第十夜 ③ー6
のんびりとした時間だ。すでにお互いの珈琲も紅茶も飲み干してしまった。喫茶店の外はすでに茜色に染まっている。
「…ねー。この後どうする?夕飯、どっかで食べてく?」
「そーだなー。今、話せることは話したしな。とりあえずはハンニバルと英雄のご機嫌は取り続けるくらいだしな」
「ご機嫌て…。まぁ、そうよね。もしかしたら続編の設定も混じってるかも~何て言ったって確かめようもないものね…。はぁ…なんか一難去って一難って感じ…」
エラは空気が抜けたように机に突っ伏した。そんな彼女をしらーっとした目で眺めるアイザックは頬杖をついてあきれたように言う。
「まだ全然一難去ってねーぞー。今回たまたま上手くいったってだけで最終イベントに関してはなんも解決してないからな」
「…ですよねー…。はぁ…」
「まぁ、今は考えたってしゃーないし都度考えようぜ。よくある乙女ゲー転生みたいにいかなくても凹むなよ」
「うー…」
アイザックに頭を撫でられた。ちょっと小馬鹿にされているがしたが悪気がないのも判っているので少しの間されるがままでいる。
「とりあえず、店出ようぜ」
しばらくの間エラの頭を撫でていたアイザックは気が済んだのか徐に席を立つ。
「はーい」
エラも彼に合わせて後に続いて席を立ち、二人は揃って店を出た。喫茶店を出ると空が茜色から深い藍色へと変わっていく様が見えた。 久しぶりに見る景色だ。学園や寮への行き来だけでは見かけることがなかった空だ。
「ブルーモーメント…」
「は?」
空を見上げながらエラが呟いた。
「今見えてる空のことよ。夜明け前と夕焼けの後のわずかな隙に訪れる、辺り一面が青い光に照らされてみえる現象よ。ちょうど夕焼けが下にあって、上にブルーモーメントが広がってるわ。日没後の短い時間しか見ることができないの」
「…お前、変なこと知ってるな」
「あのねぇ…。変なことじゃないわよ!ったく。風情もあったもんじゃないわね!」
呆れた物言いのアイザックにエラはぷんすかと怒ってすたすたと歩き出す。その後をアイザックが慌ててついていく。
「なーそんな怒んなさんなって。けどなんで反応したんだ?特別な現象なのか?」
「べ、別に…特別って言うほどじゃないけど、この世界にも元の世界とおんなじ景色が見られる瞬間があるんだなーって思っただけよ」
そう言ってエラは改めて空を見上げた。つられてアイザックも空を見る。確かにゲームの世界でありながら元の世界と同じ景色が見られるのは不思議な感じがした。
しばらく眺めていると日は沈んで夕焼けの茜色は藍色に染まっていく。それを見届けると二人はまた歩き出して帰路に着いた。
その二人が歩く歩道の反対側。風と共に漆黒の髪の美男子が歩道に降り立った。人混みと雑踏の中に降り立った美男子は周囲の人々達から注目を浴びながらその雑踏の中に人を捜した。
「おかしいなぁ…ギーウィが言うにはこの辺にいるって言ってたんだけどな…」
行き交う人々の間に人を捜すのは英雄イオニコフ。その彼が雑踏の中、反対側の歩道を歩く目的の人物を見つけた。
「あ…!おーい…」
その人物に声を掛けようと駆け寄って途中で足を止めてしまった。
「また…彼と一緒…」
視線の先にはエラとその隣を歩いていたアイザック。二人が楽しそうに話をしながら歩いていくのが見えたのだ。その様子を見てしまったイオニコフは寂しそうな顔をしてポツリと呟いた。
二人の姿が再び雑踏に消えていってもイオニコフはその場で立ち尽くしていた。
「…エラ…」
エラとアイザックが二人でいる時、エラはいつも楽しそうだ。よく笑っているし表情がコロコロと変わる。自分といる時の彼女とは全く違う。
それは自分が英雄で彼女が「魔女かもしれない」っていう不安があったからじゃないかと思っていた。けれどそれはあの日に解決したんだと思っていた。だって彼女には伝えたはずだ。「魔女かもしれない」としても自分が英雄であったても殺したりするはずないって。大丈夫だって。それでも…。
「まだ、あんな風には…」
どうしたらあんな風に笑ってくれるんだろう。どうしたらもっと仲良くなれるんだろう。アイザックは、ずるいなぁ…。
日が暮れる城下街でそんな事を考えながらイオニコフはポツンと佇んでいた。




