第八夜 ⑧
その後ろ姿を講堂の横に隠れていたエラは見届けていた。彼が校内に戻ったのを見届けてから自分も教室に戻ろうと思ったのだ。そこでちょうどタイミング良く予鈴が鳴る。
教室に戻ろうと歩き出したその瞬間、背後から何者かに口を塞がれて捕まってしまった。
「!?」
突然の出来事に悲鳴も上がらなかった。エラは犯人が誰なのかと後ろを振り返る。そこにいたのはー…。
「え、えええええ!?」
エラも知っている人物だった。
「イオニコフ様ぁ!?」
背後から口を塞がれて驚いたし恐怖を覚えたが、なんと犯人はイオニコフだった。そのまま驚くエラをイオニコフはぎゅっと抱き締める。
「え?あ、あの!?イオニコフ様?これは一体…?というかあの、予鈴が鳴ったので教室に戻らないと…」
わたわたとエラはイオニコフから逃れようとするが、そうしてもがくほど彼は彼女を強く抱き締めた。まるで逃がしはしないとでも言いたげだ。
もがくほど逃れられなくなると理解したエラは大人しくすることにした。すると抱き締める力が少しだけ緩んだ。
「えっと…それで、どうされたんですか?」
努めて平静を装う。何となくだがイオニコフが拗ねているように感じたのだ。だから言いたいことがあるなら言わせようという作戦だ。
「……」
エラを背後から抱き締めたまま肩に顔をうずくめるイオニコフの頭をちょっとだけ撫でてみる。その瞬間に彼の体がビクッと跳ねた。それから、ゆっくりと顔を上げる。案の定、拗ねた顔をしていたのだが、その頬はほんのり桜色に染まっていた。
…なんか、ホントに拗ねてる?でもなんで?
訳がわからないがとりあえず機嫌を取った方がいいのかもしれない。
「イオニコフ様?何かありましたか?」
「…何、話してたんだい?」
「え?」
「さっき、講堂で。エミーユと話してただろう?」
エラは思わず口を開けて驚いた。まさか聞いていたのだろうか。それで、拗ねている?
「えっと…大した話じゃ…単なる世間話ですわ」
「嘘。…すごく親しげだった」
拗ねたままのイオニコフが更にエラを強く抱き締める。イオニコフよりも小柄なエラは彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう。
こんなシーンだ。プレイしていたらキャーキャー言っていただろうしリチアに転生したのであれば素直に喜べたのかもしれないが…。エラという立場上、ただただ複雑だった。
…でもなんだろ…イオニコフがこんな行動起こすなんて…。
そんなに好感度が貯まっていたのだろうか。そういえば彼は時々嫉妬のようなやきもちを妬くことがあった。とはいえこの状況…。
…どうしよう…。拗ねてる…。ああ、でもこれってチャンスじゃない?
好感度が高い故のやきもちと考えるならここでイベントをひとつ、起こしておくべきだろう。
なんて事を考えたあぐねていると先にイオニコフが口を開いた。
「…エラは…」
ポツリと呟くような声に耳を傾ける。
「エラは…いつも他の人とは親しげだね」
「え?そ、そうですか?」
「そうだよ…。名前だって全然呼んでくれなかったのに…他の人との名前はすぐに呼んでたじゃないか」
ぷくーっと膨れっ面をしながら口を尖らす。
そんなイオニコフが少し可愛く見えた。
…やっぱり…ゲームとは随分とイメージが違うんだけど…なんでだろ?甘えられてる?
原作では甘えるのは主人公の方でイオニコフはどちらかというと包容力で包み込むキャラだった。何故こんなにも違うのだろう。まぁそんなこと考えても答えは出ない。エラは次なる手を打つことにした。
「で、ではイオニコフ様、次の日曜日は空いてますか?もしよければ、一緒に街まで出掛けませんか?」
イオニコフルートの中に休日に出かけるイベントがあった。まぁそれ自体はどの攻略対象にもあるものだが。好感度イベントを起こすなら同様のイベントを使わない手はない。
「お出掛け…それって、デートってことかい?」
「んん?えっと、まぁ…そういうことになりますかね?」
イオニコフの表情がぱぁっと明るくなる。頬もほんのり赤くなっているように見えた。
しかしエラにはそこまで嬉しいものなのかは判りかねた。それでも先程と違って嬉しそうにしているイオニコフを見るとこれで良かったんじゃないかと思えてくる。
「じゃ、じゃあ、日曜日に出掛けましょうか」
「わかった。楽しみにしているよ」
そう言うとやっと腕の中から解放してくれた。
その後、本鈴が鳴って午後の授業の始まりを告げた。エラはイオニコフに挨拶をして大慌てで教室へと戻ったのだった。




