第十夜 ②ー7
「!」
唐突にそんな事を言うものだからイドラはより一層警戒してバッと構える。しかし、彼とは違いイオニコフは腕の中にいるエラをより一層強く抱き締めた。
「大丈夫。そんなことさせないさ。…話を続けて」
こんな口約束に意味はないと判っていてもエラは敵意はないと知らせておく必要を感じた。
そっとイオニコフの体を押して腕の中から抜け出し、二人に向き直る。背筋を伸ばして凛とした姿勢で一人で立つ。
「…ハンニバル様の言うように、私の中には確かに得体の知れない何かがいます」
「!」
その言葉にイドラもイオニコフも目を見開いた。
本当の事は言えないしでも百パーセントの嘘をつくわけにもいかない。ではどうやって彼らを納得させ自分の身を守るのか。
考えられたのは「本当の中に嘘の事を混ぜて話すこと」。
「お二人が仰っているのはその事だと思いますが、申し訳ありません。私にはその解をお答えすることが出来ません」
「なんだ?言うつもりはない、と言うことか?」
「イドラ、気が早いよ。…エラ、まだ続きがあるんだよね?」
二人の表情は険しいものへと変わっていく。
「…それは…。……その…私には自分の出自に関する記憶が無いのです」
「…なんだって?」
「…記憶喪失だと?」
間を置いてエラは言葉を続けた。イドラ達も口々に声を上げる。
「だが、お前は普通に過ごしているだろう。記憶喪失には見えない。そう言ってはぐらかす気か?」
「いいえ。違いますわ。私にあるのは学園に入ってからの記憶です。ですから学園生活に問題はありませんでした。記憶が無いのはそれ以前の記憶です。故郷、家族、得体の知れない何か。それらに関する記憶がないのです。お陰で帰省することも出来ませんでした」
「まさか!キミが帰省しなかったのは…」
「ええ。親の顔も判りません。帰りようがなかったんです。だから寮に残ることに」
「いや、待て。そんなはずないだろう。家族の記憶がない?そんなこと…」
「残念ながら事実ですわ。私の記憶に出自に関する記憶はなく、寮の部屋の何処にも家族に関する記載は見つけられませんでした。他の方がするような手紙のやり取りの痕跡もなく、唯一あったこのコンパクトケースの通信機ですら、誰一人登録されていませんでした。通話記録すら残らない設定だったようです」
エラはコンパクトケースを差し出して見せた。
「…アイザックの名前だけか。これは…」
「私が登録したものです。…確かに私の中に学園での記憶はあります。ですがそれは私の記憶というよりもまるで神様の目線で見る映像を見ているかのようなのです」
「実体験というよりも追体験しているような感じなんだね?」
「ええ、そうです。流石、イオニコフ様。話が早いです。入学当初から春休み前までの記憶はまさに追体験するような感じであって実感がないのです。それに、どれも切り貼りしたような感じで細かいところはわかりません」
イドラもイオニコフも何かを考えてながら話を聞いている。
エラもなるべく落ち着いた声で話した。
「なるほど…。じゃあ、エラ。キミはどうして自分の中に得体の知れない何かがあるって思ったんだい?」
イオニコフが質問を始めたからかイドラは黙って聞くスタイルに変えたらしい。エラもまさかそんな質問をされると思っていなかったので驚いた。
…これってどういう事?まともに話を聞いてくれてるってこと?けど…本当の事は言えないし…どう話せばいいかしら…。
「…そうですね…。えっと、林間学校の時の事、覚えていますか?宝探しをした時の事です」
「それってもしや生徒達が騒いでた時の事かい?」
「はい。あの時なんです。おかしいって思ったのは」
「確かあの時は魔女が出たと騒いでいたな…」
「おかしいって言うのは?もしかして、記憶が飛んでる、とかかい?」
「え?そ、そうですけど、何故そう思うんですの?」
イオニコフが鋭い。エラはこのまま話していていいのか迷い始める。しかし、今さら話題を変えるのは不自然だ。
「…あの時、生徒達が魔女が出たと騒いでた。そして呪われたんだとも言っていた。更に記憶が飛んでいる、か…」
考え込むように黙るイオニコフにイドラが急かすような言葉を投げる。




