第八夜 ②
「ええ!?そこまで気を使っていただかなくてよかったのに…!僕は濡れていた制服の水気を絞っただけで…」
大したことはしていないと恐縮するエミーユにエラは首を振って答える。
「いいえ。確かにあの時助かりました。水気を取っていただいただけでなくて、心の方でも助けられました」
「心…ですか?」
不思議そうにするエミーユにエラは真っ直ぐ視線を外さずに話す。
「はい。まぁあれくらいなら流石に慣れっこになりましたけど、それでも気持ちは沈みますから。…他の人があの場面を見掛けたってきっとスルーするはず。だからあの時、ミッドナイル様が声を掛けてくれて嬉しかったんです。ありがとうございました」
改めて頭を下げてお礼を述べる。エミーユは一瞬戸惑ったのだが、そういうことならと「どういたしまして」と返した。
「では、これいただきますね」
「ええ、もちろん。少しでも気に入っていただけると嬉しいのですけど」
エラはニコッと笑った。エミーユもつられて笑う。
「あ、そうでした。先輩」
「はい?何でしょう?」
エミーユに話題を振られ、エラはきょとんとする。彼には話したいことがあったのだろうか。
「その…呼び方のことなんですけど…」
「呼び方…ですか?何か問題がありましたか?」
「えっと、問題っていうか…僕の方が年下なので“様”をつけられるのはちょっと…」
困ったようにそう言われて「ああ、そうなのか」とエラは納得した。自分が後輩でも先輩に様呼びされるのはごめん被りたいものだと思う。ただ、友達と言うわけでもない今の関係で馴れ馴れしい呼び方はしにくい。
…でも、じゃあどう呼べば良いのかしら…。
「では、何とお呼びすればいいですか?」
「あ、いえ、そもそもに敬語も出来ればやめてほしいと言いますか…名前の呼び方は呼びやすいもので良いんですけど…」
「んー…砕けた話し方の方が良いってことですか?」
「そうですね。その方がいいです」
「わかりました。あ、じゃなくて…わかったわ。こんな感じで良いかしら?」
「はい!ありがとうございます」
フワッとした笑顔を浮かべる。その笑顔を見てエラは安堵した。
…ひとまず大きな失敗は無かったようね。さて、この後どうしましょうか。
ここに来た用事は済んだし、何か好感度を上げる選択肢みたいなものはあっただろうかと話題を捻り出す。エミーユルートを思い出し、好感度イベントを記憶の引き出しから探し出した。
「…えっと、素敵な舞だったわ。いつもここで練習しているの?」
本編でも舞に関するイベントがあった。だから当然ここで練習している可能性は考えて捜しに来たのだから知っていて質問をしてみる。さて、ゲーム通りの反応が返ってくるのだろうか。
「…見てました?」
少しその表情に陰りが見える。
「エミーユ?」
急に呼び捨てでいいのかとも考えつつ名を呼んだが、特にそこに反応はなかった。
「…先輩、まだ時間ありますか?」
エミーユが表情に陰りを乗せたままそう訊ねてきたので少し驚いた。眉が八の字になって下がっているのに顔は無理矢理に笑顔を作っている。痛々しい笑顔だ。
「ええ、大丈夫よ」
イベントで見たよりもずっと痛々しいものだった。舞に関するイベントでは彼のコンプレックスに触れるもののはず。
エラはエミーユに促されて座席に座る。隣にエミーユが座った。暫くの沈黙の後、口を開いたのはエミーユ。
「…先輩、見てたんですよね?」
「ええ、覗き見する気はなかったんだけど…」
「いえ、それは別に良いんです。舞は魅せるものですし」
「じゃあ…何が問題なの?」
出来るだけ優しいトーンで訊ねる。エミーユの表情を見れば心が苦しそうなのが判るからだ。陰が落ちているし声に覇気がない。羽衣をぎゅっと握って覚悟を決めたように口を開く。
「…僕が天使族で…片翼だってところも…見ましたよね」
「ええ、まぁ…」
その事か、とエラは納得した。彼のコンプレックス。それが元で起きるイベント。それならば向ける言葉は決まっている。…主人公でなくても効果があるのかは判らないが。




