第九夜 ①
初夏のとある日曜日。エラはいつもひとつに束ねていた髪を降ろしていた。緩くウェーブも掛けてあり服は胸元の大きなリボンタイが特徴的な黒のブラウスに足首まであるゴシックドレスといったシックなコーディネートだ。帽子の代わりに黒の日傘をさした姿で校門から離れた街へ向かうバス停の前に立っていた。
…出来るだけ私だと判らない格好にしたつもりだけど…。
これで大丈夫だろうか。元々ストレートな髪型の女性がふんわりウェーブになっていたらパッと見ではわからないはずだ。普段はカチューシャ風に結んだリボンを髪飾りに使っているので今回はヘッドドレスに変えた。テーマは“深窓のご令嬢”だ。なるべく日傘で顔を隠せば問題ないはず。
あの英雄イオニコフと二人で出掛けるだなんて虐めっ子達に知られたら絶対に虐めがエスカレートとして魔女の覚醒以前の問題で殺されかねない。攻略対象を味方につけると言ったって好感度を上げるイベントをこなすこと自体が難しい。
道行く人々はエラを気にする様子はなく過ぎ去っていく。
…街の人には顔を知られていない…問題は…。
今は無害の街の人々が半覚醒した闇属性の悪影響を受けないかどうか…。そんな事を悶々と考えていると、何やらキャーキャーと黄色い声が聞こえてきた。その声は段々と近付いてくる。
どんどん大きくなるその声にエラはふと日傘をずらしてその声の方を見やる。
燦々と輝く太陽の日差しを浴びてキラキラと輝く漆黒の髪を美しくたなびかせながら颯爽と歩いてくるのは…。
「あれ…もしかしてキミ…エラ…かい?」
胸元に大きなリボンタイ。貴族の少年が着ていそうなゴシック風の服。イオニコフ程の人でなければ似合わなさそうな感じだ。だが、そのせいか彼が纏うオーラが神々しく、どう見ても貴族の青年といった見目なので道行く女性が群がってくる。
しかもエラの姿を見つけたイオニコフは柔らかい笑みを浮かべたりするので周りの女達が卒倒していく。こんな様を見たエラは心の奥底から後悔した。
英雄様を誘うんじゃなかった。ものすごく目立っている。絶対に隣を歩きたくない…。でも、一緒に出掛けると言ったのは自分で、これはイオニコフの好感度を上げる為のお出掛けだ。上手くこなさなければならない。
となると、演じるしかない。虐められっ子だなんて思わせない振る舞いを。英雄様の隣に立つにふさわしい女性を。そうでなければ彼の今の取り巻きを散らすことも出来ないかもしれない。
大丈夫。女性は皆女優になれる!
「…他に誰がいるというのです?…イオ様」
日傘をずらして少しだけ顔をチラ見せし、イオニコフに微笑みかける。その笑みは普段の彼女と違う雰囲気なせいか妖艶な笑みに見えてイオニコフはドキッとする。ウェーブのかかった髪が風になびいてさらにエラは妖艶な雰囲気を醸し出す。イオニコフは普段と違いすぎるエラの雰囲気に飲まれそうになった。それに名前の呼び方が決定的に違う。「イオ様」呼びはリチアしかしていない。というのも彼女にしか許していなかったからでもある。
イオニコフは声が出なかった。正確に言うと出すのを忘れて見とれていたとうべきか。心臓がドキドキと脈を打つ。エラを見つめる視線が外せなくなる。イオニコフは初めてエラと視線が合ったことにさらに胸をときめかせた。エラの赤い瞳が真っ直ぐにイオニコフの水色の瞳を捉える。
「さぁ、行きましょう?イオ様」
「え?あ、う、うん…」
立ち尽くすイオニコフにゆっくりと近付いてその手を取る。あまりにも優雅なエラの動きにイオニコフは目を奪われてままただただ彼女に手を引かれて歩き出す。手を握って隣を歩き出したエラは学園での姿と雰囲気が違う。イオニコフにはそれはとても新鮮なものでウェーブのかかった髪もヘッドドレスも黒を貴重としたゴシックドレスも黒の日傘も何もかもが綺麗で可愛く見えた。エラの小さな手も身長差もどれを取っても可愛い。
…エラってこんなに可愛かったっけ…?
今までだって可愛いと思うことはあったがそれは懐かない猫が気紛れに懐かれたような感覚だった。はずだ。
…見た目が変わるだけで…なんて、調子いい…かな。それに……愛称で呼んでくれた…。
握った手を離したくなくてイオニコフは強く握り返す。
と、イオニコフが考えていた横でエラはと言うと…。
…ど、ど…どうしよう!!!??自分で言うのもなんだけど…あのキャラ何!?何処の誰よ??!大体、勝手に手を握っちゃったし名前も愛称で呼んじゃったし…。こんなの不敬罪で罰せられるかもしれないことじゃない!?
日傘で出来るだけ顔を隠したまま、作り笑顔で微笑んだが心の中ではパニック状態だ。ぐるぐると頭を回っている。冷や汗もだらだらと流れるし心臓はバクバク状態だ。そんな状態だから隣で手を繋ぐイオニコフの顔がまるで恋する乙女のように赤いことにもその手を握る力が強くなっていることにも気が付いていなかった。
そんな感じで双方の意識が大きくずれたまま二人は街に向かう。
ちなみに言うとエラと手を繋いだイオニコフの反応を見た女性達は泣き崩れていった。




