第十一夜 ①ー11
あれは今までのものと同じ「原初の魔女に乗っ取られ掛けていた」その瞬間だったのだ。彼はその瞬間を目撃した。だからこうして質問をしてきたのだ。
…だとすると、下手なことは言えないわ。彼には嘘がわかる。それにこれはもうイオニコフもイドラも知っていること。どうする?正直に話す?
エミーユの普段の様子を見ていると話しても良い気がしてくる。それに今はリチアが起こすはずだった好感度イベントの最中だ。彼の中でそれだけ好感度が高いのであれば、話し方次第では受け入れてもらえるかもしれない。
最終イベントを迎える前に味方に出来る相手は多い方がいい。
「…これは、既にイオニコフ様とハンニバル様にも話したことなのだけど…」
他にも知っている人間がいること。あえて言っておくことで牽制する。彼らほど立場の上な人が黙認していることだ。安易な扱いは出来なくさせる。
「どうやら私の中には『原初の魔女』の思念が巣食っているみたいなの」
「原初の魔女?なんですか?それ…」
「簡単に言えば…魔女そのもののことね」
「魔女…!?あの光の世界を滅ぼすために魔王が送ったっていう殺戮兵器だっていう!?」
エミーユはあくまでも口元を手で押さえ小さな声で叫んでいたのだが、その表情は青ざめていた。
無理もない。イドラの話からしても光の世界において魔女はとんでもない殺人鬼としてしか知られていないようだ。
…天使族の中ではそんな伝わり方してるのね…。
「そ、それじゃ、先輩は…」
青ざめて少し距離を取るエミーユを見て、エラはショックを受けた。彼の反応は当然だと思う。それでも、そんな反応は見たくなかった。
「正確には、まだそうではないの。…イオニコフ様が言うには私の中の『原初の魔女』は中からこの体を乗っ取ろうとしているそうよ」
「の、っとる…?」
「ええ、私が乗っ取られたら最後。本格的な…魔女、として覚醒するみたい。多分、私の魔力が黒くなってるっていうのはそれだけ私が彼女に乗っ取られつつあるという証拠でしょうね」
自分でも危機感を感じる。エミーユに言われて自分の状況を把握した。好感度がどうのというよりも先に自分が乗っ取られる可能性が高い。
だがこの時、ただ漠然と「ヤバいかも」くらいにしか思わなかったことを後々後悔することになる。しかしそんな事を知る由もなかった。
「先輩…」
エミーユの瞳が揺れている。驚愕と恐怖が入り交じったような顔。
「……今はまだ、そうだと決まったわけではないの。イオニコフ様が立てた仮説。…私自身、出自に関する記憶がなくて正しいことがわからないのよ」
「え…?先輩、生まれた時のこととか覚えてないんですか?」
「そうよ。だからほんとに私の中にそんな存在がいるのかはわからないのよ。でも、エミーユに見える私の魔力は黒くなっているのでしょう?…だとしたら、イオニコフ様の仮説は正しいってことだわ」
エラは眉を八の字に垂らし寂しそうに笑って見せた。それは演技ではなくてただ自然とその表情になっていた。とっくに判っていたことなのに、こうして話して情報を重ねていく度に現実味を帯びてくる。ゲームのシナリオでそういう設定、というだけでなく自分自身に深く関わる問題だということがエラの心に影を落とす。
「せ、先輩!!!」
エミーユはエラの腕を掴む。エラは驚いて彼の瞳を見つめた。その瞳にエラが映っている。
「どうしたら先輩をその魔女から守れるんですか!?」
「え?」
「だってイオニコフ先輩やイドラ先輩がその事を知っていて、それでも処分してないってことは先輩が魔女にならない可能性があるからってことですよね?まだ完全じゃないなら、手立てがあるから、ですよね?違いますか?」
思ったより彼は頭の回転が早いらしい。
「今日、先輩の魔力は黒くなったり戻ったりを繰り返してたんです。先輩が一人でいると黒くなって、僕やイドラ先輩が話し掛けたら少し色が戻ってました。これも何か関係があるんですよね?」
彼はずっと気に掛けてくれていたのだ。イオニコフの反応に戸惑い心に影を落としていたエラの魔力の色が変化していたのだろう。それに気が付き、彼はを側にいてくれた。
…そっか…。今日ずっと…。
純粋に嬉しいことだった。必死に引き留めようとしてくれていたんだ。
「…イオニコフ様が知っている話だと原初の魔女に乗っ取られなかった娘もいるそうよ」
「それはどんな娘さんだったんですか?」
「…魔女に乗っ取られる前に恋人との愛に満たされ、人を恨まなかった娘だそうよ」
エラの口から語られた言葉にエミーユの心臓がどくんと跳ねる。
…愛に満たされた?
「じゃ、じゃあもし先輩が…誰かとの愛に満たされたら、魔女にならないってことですか?」
エミーユの心臓がどくん、どくんと跳ねる。胸の前に手を添えた。
「えっと、そうね。イオニコフ様の仮説が正しいならそうなるわね」
エラの腕を掴む手が熱くなり、エミーユの胸はドキドキし始める。
…それは間違いないと思う。先輩が楽しそうにしてる時は魔力の色が戻ってた。なら、先輩が誰かを愛してそれが幸せだったら、魔女にはならないってことだ。
つまりはその相手次第だ。
それって、僕でもいいの?
そう考えが過った時、エラと視線が合った。エミーユはその瞬間にドッと顔が熱くなるのを感じた。きっと耳まで赤いはずだ。
…夜で良かった…。
こんな顔見られたくない。エミーユは恥ずかしくなって気まずくなってエラを引っ張って別荘に戻ろうと歩き始めた。
「え?ちょっと、エミーユ?急にどうしたの?」
エラは訳がわからなかった。急に黙ってエミーユが踵を返して別荘に向かい始めた。しかし置いていかれるのではない。腕は彼に掴まれたままだ。
…何?反応を見るに私をどうこうしようって感じじゃないんだけど…。
首を傾げるエラはハテナを飛ばしたまま別荘へと戻ることになった。
そうして海イベント初日を終えた。




