第十一夜 ①ー10
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『時ノク』の原作ではバーベキューの最中、好感度が高い相手と抜け出すのはリチアのはずだった。だがしかし、蓋を開けてみれば抜け出してきた二人はエラとエミーユ。別荘から浜辺の方へと場所を移していた。
さざ波の音と浜辺から見上げる満天の星空は目を見張るものだった。イドラの国で見たものとはまた違う顔を見せる星空だ。
…まさか…抜け出すがリチアじゃないなんて…。
エラは心の底から驚いていた。二人が抜け出す際にリチアの方を確認したが抜け出すような雰囲気はなかった。
「うわぁー!!星がいっぱい!綺麗ですね!潮風も気持ちいいですし!」
両手を目一杯に広げて潮風に当たるエミーユを見ていると心が和む。
「そうね。満天の星空…天然のプラネタリウムだものね」
エラは何気なく放った言葉だったがエミーユは首を傾げた。
「ぷらねたりうむ?」
「え?あ、なんでもないわ」
元の世界での言葉は通じなかったらしい。適当に誤魔化しそうと改めてエミーユを見た時にエラはハッとした。
月明かりと満天の星空、バックの夜の海辺、そして振り返ってこちらに視線を向けるエミーユはまさに月下の美男子と表現出来る。エラは思わず見とれてしまった。
乙女ゲームと言う世界観的には立場が逆だが。
「先輩?」
気がつくとエラの目の前にエミーユの顔があった。驚いて後ろにバランスを崩す。
「先輩…!」
パシッ!とエラの腕を掴んで引き寄せる。エミーユが受け止めてくれたことでエラは転けずに済んだ。
「あ、ありがとう…」
「いえいえ。大丈夫です。先輩が泥だらけにならなくて良かったです」
そういうエミーユはエラを抱きとめたままの体勢である事を忘れていたようで、二人の視線が目の前でバチッと交差した瞬間、顔を真っ赤にしてパパッと離れた。
「ご、ごめんなさい…!」
「え?大丈夫よ。気にしないで」
いちいち顔を赤くするエミーユが可愛い。エラはクスッと笑ったが、その瞬間、ふわっと風が後ろから駆け抜けていった。その直後、頭の中に声が聞こえた。暗くて、おぞましい声。
『…さい…るさない…』
…誰の声?
『…るさない…』
…何…?誰の声?
『…ゆるさない…』
…許さない?誰を…?
『……許さない……』
…女の人の…声?どうして聞こえるの?
徐々に意識が遠のく。周りの音も聞こえない。世界が黒く染って誰もいないような感覚。
誰かが背後に立っている。気配がどんどんと近付いてきて、耳元に息が吹きかかる。
『許さない』
耳元ではっきり聞こえた。
『絶対に許さない』
ハウリングする声が頭の中を駆け巡る。黒い呪詛の言葉。その声が全身を駆け巡るその刹那、
「エラ先輩!!!」
自分の名を呼ぶ声と誰かが肩を揺さぶる感覚が失われつつあった五感全てを取り戻させた。真っ暗だった視界にエミーユの切羽詰まった何かを叫ぶ顔が映る。
「しっかりしてください!エラ先輩!!!」
月明かりに照らされたエミーユと夜の海。満天の星空が視界に映った。
そうだ。ここはキースの実家のプライベートビーチで、今はエミーユと星空を見に来ていて…。
「エミーユ…?」
ボーッとした様子だが反応を示したエラを見てエミーユはホッとした。
「良かった…先輩…。戻ってきてくれた…」
エミーユは安心したのかそのままエラを抱き締めた。彼は一体何を言っているのだろうか。
「エミーユ?あの、何の話ですか?」
「…先輩、わかってないんですか?」
「え、と、何のこと?」
エラの反応にエミーユは口をパクパクさせるしかなかった。
…先輩はわかってない。自分の魔力が真っ黒になりかけていたことも、意識がなくなって無反応だったことも…。まるで魂が抜けたみたいに…脱け殻みたいになってたことも…全然わかってない。…これ、このままじゃだめだ、先輩が…先輩が!!
エミーユは焦る。本人は気がついていないようだが得体の知れない何かがエラの中にある。内側から何かに侵食されていっているのは明らかだ。このままではエラがエラで無くなってしまう。
…そんなの嫌だ!だって先輩は…。
姉以外で唯一、片翼の羽の天使を好きだと言ってくれた人。気高いと言ってくれた。一度だって好奇な目で見てきたこともない。癒しだとも言ってくれた。笑えば笑顔を返してくれる。一族から白い目で見られてきたエミーユにとってそれは嬉しいことだった。それに彼女は媚びるための嘘も下心のある嘘も、悪意のある嘘もつかない。それだけで充分だ。
「…先輩、教えてください。前に言ってましたよね。まだ話さないって」
エラの手をぎゅうっと握り、彼女の目を見つめる。
「エラ先輩、先輩が抱えてるものってなんですか?先輩の魔力を黒く染めるものの正体、教えてください!」
真剣なエミーユの瞳を見え、エラはどくんと心臓が跳ねた。急に核心をついてきたことでエラは明らかな動揺を見せた。
…な、なんで???どこにそんなフラグ立ってたの???そんな流れなかったじゃない!!!
エラは思考を巡らせる。このイベントシーンのどこにそんなフラグがあったのか。だが、その答えはすぐに出た。そう、先程エミーユが切羽詰まった表情でエラの名を呼んでいたことだ。




