第八夜 ③
こほん、と軽く咳払いをしてからエミーユの目を真っ直ぐに見つめながら話した。
「私は美しいと思ったわ」
その一言に俯いていたエミーユが顔を上げる。瞬間、二人の視線がぶつかった。
「貴方の舞はとても素晴らしかった。所作も美しかったし、羽衣がまるで生きているかのように悠々と舞っていて片翼の羽も気高さを感じたわ」
動揺するような、言葉を選ぶようなこともない淀みなくそう話すエラの表情にエミーユは何処か凛としたものが感じた。真っ直ぐに見つめてくる。
「これは…あくまでも個人的な意見なのだけど…私は…そりゃ確かにふたつの翼を広げた天使も好きだけど、どちらかというと片翼の天使の方が好きなのよね」
そう言われてエミーユの心には疑念と嬉しさが渦巻く。それはとても複雑な感情だった。
「…どうして、片翼が好きなんですか?…だって片翼は不完全…存在自体が異物なんですよ?真に気高い天使族は二枚だけじゃなくて四枚、八枚と対になる翼を持ちます。それなのに片翼なんですよ…?」
エミーユが言いたいことは概ね判っているつもりだ。彼の場合は生まれつきの片翼だったが、それ故に一族からは落ちこぼれと冷遇されていた。発言を許されず意思を無視されてきた。存在を否定されてきたのだ。そんな彼にとって唯一無二の味方が姉であった。
…エミーユルートで出てくる内容…間違いないわ。リチアは片翼だって気にすることはない、貴方は貴方よ、みたいなこと言ってたっけ…。これって、私の意見とはちょっと違うのよね。
どうせ同じ事を言っても期待する効果は得られないだろう。リチアでなければ意味がない台詞も多いはず。それならプレイしているときから思っていた事を実際にぶつけてみるのも良いかもしれない。転生先は灰かぶりのエラだというこの状況で主人公のように話を進めたところで効果なしという可能性の方が高いのだから、この世界に転生したからこそ出来る事をしたいとも思う。
「んーそうねぇ。変だって言われるかもしれないけど、遺跡とかで発掘されるときに石像って出てくるでしょ?その中に天使の像とかもあるけれど、五体満足っていうより羽がもげてたり腕や頭がなかったり…ってそんな場合もあるのよ。でもね、片翼でも残っていればそれが天使の像だって判るのよ」
これはこの世界での価値観というよりは元の世界でのものだ。
現在は修復されているが片翼の天使像で代表的だったものに『サモトラケのニケ』というものがある。 ヘレニズム期の大理石彫刻で翼の生えた勝利の女神ニケが空から船のへさきへと降り立った様子を表現した彫像であるとされていてエーゲ海のサモトラケ島で発見された。その時は頭部と両腕は失われていた。
最初の発見は一八六三年で、フランス領事シャルル・シャンポワゾによって胴体部分が見つけられた。それに続いて断片と化した片翼が見つかった。断片は全部で百十八片にのぼる。その後復元された像は一八八四年にルーヴル美術館の『ダリュの階段踊り場』に展示され、現在に至る。
それから、一九五〇年に右手が発見され、ルーヴル美術館に保管されている。その手は大きく広げられているという。
私はこのニケ像が好きだった。当時は完全な姿だったものが時代を経てばらばらになり、それがさらに時を経て発見されて復元された話だ。今は片翼ではなく対となる翼があるが、それでもなびく布といい躍動感は目を見張るものだと思う。片翼であってもそれが天使像であるということは誰が見ても判る。私には完全な姿でなくとも『サモトラケのニケ』が美しいと思った。例え片翼であっても天使の気高さは変わらない。ただの石像でも不完全でも現在もこの天使を一目見ようと人々が集まるのだからそれだけ魅力があるとも言える。
それを知っているからこそ、片翼であっても気高さは変わらないと思えるのだ。




