第十夜 ①ー4
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サバナニル王国は広大な砂漠の中にある水と砂のオアシスだ。聖クリスタル学園があるのはクリスティア王国という名でサバナニル王国とは同盟関係にある。クリスティア王国の伝統工芸でもある魔法道具の貿易で砂漠の中と言えどサバナニル王国は水と緑で潤うオアシスのような国として栄えているのだ。
砂漠特有の砂を含んだ渇いた風が吹き荒れるが街の中までは入ってこない。これも魔法のお蔭らしい。灼熱のように暑いかと言われればそれほどでもなく街の至るところに噴水や水のアーチがあり、それらがミストのような効果をもたらしているようだ。
「すごい…!水のアーチなんて初めて見たわ!」
手を伸ばしてアーチを触ってみる。ひんやりして冷たい水だ。
「これも魔法道具なのかしら…」
「…ああ、それも魔法道具のひとつだ。砂漠は基本的に雨が降らないからこういった魔法道具で代用している」
エラの独り言のような呟きにイドラが答えた。彼が素直に答えたことにも驚いたが同時に魔法の可能性にも驚いた。
…これが私の世界にもあれば水に飢える人々が苦しむことも無いだろうに…。
そんな思考にふけかけたエラの耳に歓声が聞こえてきた。驚いてその方を見るとイドラが民に囲まれているところだった。
「お帰りなさい!イドラ様!」
「いどらさまーまほーがっこうってどんなところー?」
「御変わり無いようで我々も安心しました」
口々に民達はイドラに声を掛ける。小さな子供は彼にしがみついたりしている。イドラもまたそんな子供達の頭を撫でてやっていた。
「皆、息災であったな。何か変わったことは起きていないか?」
「大丈夫ですよ。皆、元気にやっとりますよぉ!」
農民のような服装の者から学生やエリート、階級を問わず誰もがイドラの帰国を喜び、その彼も学園では見せた事のない穏やかな顔をして民との交流を楽しんでいるようだ。
…あんな顔、出来るのね。
王子と親しげな民達のやり取りを見せつけられたエラは少し遠い対岸の出来事であるかのような感覚になった。ゲームでも主人公がそのギャップに驚いていた。エラはこの光景が帰省イベントの一環だと気付く。
記憶を辿る時間が欲しい。主人公とは立場が違うエラはこのイドラに何をされるか判ったもんじゃない。何せ警戒されているのだから。どんなイベントだったかを思い出して立ち回らなければ…。
「あの…。慣れない気候で少し疲れてしまいました。ですから休みたいのですが…」
エラは御付きの者にそう声を掛ける。ここサバナニル王国はもとの世界で言うエジプトやサハラ砂漠などと同じような気候だ。砂塵が飛んで来ないように魔法で守られているだけマシだが。
だが、だからこそこの環境は利用出来る。エラはひとりになる時間を作ろうとした。
「ああ、そうですよね。少々お待ち下さい。…イドラ様…!」
御付きの者はエラに一礼をすると人だかりの中を割って入っていきイドラに耳打ちする。するとイドラが民達に声を掛けこちらへと向かって歩いてきた。
「気が回らなくてすまない」
淡々とそう言うイドラは再びエラに手を差し出した。が、それでもエラが渋ったので行きどころの無くなった手をぶらぶらとさせながら王宮へ向かって歩き出す。
エラも覚悟を決めたような表情でその後についていく。
…悪いけど、あんたの手を取ったからって殺されたくないのよ。
黙ったままイドラの背中を軽く睨んだ。記憶が正しければゲームのイドラは魔族に対して非常に薄情で残酷であった。街に迷い込んだだけであっても子供だろうと容赦なく切り捨てる人間だ。それにイドラがエラを警戒している理由が当初は判らなかったが今なら判る。彼は魔族に通じるものをエラから感じ取っていたのだろう。それは半覚醒済みのエラにとっては都合が悪い話だ。エミーユやイオニコフはそれでも絡むイベントを起こせたが、それは彼らに明確な敵意が無かったからだ。
一国の王子のエスコートを断るなんて、と民達から後ろ指を刺されていることにはすぐに気付いたがそれでもエラは凛として立つ姿を見せるだけ。心配そうな顔をしている御付きの者にも悪いとは思ったが、先程も手を取らなかったがイドラが怒ることはなかったことは幸いだった。
それから、ただの一言も交わすこともなくイドラとエラは王宮へと歩いた。その道中で民達はイドラに「お帰りなさい」と声を掛けていく。彼がこの国で愛されている証拠だ。
原作では主人公は恋人なんじゃないかとか婚約者か!?等と騒がれていた。まぁ相手が灰かぶりでは起きないシーンだったようだ。当然と言えば当然だろうが。




