第十一夜 ①ー1
イドラの帰省イベントの後、エラはのんびりと残りの夏休みを満喫していた。
何日かに一回は買い物に出掛け、まだ残っている教師や警備員がいるくらいの学園内はエラにとって過ごしやすいものだった。そのお陰かストレスもなくあの日のような暴走や乗っ取られた感じは無かった。ただ問題があるとすれば最近、夢見が悪く悪夢を見るようになったことだ。
その他に何か気になることと言えば…。
旧校舎に住んでいるはずのイオニコフと全く会わないことだ。
授業中でもしょっちゅう顔を出してきたと言うのに。それが不思議だった。
だが、まぁそれ以外は特に何もない平凡な日々だった。
昨日までは。
☆
「あの、これは一体どういう事なんですの…?」
わなわなと体を震わせながらエラは訊ねた。
「楽しみねー」
車の窓を開けて舞い込む風を浴びてリチアは外の景色を眺めた。
ここはキースの実家が所有する車の中。彼の家が所有するプライベートビーチへ向かう道中。そう、夏休み後半の共通イベント、その冒頭部分だった。
運転はリチアが夏休み中に出会ったと言うローレン・J・リード、秋からの教育実習生だ。出会いのきっかけは夏休み中にキースの実家が持つ別荘へリチアと共に出掛けるイベントの際、近くの喫茶店で手伝いをしている彼と出会うというものだ。
その際親しくなって今回の旅行に同行することになったらしい。それにキースとリチア以外にも他の攻略対象達であるエミーユ、ギザイア、イドラそれに六週目から参戦するイオニコフも一緒だ。とまぁ、ここまでなら原作通りなのだがそこに何故か本来同行しないはずのエラもいる。皆、リチアと一緒でわくわくしているはずのシーンだ。会話もほとんど原作通りに進んでいく。ただ一人を除いて。
「キースの家は凄いですね。プライベートビーチまであるなんて」
と、リチアが話し、
「まぁ、俺のものではないけどな」
キースが答える。
「でも凄いですよ。僕プライベートビーチなんて初めてですよ」
エミーユが感激し、
「今日の予定は何だったっけ?着いたら水着に着替えて浜辺に集合でいいんだったよねぇ?」
ギザイアが確認する。
「水着…そうですよね…。私、ちょっと自信がないです…」
「何を言ってるんだ。リチアなら何でも似合うさ」
リチアが少し頬を赤らめながらそう言えばキースがのろけているかのように彼女を誉める。
そんな会話が繰り広げられている。イドラは相変わらず無口なのだけど本来、ここでの会話に参加しているはずのイオニコフが喋っていなかった。ボーッと窓の外を見ているだけだ。
…どうしたのかしら?他のキャラはイベント通りなのに…。何かあったの?
こんな状況でいるはずのない自分がいるのもおかしいが、基本的にリチア達に対して敵意はなく親しいはずのイオニコフも話していない。
エラは隣に座っている彼に意を決して話し掛けた。
「あ、あの…。イオニコフ様?何処か具合でも悪いのですか?」
ただ窓の外を見ていたイオニコフはピクッと反応した。
「あの…イオニコフ様?」
反応はしたものの返事のないイオニコフの顔をエラが覗き込む。その際、二人の視線がバチっとあった。が、すぐに視線を反らされてしまった。
…あ、あれ?何か様子が違うくない?ホントにどうしちゃったのかしら?なんか、でも雰囲気は原作に近い…?
しかし、せっかく彼が魔女を殺す側から一転したと言うのにこのままの様子ではそれすらも…。
…だ、駄目よ!!それじゃ!意味無いわ!!!
それではダメだ。むしろ原作に近い雰囲気では困る。
「あ、あの!イオニコフ様!」
ぐっとイオニコフの服を掴む。急に服を掴まれてイオニコフは驚いてエラの方を見た。
「な、なんだい??」
「い、イオニコフ様は、ど、どんな水着が好きですか!?」
わいわいと賑わう車内で突飛な台詞が聞こえた。誰もが驚いて振り向いた。当然、この質問をぶつけられたイオニコフも面食らった顔をしている。
そして、当然のことながらこんな質問をした等の本人はというと…。
顔を真っ赤にしてゆでダコ状態になっていた。
…な、何聞いてるのよおおおおおお!!!水着ってなに???そんなのの好み聞くなんてど変態じゃないのよおおおおお!!!!!
両手で顔を隠してその場にうずくまる。穴があったら入りたいくらいだ。
それが伝染したかのようにリチアも顔が赤かった。
「え、エラ…!?あなた、なんてこと聞いてるの??」
「わ、私だってこれがききたかったことじゃないわよ!!そのっ…くちがすべって…」
「そ、それはそうでしょうけど…!!」
「ううううーーーー!!!」
女二人が顔を真っ赤にしてゆでダコ状態なので周りの男性陣は過剰に反応することが出来ず、むしろそんな二人を見て思わず吹き出しそうになっている。それを押さえるのに必死だった。
それはイオニコフも例外ではなかった。隣で耳まで真っ赤にしてうずくまっている女の子を眺める。
顔を隠してうずくまるエラの頭を撫でたくなったイオニコフはそっと彼女の頭を撫でた。ビクッと体を跳ね上げ、彼女はイオニコフの顔を見上げる。こちらを見つめるイオニコフと目が合い、エラはますます恥ずかしくなってきた。
元の世界でもろくに恋愛的な経験がなかった紗夜には耐え難い失態だった。そりゃ、そういう駆け引きをする女性もいることにはいるがその駆け引きをするには紗夜もリチアも初心だった。




