第十一夜 ①ー5
どんなに足掻いたって無駄だ。
「本人に聞いてください。私は何も知りませんわ」
顔を背けているエラの表情がどことなく寂しそうに見えた。イドラは彼女の見せるその表情にも驚く。悔しそうに握りこぶしを作っているのにも気が付いた。
…こいつ、こんな顔もするのか。
こうしてみていると彼女に対する印象は変わっていく。 今、目の前にいるのは不器用な女の子だ。誰のことも信用していない、孤独な女の子。睨んできた瞳が荒んでいるようにも見えた。
…あれだけ付きまとわれていたのに急に冷たくされれば、こうも荒むものなのか…。
イドラは初めてエラを理解しようと思った。イオニコフの話では魔女は心が病んでしまえば、恨み辛みで満たされてしまえば覚醒するという。まだ彼女がそうだと決まったわけではないがその事を抜きにしても放っておいてもいいようには思えなかった。
「…返す。掛けたければ、掛ければいい」
イドラはコンパクトケースを返した。エラは受け取るとイドラに背を向けてアイザックに電話を掛けるが、呼び出し音が鳴るだけで彼は応答しなかった。
「………」
エラは肩を落としてコンパクトケースを再び鞄にしまう。その後ろ姿があまりにも痛々しくてイドラは何て声を掛ければいいのか判らなくなった。
ぽすん、とエラはベッドに腰かけてそのまま寝転がる。ふて寝だ。
「………早く、戻って差し上げたらいいんじゃないですか」
突っ立ったままのイドラにそう声を掛けた。
「エーデルワイス、お前は、戻らないのか?」
「……私なんて居なくて構わないでしょう。誰も困りませんわ。それに…一人になりたいんです」
一人になりたいと言うエラにイドラが声を掛けようとした時、別の人の声が聞こえた。
「イドラ?どうかしましたか?」
部屋の入り口からひょこっと顔を出したのは…リチアだ。一番、顔を見たくない相手。
「あら、エラも一緒?せっかくの海なのよ、こんなところにいないで遊びましょう!」
そう言ってリチアはイドラの手を引いて誘導する。
「おい…気軽に触れるなと…!」
ぐいぐいと引っ張られてイドラは部屋を出ていく。その際、リチアが振り向いて言った。
「エラ、気が向いたら来てね!」
そう言い残して出ていく。イドラは何か言いたそうにしていたが、そのまま連れられていった。
エラは二人が出ていった後もベッドの上に寝転がったままでいる。水着のままベッドに寝転がるなんてこと、したことがない。ただ溜め息をつくだけだ。
…そう言えば…前もどん底に突き落とされたわよね…。それでアイザックが居てくれて心機一転、頑張るって決めたのに…。
目の前でまざまざと現実を突き付けられたといった感じだ。だって、魔女かもしれないとそれでもと受け入れてくれたはずのイオニコフでさえリチアが直接イベントに関われば変わり身が早いのだ。もう、どうすればいいのかなんてわからない。
「…恥ずかしいの我慢してこんな水着だって着たのに…」
透け感のあるパレオタイプなのでエラにはセクシー過ぎる気がしていた。…誰の趣味かは知らないが。
「馬鹿みたいだわ」
さっさとこんな水着脱いでしまおうか。好感度が上がるっていうなら着ていてもいいが無駄だ。リチアがいる以上そんなことはないだろう。
もともとこのイベントにエラは参加しない。居ても居なくても変わらないなら…。
そう考えてエラが水着を脱ごうと手を掛けたとき、部屋の入り口からまた違う声が聞こえた。
「…先輩?」
その声にハッとして振り返る。そこにはちょこっと部屋の入り口から顔を出すエミーユがいた。
「エミーユ…」
「…具合、悪いんですか?」
「え?どうして?」
「先輩…見当たらないから捜してたんです。そしたらハンニバル先輩が部屋にいるって」
きょとんとした顔でこちらを見てくるエラは何処か呆けた様子だ。
「あの…?先輩?」
おずおずと部屋の中に踏み入って気が付いた。
「!?」
…先輩の魔力の色が!!!
エミーユは人の魔力の色が見える。今日見るエラの魔力の色は以前よりもずっと黒ずんでいた。




