第十夜 ①ー6
ぎゅっ…!と座ったままの姿勢で膝の上に握り拳を作る。このままここに居るのは悪手だ。エラは応接間内に先程の執事長も誰も居ない事を確認した。どうやらエラが思考の沼に落ちている間に何処かへ行ってしまったらしい。
…これはチャンスよ!逃げ出すなら今しかない…!
エラは席を立って窓の外を確認する。どうやらここは一階のようで窓から逃げ出せそうだった。
イドラ・ハンニバルとリチアやアイザックの居ないところで接触するのは危険が高すぎる。好感度とか言ってる間に下手したら消されかねない。
そう考えてエラが窓に手を掛けて開けようとした。その時、ガチャ…と部屋の扉が開く音がした。
「!!」
…しまった…!行動が遅かった…!!
開けた窓からぶわっと風が舞い込んで来る。窓から入った風が開けられた扉へと吹き抜けていく。エラはその風を目で追うように部屋の中へ入ってくる人物を確認した。
「お待たせして御免なさいね…!って、あら?どうかしました?」
「母上?どうかされましたか?」
部屋に入ってきたのは男女二人組だった。女性の方が背が低く褐色の肌。絹のようなさらさらな漆黒の髪は緩やかに波打つようなウェーブが掛かっている。その後ろには同じく褐色の肌を持ち長い漆黒の髪を後ろ手にくくっている男。そして二人のどちらもイドラがしているようなバンダナを横巻きにしている。服装としては紗夜が知っているイメージで言えばアラビアンナイトのようなものだ。きらびやかでありながら独特な民族衣装の世界。まぁ、この世界はゲームの世界。衣装や街並みは紗夜が知る世界がモデルになっているのだから当然と言えば当然か。
「ようこそおいでくださいました。私はイドラの母、ベルムード」
「俺はイムラ。イドラは俺の弟だ」
呆然と窓の前で突っ立っていたエラに二人は挨拶をする。イドラの家族ということなら二人は王族ということになる。
ハッとして我に返ったエラは慌てて挨拶をした。 ロングスカートを両手でつまんで左右に広げる。そして頭を下げてお辞儀した。
「これは失礼致しました。私はエラ・エーデルワイスと申します。この度はお招きありがとうございます」
逃げ損ねた以上、流れに従う他ないだろう。イベントの流れは到着した日はご両親と一緒に食事をする。そして次の日に王国内を探索して三日目には砂漠ならではの満天の星空を見る…という平和そのもの。だが、これはあくまでも主人公がリチアであった場合の話であってエラが主人公の立場だった場合は話が別だ。それでも逃げ損ねた以上、王族の前で無茶はできない。下手したら不敬罪で首を切られかねない…。
「ふふ。そう畏まらなくても構いませんわ。あの子が連れてきたご学友ですもの」
「そうそう。あいつがこんな女の子を連れてくるなんて…珍しいしね」
相当な美男美女の二人が微笑みかけてくる。だがエラにとってはこの上無い驚異だ。しかしそんな彼女を気にすることなく二人は笑い合っているようだ。
「さぁこちらへどうぞ、お掛けになって。あの子が来るまでもう少しここでお待ちにくださいな」
イドラの母ベルムードに促されてエラは覚悟を決めてソファに座った。合わせて母ベルムードと兄イムラが向かい側に座る。二人は不気味なくらい微笑んでいてエラは居心地が悪くて仕方なかった。王族が目の前にいるというのもそうだが、あのイドラの家族だ。エラに何かを感じて敵視してきてもおかしくはない。そう考えると怖くてたまらない。
そんな風に考えて固くなって難しい顔をしているエラをベルムードとイムラがお互いの顔を見合わせる。そして頭の上にハテナを浮かべた。
「あ、あーっと、エラって言ったね」
「え?え、ええ…」
不意に話し掛けられてぎょっとした。
だが、イムラの表情は屈託のないものであり敵意があるようには見えない。
「君は、弟とはどういう関係なんだい?もしかして…付き合っているとか!?付き合ってどれくらいなのかな???」
目をらんらんと輝かせてイムラが身を乗り出して聞いてきた。




