第七夜 ②
☆
「はい!ひとまずこんなものでどうですか?」
エミーユが処理してくれたお陰か濡れた制服や髪も随分と乾いた。絞っても暫くしたら滴り落ちていた水が止まっている。その代わり、エミーユのハンカチの方がびしょ濡れだった。
満足そうなエミーユの顔を見ながらエラはアイザックが言っていたようにいざという時の味方に引き込めないかと考えていた。となると…。
「…ミッドナイル様、ありがとうございます。そちらのハンカチは洗ってお返しいたします」
「え?そんなのいいですよ!僕が勝手にしたことですし…先輩にそんなことさせられないですよ!」
「いえ、させてください。…あ、なんでしたら新しいものをご用意しますわ」
「ええ!?それこそそこまでしていただかなくても…!!!大丈夫ですよ!気にしないでください」
エミーユは困ったように慌てている。その様子からエラは好感度を割り出す。
…まぁ、出会ったばっかで好感度が高いわけ無いか。
「…では、いずれ改めてお礼させていただきますわ。こんな私に手を差し伸べてくださったわけですし」
エラは深々と頭を下げる。
「や、やめてください…!そこまでされることじゃ…!!」
…本気で困ってるわね。これ以上は…悪手ね。
やり過ぎるといけないのでここで手を打っておく。エラは頭を上げた。そして軽く挨拶をしてその場を去ろうとしたエラにエミーユが声を掛ける。
「…なんだか先輩って…イメージが違いますね」
「え?」
声を掛けられてエラは目をぱちくりとさせる。イメージが違うとはどういうことだろうか。
「どういう意味ですか?」
「え、あ、気を悪くされないでくださいね。噂じゃ灰かぶりって暗いイメージというか落ちこぼれとか気味が悪いとか…そんな雰囲気だったので…。でも、実際の先輩ってしっかりしてるというか、その、可愛らしい方だなって」
柔らかい笑みで笑いかけてくる。だが、エラはハテナが飛んでいた。可愛らしい?一体どこをどう取ったらそう見えるんだ?そういうのはリチアのような子を指す言葉だ。
「…可愛らしいかは判りませんが…イメージと違うとは良く言われます」
イドラにアイザックもイメージが違う、お前は誰だ、と聞いてきたのだからまぁ当然だろうなと思う。大方、噂の“灰かぶり”は紗夜が転生する前の内気で泣き虫だった頃のエラ・エーデルワイスからきたものだろうが、今は中身が別人な訳だしイメージが違って当たり前だ。
「あの、先輩ってもしかして…人の言葉を斜に構えて聞いてません?」
「え…?」
ドキッとした。元の世界ではそこまででもなかったが、こっちに来てエラに転生してからは人の言葉の裏を読もうとする癖はついた。エラに向けられる言葉に好意なんてものはなく、腹の探り合いのような言葉のキャッチボールでしかない、そんな風に思っていたのは確かだった。虐められている身からすれば当然とも言える防衛本能だ。
そこを突かれるとは思っていなかった。だから余計に構えてしまう。
「そんなことないと思いますけど…」
「あんまり斜に構えちゃダメですよ?人の好意は素直に受け取っておかないと」
めっ!と言う効果音が聞こえてきそうなポーズでエミーユが腰に手を当て、反対の手で指を立てる。なんとも可愛らしい仕草だ。エミーユは一学年下だが男の子ということもありエラよりは身長も高い。けれどそのアイドルのような見た目もあってこんな可愛らしいポーズであってもよく似合う。ズルいなぁとぼんやり思う。
だがしかし、彼のこの主張は受け入れ難いものだった。灰かぶりとして虐められている身からすれば。
「…それは、難しいですね」
小さなため息をついてエラはそう言った。彼に悪気がないことはなんとなく判る。だから余計にムッとした。パンの袋を持つ手に力が入る。
「そもそも“灰かぶり”に向けられる言葉に好意なんてものがあるとは思えません」
「…それは…どうしてですか?」
困ったような顔をしてエミーユが訊ねてくる。可愛らしい仕草もこの不愉快な質問をぶつけられれば苛立ちすら覚えてしまう。
…本気で判らないの?
眉を八の字に下げ、こちらの顔色を窺うような様子のエミーユをエラは恨めしそうに睨む。彼にとって「灰かぶり」が噂程度のものだったのだし仕方ないのだろうと頭では判っていてもカチンときてしまった。
虐められている人間に向けられた他人の言葉の中に好意なんてものがあるわけがない。それは虐められるの経験をしたものなら一度は思うことじゃないだろうか。もちろん、虐めのレベルにもよってくるが酷いものであるほど周りを疑うしかなくなる。親切なふり、次の授業の場所を聞いてくる、掃除の時に押し付ける、言葉を繰り返して遊ぶ…陰湿なものであれば何を言っても嗤われるといった精神的なものまで存在する。
その上、エラは魔女。まだ半覚醒状態とはいえ鋭い者なら闇属性の魔力にだって敏感に反応するだろう。光属性の者達が集うこの学園で異分子のエラに対して攻撃的になるのもごく自然の流れ。光と闇は相容れないのだから。




