第十一夜 ①ー4
向かったのは別荘の自分達の部屋。
二階へ駆け上がって鞄の中からコンパクトケースを取り出して電話帳を開く。そして画面に浮かぶ番号に電話を掛けようとした時だった。
カタンッ!と物音がしてエラは驚いて振り向いた。音がしたのは部屋の入り口。そこに立っていたのは…。
「…相手はアイザック、か?」
「ハンニバル様…?どうしてここに…」
普段頭に巻いているバンダナを外した水着姿のイドラが腕を組んで、眉間に皺を寄せた顔で立っている。イドラはエラの手の中にあるコンパクトケースを睨む。
「…電話の相手はアイザックか?ここに呼ぶ気か?」
イドラは詰め寄るように部屋の中に入ってくる。その圧にエラは後退りした。
…何?どうしてここにいるの?何を怒ってるの?
私は何もしていないのに。
「だ、だったら何か?…問題がありますか?」
イドラの質問にそう答えると手の中のコンパクトケースをバッと奪われる。
「ちょっと!何するんですか!!返してください!」
「…必要ないだろう。それにあいつは来れない。声なら掛けたがな」
「…ッ!…そ、そうですか…」
アイザックは来ない。今、一番居てほしいのに。イドラの責めるような視線にエラはどんどんこの場を逃げ出したくなってくる。どうしてこんな目に合わなければいけないのか。
「…………か」
「?」
俯いてボソッと何かを呟いたエラの言葉が聞き取れなくてイドラは首を傾げる。
「…いいじゃないですか」
「は?」
聞き返したイドラをキッ!と睨んでエラは叫んだ。
「放っておけばいいじゃありませんか!!!!」
イドラは初めて見る彼女の怒りの表情に驚いた。
「たとえここに来れなくたってアイザックなら話し相手になってくださいますわ!!だからあなた達は海で宜しくやっていればいいでしょう!?」
「んなっ!!」
イドラは心底驚いていた。呆気にとられていたと言ってもいい。それと同時にムカついていた。
「お前、何をそんなにキレてるんだ?それに話し相手なら…」
「いませんわよ!!!」
イドラの言葉を遮るようにエラが吼える。
「ここには、誰もいませんわ!!話し相手なんていない!!そもそも、おかしいじゃありませんか!!!どうして私を連れてきたんですか!!一体誰の差し金なんです!?」
「差し金って、お前…何を言ってー…」
エラを落ち着かせようとイドラが手を伸ばす。だが、エラはその手をパンッ!と払いのけた。
「友達ですらない私を!!どうして連れてきたんですかッ!!!」
…泣くな。絶対に。泣いてたまるか。そんな隙を、見せてなるものか。
エラはイドラの目を真っ直ぐに睨んだ。払いのけられた手の行き場がないイドラの瞳は微かに揺れているように見えた。
「……返してください。私が、いつ、誰と電話しようと貴方には一切、関係ありません。とやかく言われる言われもありませんわ」
すっ、とエラは静かに手を伸ばす。コンパクトケースを返せとジェスチャーを入れる。瞳は彼を睨んだままだ。
それでも、イドラはコンパクトケースを返そうとはしない。エラはそれに腹をたてた。
「…いい加減にしてください。貴方は、リチア様と仲良くなさっていればいいじゃありませんか。もともと、私を敵視していたんですから。私に構う必要はありませんでしょう?」
「お前は、そう思っているのか」
「は?」
ようやく口を開いたかと思えば意味がわからない。エラはますますイラッとする。
「…あいつのことも、友達ですらない、と思っているのか?」
「…誰のことかわかりませんけど、そうですね。友達と言えるのでしたら…アイザックだけでしょうね」
「…ッ!!…本気か?いや…、何があった?」
「…さっきから、意味がわかりませんわ。とりあえず、コンパクトケースを返してください」
「お前、…イオニコフと何があった?」
イドラの質問にエラはピクッと反応する。
そんなの、こっちが聞きたいくらいだ。あの日から彼は会いに来なかったし行っても会えなかった。そしてこうして会えたと思ったら主人公のイベントなせいか全く見向きもしてくれない。本当は水着姿を披露すれば何か反応をくれるかと期待した。結果は、ご覧の通りだ。こうして浜辺から姿を消しても捜しにすら来てくれない。
主人公補正の恐ろしさを目の当たりにしているだけだ。
「…知りませんわ、そんなの。あの日以来、話してもいませんので」
ふいっとエラは視線を反らした。




