第十夜 ①ー2
「え!?」
そこに佇む人物を見て驚いた。こちらを見上げていて二人の視線がバチッと重なる。エラは思わずその場にしゃがみこんで窓の内側に姿を隠す。
…ど、ど、どうしてあいつがいるのよーーー!!!!
心臓がバクバクと早鐘を打つ。それと同時に顔は青ざめた。
皆が帰省するのだし誰にも会うことはないと思っていた。それに夏休みにエラが関わるイベントはない。もし、仮に会うとしても旧校舎に住むイオニコフくらいだと本気で思っていた。
…なのに…なんでよりによってーーーー!
エラはこそっとバレないようにもう一度窓の外、ちょうど部屋の下辺りに見やる。そこには褐色の肌と黒い髪が特徴的で頭にバンダナのように布を巻く男子生徒…イドラ・ハンニバルが立っていた。しかもこちらを睨んでいる。
ぴゃっ!っと小さな悲鳴を上げてエラは再び窓の内側に隠れた。
イドラ・ハンニバルとは全くと言って良いほど上手くいっていない。というのもそもそも出会った当初から敵視されているからだ。原作でもエラを毛嫌いしていたキャラクターなのだが、毛嫌いというよりは警戒に近い。その態度から魔女であることがバレているんじゃないかと思ったことがあるが、それにしては出会った当初からなので魔女の力が半覚醒した時期と合わない。それ故にどう考えていいのかが読めないのだ。一応、彼はアイザックと仲が良い。それなりに取り持つとは言っていたが…。
有り得ないはずの人物が接触してきたことでエラは軽いパニック状態になる。だが、そんな彼女を知ってか知らずか窓の下でイドラが呼び掛けてきた。
「下へ降りてこい!今すぐだ!!」
「はいぃぃぃ!!!」
普段、リチアにも淡々と話すイドラからおよそ想像もつかないくらいの大きな声が放たれた。しかも命令口調だ。王族故か断れない雰囲気の命令にエラは驚いて反射的に言われたように部屋を出て寮の玄関の外に出てしまった。
「はっ!!」
無意識のうちに言われたまま動いてしまったことに驚く。久しく怒鳴られることもなかったのでびっくりした。
「わ、私…何やってんの…」
思わず呆然としてしまう。
「遅い」
何がなんだか判らないまま表へ出たエラに対し、イドラは不満そうな態度を取る。
…こ、こいつ……!!!
エラはカチンときた。見たところかなりの軽装で出向いたようでイドラはそこで腕組みをして仁王立ちで立っている。それにじとーっとした目でこちらを見てくる。偉そうな態度だ。
彼は初対面の時から態度は悪かったが春から夏になってもその態度は変わらない。それもエラを警戒していたから、だからなのだが、それならば何故皆が帰省する夏休みに彼も帰省せずにこうして姿を現したのだろうか。
「行くぞ」
淡々とそう言うとイドラは踵を返してすたすたと寮の敷地から出ていく。エラは何がなんだか判らないままだが、その場で動こうとしないと先を歩き始めたイドラが振り向いて睨んでくるので致し方なく言われた通りについていくことにした。
…ここで反抗して目をつけられるのも嫌なのよね…。となると、言うことは聞いておくに越したことはないか…。
黙ったままイドラについていくと敷地の外には馬車が停まっていた。
…え!?馬車…!?一体どこに行く気!?
突然に姿を現した馬車を見たエラは驚いて呆然とした。馬車を見たのはこの世界に来てから初めてだ。魔法道具で動く車であれば先のイオニコフとのデートの時に見ているのだが…。
イドラと御付きの者に促され馬車の乗り込む。流石、砂漠の国の出身で第二王子と言ったところか。馬車は贅沢にも四頭の白や茶や黒の馬に引かれ、馬車自体も一国の王子が使うにふさわしい金の装飾が施された空色の豪華絢爛な物だった。
…こういうの見ると思うけどホントに金の無駄使いよね、お貴族様王族様って。
元の世界でも田舎に住んでいたド平民の紗夜にとってこれ程居心地悪い乗り物もないだろう。しかも対面にはイドラ・ハンニバルが座っている。いくら対角線上に座っているとはいえ嫌でも目につく。エラは出来る限り窓の外を見て気を紛らわせようとした。城下街を颯爽と駆けていくので流れる景色を見るのは楽しい。
まるでドライブでもしているかのような気分になりかけていたエラに釘でも差すようにイドラが睨みを利かす。エラは反射的にビクッと体を小さくさせる。
…何よ…!?その目は…!!!なんなのよ…もう!!
感じの悪いその視線にエラはムカッとなる。大体、こちらを警戒してくる相手と同じ馬車に乗っていて気が落ち着く訳もないのでこうして外の景色を眺めることで気を紛らわしていたというのに…。口数が少なく端的な話し方のキャラクターというのはゲームのような間接的にプレイしていて尚且つ最終的に主人公にはベタ惚れするという展開が待っているからこそ好意的に思えるものであって、こうもあからさまに敵視されていると全くと言って良いほど好意的になんか思えない。
エラはムスッとしたまま席に座り直す。目を閉じてイドラの顔を見ないようにした。反対側の席に対角線上に座るイドラは腕を組んだまま目を細めながらエラを見つめていた。
と、突然、ガクンと馬車が何かに引っ掛かったような振動で跳ねた。
「きゃあっ!?」
馬車の扉の内側に付いていた手摺にエラはしがみついた。そんな彼女とは違い、イドラは腕を組んだまま平然とした顔をしている。
ガクンと馬車が跳ねた後、浮遊感と耳に閉塞感がやって来た。耳の詰まる感覚。キーンと耳鳴りもする。エラはこの感覚を知っている。そう…まるで飛行機で離陸するような…。
エラはこの感覚に既視感を覚えた。ふわりと鉄の塊で空を飛ぶ感覚が訪れ、先程までの衝撃も落ち着いたところでエラはしがみついていた手摺からゆっくりと手を離しイドラの様子を確認する。すると彼もこちらの様子を窺っていたようで視線がバチッと交差した。
その事にエラは驚いた。どうにも彼は落ち着きすぎている。その事にエラは訝しげな視線を送るがイドラは特に気にする素振りを見せずに顎で窓の外を示す。エラは首を傾げつつ同じ様に窓の外を見てみる。
そこにはー…。
「わぁ…!!」
窓の外に広がったのは青い空と白い雲。そして眼下に広がる城下街とそこから更に広がっていく緑と小さな街並み。飛行機の窓から覗き込んだ世界と良く似ている。まるで箱庭だ。
「すごい…!!!飛行機に乗ってるみたいだわ…!!空を飛んでるのね!」
ぱああああっっとエラの表情が明るくなり笑みがこぼれる。目をキラキラと輝かせて窓に張り付いているのを見てイドラは目を丸くした。
何処に連れていかれるのかは判らないままだが、エラは束の間の空の旅を楽しんだ。
二人を乗せた馬車は学園からどんどんと遠くへと飛んで行き青い色に染まるように姿が見えなくなっていった。




