第十夜 ②ー3
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サバナニル王国は王宮を中心に放物線上に区画分けされている。大きな通りには水のアーチが掛かっておりミストの効果で少しだけ暑さが和らぐ。
「ハンニバル様、次は何処に行かれるんですか?」
ミストと日傘のお陰でエラはまだ立って話せる体調だった。昨日はホームシックと疲労で早々に寝落ちてしまい、帰省イベントについて細かく思い出すことが出来なかったので大雑把な内容しか判っていない。三日目の夜、つまりは明日の夜、スチル絵付きのイベントが起こる。だがそれまでの話はあまり覚えていない。
そこで彼の意図を探ることも踏まえて話を合わせることにした。
「そうだな…日が真上に来たということはそろそろ昼時だ。何処かで昼食を取る」
空を見上げてイドラはそう言う。
…魔法がある世界なのにそこは日時計なのね…。
エラがそんな突っ込みをしているとは知らぬイドラは商店街の方へ歩き出す。
少し遅れて歩くエラはイドラについて観察していた。彼に言われるままに王国内を歩き回っているのだが、行く先は実に様々だ。所謂、警察にあたる組織に官僚達の仕事のチェック、学校施設の見回り、魔法省と呼ばれる魔法道具に関する組織に医療やはては農民の生活や平民の生活水準についてなど、とにかく色々と確認して回っている。それに何故かエラが付き合わされている状態だ。
こんなこと、婚約者がすべきことじゃないか。何故、エラが…。そんな事を考えながら黙って後について回る。
しかしそれは昼食が済んだ後も続いたのだ。
それと言うのも昼食とは軽食のサンドイッチなどを頬張りながら次なる目的地に歩いて回ることだった。
…仮にも王子様がこんなのでいいの?御供もついてないし王子が食べ歩き…。
普通なら有り得ないだろって思うこの光景も王国の人々からすれば日常茶飯事なようで誰もが嬉しそうにイドラに声を掛け食べ物を渡したり話したりしている。庶民派王子様、ということなんだろうか。
この国に到着した日もそうだったが、イドラは国民にとても好かれているようだった。
そんな人気者の彼と一緒だからかエラも好奇な目に晒される。日傘で視線を遮っているとは言え注目されるのは嫌いだ。紗夜も嫌いだが体に残るエラ・エーデルワイスの記憶からも彼女自身、注目されることが嫌いだったようだ。居心地が悪くて仕方がない。
耳に聞こえるのは「婚約者様ではないはずだ」「変な髪の色」「赤い瞳は不吉の象徴だ」などの歓迎されていない言葉。それと昨日、イドラの差し出した手を取らなかったことに対する後ろ指を指す言葉たち。どれもイドラにも聞こえているはずだが、彼は何も言わなかった。
…私、どうしてこんなところにいるのかしら。
学園でもイドラの国でもエラに居場所はない。それも全て魔女であるから、なのだろうか。この国に、味方はいない。
雑踏の中で聞こえている言葉はどれも不快なものばかり。どんどん五月蝿く聞こえてくる音に不快な何かが喉元まで上がってくる。
この感じをエラは知っている。
…あのときみたい…あなにおちたときとおなじ…。
五月蝿い。
五月蝿い。
五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い…!!!
思考が、視界が、全て闇に染まる。あの時と同じ様に闇の魔力が暴走しかけた。
が、
ピピピピ…!!
何かの通知音がエラの耳に届いた。その瞬間、体の周囲を取り巻いていた闇が一瞬にして掻き消えた。と、同時に視界に飛び込んできたのは警戒心を露にしてこちらを睨み構えを取るイドラと恐れ戦くようにエラの周囲から逃げ出す国民達。思えばイドラはそんな国民を守ろうとしているように見えた。
しかしエラにはこの状況が判らなかった。何をそんなに恐れているのだろうか。
ピピピピピ…!!!
再び通知音が鳴る。そこでエラはハッとした。咄嗟にポケットに手を突っ込み中の物を取り出す。
その行動にイドラは更に警戒したが、すぐにそんなに警戒すべきものでないと知る。
エラが手にしたのは二つ折りのコンパクトケース。それをパカッと開く。すると同時にケース越しに声がした。




