第十夜 ①-1
春が過ぎて初夏も過ぎて本格的な夏がやって来た。
期末試験も終わり、夏休みへと物語が進む。
夏休みと言えば原作でも攻略イベントが満載だった期間だ。この夏休みで最後の攻略対象であるローエン・J・リード、教育実習生との最初の出会いイベントが発生するのだ。それだけではなく、夏休みの前半には好感度が最も高かった二人との個別イベントが発生し、後半には全員参加の海イベントが発生する。ただし、これらのイベントは灰かぶりのエラが一切関与しない。つまり、
「平穏が訪れたああああああーー!!」
エラは寮の部屋で両手を広げて大喜びした。
というのも聖クリスタル学園の夏休みは寮暮らしの生徒達も一斉に帰省する。その為、学園も寮ももぬけの殻となる。という事で虐めっ子も帰省してしまうので楽園そのものだ。ただひとつ問題があるとすれば人目も気にせずに済み誰にも虐められることがない代わりに攻略対象達も実家に帰省してしまう点だ。好感度を上げるイベントを起こすことが出来ない。
…でもまぁ、そこそこは短期間で上げられたとは思うし…。ただやっぱり好感度チェック出来ないのが痛いわね…。明確にどれくらいかが判らないのは…。
寮の部屋でひとりベッドの上でごろごろしながらそんな事を考えていた。
誰に気兼ねすることなく羽を伸ばせるということは常にバッドENDを回避するために気を張っているエラにとってこの上無い幸せだ。食堂なども閉まってしまうが幸い弁当組のために寮の個室の中にも簡易キッチンが存在している。食料などを買い込んで調理が出来るのだ。
火事などの問題もあるがそこは流石魔法学園と言ったところか、魔法が部屋の中に張り巡らされておりちょっとやそっとの火では燃え移ることもない。
エラが夏休みの間、帰省することは無い。というかエラ・エーデルワイスの記憶には出自に関するものがごっそり抜けている。当然、実家など判らない。
…不思議なのは大抵みんなしてるだろう実家とかとの手紙のやり取りも無いのよね。便箋とかすら持ってないし…。
寮の部屋の中をくまなく探してみたがどうやら彼女は必要最小限の物しか持たない元の世界でいうミニマリストのような生活をしていたらしい。それでも学生として必要なものは揃えてあったので物が多い方だろう。
…エラに関してはホントに情報が少ない…。魔王の拾い子だったからその後はきっと魔王城で育てられたんだろうけど、どうやってこの魔法学園に入学したのかとかこの歳まで魔王に育てられたのか…とか、全部判らないまま…。
エラは机の上に置かれた小型のコンパクトケースを開く。それは超小型のノートパソコンのようなものであり、画面とタッチパネルに分かれている。この世界で言う「携帯電話」にあたる魔法道具だ。何故かこれだけはエラが個別に持っていたもの。しかし、中には何一つ連絡先が登録されていなかった。
…友達がいなかったってことなのかわざと消してあるのか…。
パチンとコンパクトケースを閉じてポケットにしまう。エラとしては誰ひとりの登録もなかったが、紗夜としては唯一アイザックのことだけは登録してある。「これから夏休みで俺も帰省することになってるんだ。つーわけで、なんかあった時用に登録しておくぞ」と、これが終業式後の話だ。
「まぁ、これから一ヶ月の間この寮でひとり伸び伸びと過ごすんだし、何かなんて無いだろうけどね」
ポンポンとポケットを叩いて、意気揚々と買い物に行く支度を始める。簡単な食料や日用品は学内にあるコンビニのようなお店で入手出来る。わざわざ城下街まで行かずとも手に入るのも嬉しいところ。
…そう言えば…イオニコフはどうするのかしら?百年前の人だし…実家なんてものも無いわよね?
身支度を整えていざ買い物に出ようとした時だった。コン、コン、と何かが窓に当たる音がした。
「?」
コン、コン、コン、コン…。
誰かが小石でも窓に当てているような音だ。エラの部屋は三階の角にある。そんな高さにある窓に小石を器用に当てられるものだろうか。
カッカッカッ!と勢い良く窓まで歩いていき、その勢いのままガッ!と窓を開け放った。そして眼下を見下ろす。
「誰ですの!?」
既に帰省してもぬけの殻になったはずのこの学園に人がいるはずは…。そう考えながらもエラは窓から覗き込んだ。




