第十夜 ①ー3
☆
大陸を越えて海を渡る。渡るといっても空を通過する感じだ。貿易船が往き来する様を海の上から眺めた。
この世界に来てからずっと学園内で過ごしていたエラにしてみれば初めて見る外の世界といっても過言ではない。
…この間イオニコフと城下街を散策したけど…離れてみると私の世界とあまり変わらない景色だわ。まるでヨーロッパを旅してるみたい…!!
紗夜は卒業旅行で行ったヨーロッパ旅行を思い出す。歴史的な古い街並みが国ごとに違って何処に行っても楽しめた。それと同時にその時一緒に各地を回った友人のことも思い出した。
…みんな…どうしてるんだろう…。私は、どうなっているんだろう。やっぱり死んでるのかな…。お母さんも、お父さんも…泣いたりしていないかな…。
不意に故郷のことを思い、しんみりする。きっともう戻ることなんて出来ないだろう元の世界。自分の身に何があって『時ノク』の世界に転生してしまったのかが判らないままだ。それでもその日の朝の会話も覚えている。何て事のないいつもの会話。「いってきます」と「いってらっしゃい」。母の笑顔もあれが最後で最後となってしまった。
この世界に来てから毎日が慌ただしくて家族や友人を想う時間なんか無かったエラはかつての思い出を彷彿とさせる景色に涙ぐみそうになる。帰りたい。帰ってしまえばこんな思いしなくて済むのに。嫌われてなくていじめられてもなくて、自分の存在がこんなに危ういもので他人の反応を窺ってばかりの日々を送ることもなかった。
エラの瞳には窓の外の景色には地中海などを思わせる海岸に沿った階段上の街並みが見られる場所が映る。ただっ広い大海原を抜けて次なる大陸に到着したらしい。
結果を言えば彼女は泣くことはなかった。イドラに促され馬車を降りる。その降りた先に広がるのは乾燥した土地。大量の砂。…砂漠だ。
「ここは…?」
目の前に広がる砂漠を紗夜の知っている知識で表現するならば「ゴビ砂漠」そのもののようだ。何処までも広がる砂漠。こんなところに一体何の用だというのだろう。エラは目的が判らないので警戒するがそれに鼻にも掛けずイドラは目の前に広がる砂漠に手を翳す。空を切るようにイドラが手を左から右へとスライドさせる。
するとその軌道を描くように空間に渦巻いた歪みが発生した。
「な、何ですの?これ…」
エラは警戒して後退りするが、背後に御付きの者が立っておりぶつかる。そのままガシッと肩を押さえ付けられ身動きが取れなくなった。逃がす気はないようだ。警戒しているエラを無視してイドラが彼女の腕を掴んで引っ張る。驚きの行動に出たイドラは乱暴な態度で腕を引っ張りエラを引きずるように歪みの中へと入っていく。
この行動に呆気に取られたエラは抵抗する間もなくイドラに連れられて歪みを潜ることになった。
平然と歪みを潜り抜けるイドラと違い目を閉じていたエラが再び目を開けるとそこに広がったのは…。
「え…?ここは…?」
「ここは砂漠の中のオアシス。水と砂の国、サバナニル王国です。それと先程潜ったのはワープ魔法の一種ですよ」
エラの呟きに答えたのは御付きの者。
…サバナニル王国…?って、イドラの故郷じゃなかったっけ?え…!?ちょっと待って!?
御付きの者の台詞にエラは反応した。サバナニル王国の街並みとイドラの顔を交互に見て記憶を辿る。
…夏休みにイドラの故郷に来るイベント…?あった、あったわそんなイベント!え?でもあれはイドラの好感度が高い場合に起こる主人公のイベントでしょ??なんで私??
これには疑問しか湧かない。エミーユやイオニコフであれば何度か接触しているしイオニコフに至っては先日デートイベントを成功させている。
だから彼女ならこの帰省イベントが起こるのも頷けるのだが…。
…でもイドラとはほとんど接触してないはずなのに…なんで帰省イベントが私で発生するの?
難しい顔をして考え込んでいるとイドラの御付きの者が話し掛けてくる。
「さぁ、お嬢様。参りましょう」
…お嬢様?え、私の事?
首を傾げるエラをエスコートするのは御付きの者ではなくイドラだった。今度は乱暴な扱いではなく大人しい。スッと手を差しのべてくる。正直、この手を取りたくはないがここは彼の故郷でしかもこの国の第二王子だ。御付きの者まで控えている。
「…嫌なら構わない。その代わり、はぐれずについて来い」
エラが手を取りかねていると業を煮やしたのかイドラがそっぽ向いてそう言って歩き出す。御付きの者が慌てた。その様子に少しばかりの責任を感じたエラは大人しくイドラの後をついていくことにした。
一体これから何処に連れていかれるのやら…。




