈で言うなら彼じゃなきゃいけない理由なくない!?もし、エミーユが想ってくれているのなら…。
彼を選ぶ選択肢が存在するのでは?
ゴクリ…と唾を飲んだ。そうだ。別にイオニコフである必要はないのだ。エミーユの愛を受けられるならそれでも良いのかもしれない。愛されていると実感出来れば原初の魔女は乗っ取れない。それなら魔女としての覚醒もしないので処刑される謂れは無くなる。
ありかもしれない。エミーユが私を愛してくれているのならー…。
…いえ、それはダメだわ…。
考えるだけ考えてその思考を振り払った。いくらなんでもこの思考は残酷だ。それはつまり人の心を弄ぶ悪女と何ら変わりない。とはいえ、そもそもが最悪のシナリオを回避するために攻略対象の好感度を上げようとしている。それだって充分に悪女のする行為だ。
私に攻略対象の純粋な愛を受ける権利なんてないのかもしれない。
最悪のシナリオは回避したい。でも、その為に彼らの心を弄ぶのは赦されるの?
ゲームをプレイしていたときはそのルート毎に本命を決めてプレイしていた。二人が幸せになれるように。
でも今の私は?
推しが幸せになれるようにしている行動じゃない。利用しようとしているんだ。
エラはゾクッと悪寒を感じた。
これが例えばイオニコフが好きで、とかエミーユが好きで、とか、そんな感情もあるなら違ったかもしれない。でも、今のエラにはそんな感情はない。
ただ、最悪のシナリオを迎える前に味方に引き込むことだけを考えてきた。だからこんな風に純粋な好意を向けられる瞬間を想像していなかった。
ちらりとエミーユを見る。視線に気付いたエミーユが照れくさそうに笑みで返してくる。その事にエラは罪悪感を覚えた。




