閑1-2 繰り返す美学
「合コンに行かないか?」
式典から三日後の朝、田臥龍一郎は、その友人であるエインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジックを訪ねてこう尋ねた。
タカオはその言葉に対して、鸚鵡返しに疑問を返す。
「合コン……とは何でございますか?」
丁度、メルは自身が作ったエルフ料理を食卓に並べていた。やや長い沈黙が続き、その間に、メルは総ての配膳を終えた。献立は、薄味のエルフ料理であるが、ハーフエルフであるメルは、自身の味覚における実践と、奴隷商会での訓練によって、港町風の味付けによる調整をそれに加えていた。その結果として、やや薄味傾向ではあるものの、朝食には十全な内容に仕上がっている。
「合コンというのは、男女の出会いを目的とした食事会だ」
タカオの疑問に対して、田臥が答えた。タカオの横にメルは座る。タカオの向かいには既に田臥が座っている。
「楽しんでくると良いのでございます」
タカオは田臥の提案を断った。しかし、それでは、田臥の来訪目的は達成されない。田臥は食い下がる。
「そう言うなよ。相手は、貴族の娘から選抜された美女だそうだ」
「奴隷ハーレムにしか興味はないのでございます」
間髪も入れずに、タカオは再度断った。
平生のタカオであれば、仮令興味が無かったとしても、田臥に付き合って食事会に行く程度の社交性は持ち合わせている。しかし、奴隷業界の希少種であるハーフエルフの美女を手に入れていまだ三日、タカオは新しく手に入れた喜びを楽しんでいた。満たされた直後の杯に酒を注いでも溢れる。既にタカオの欲望の杯はメルという美甘酒で満たされていた。次の酒に興味を得るためにはまだ時間がかかる。
「王も来るのだ。王と筋肉音楽家、それに匹敵するような大物でなければ、この食事会には呼びづらい」
田臥は困って呟いた。食卓に静寂と沈黙が同時に訪れる。赤道帯の島国から大ニゴラスに輸出されたカカオを使ったドリンクをタカオは一口飲む。タカオの口には糖分が広がった。同じ地域で産出している豆を焙煎した飲料を田臥は飲んだ。どちらも、メルの故郷であるエルグラツ島からほど近い島で産出することが知られている植物である。おそらく、エルグラツ島にも生えているに違いない、と推測されている。
長く黙って食事の準備など家事をしていたメルが口を開いた。
「ご主人様、友人が困っているときには、助けるものです」
「そうだぞ、タカオ、困っているのだ」
それに対して、田臥も合いの手を入れた。二人の勧めに対して、タカオも仕方なしに同意をする。
「参加するだけでございますよ」
タカオは仕方なしに同意した。タカオは、そのまま言葉を続け、話題を継続する。
「しかし、なぜ、突然、その……合コンなのでございますか?」
タカオはカカオドリンクにシュガーを足した。そして、それを飲み、あまりの甘さに苦い顔になった。田臥は答える。
「三人のお嬢様との見合いが、記念式典の報賞品に含まれていてな。昨日、王にそれを拒否したら、『では、三人一緒に見合いをすればいいではないか』と言われたのだ。高貴なお姫様三名と同時に見合い……精神が疲れる」
タカオはメルから受け取った焙煎豆飲料を飲んだ。甘さが過ぎたその口に苦みが強調される。タカオは眉をしかめた。
「そうなのでございますね」
「そうなのだ」
タカオの確認に、田臥が同意を与えた。メルが二人の動作に首を傾げながら問いかけた。その様子をタカオは一種独特の喜色で見ていた。
「ご主人様、その合コンというものですが、お二人とも不慣れなご様子。一度、シミレーションしておいた方が安全ではないでしょうか」
メルの進言は的確である。何しろ、タカオは百年間独籠していたのである。軽妙なトークなど可能であるはずもない。一方の田臥も既におじさんと言われる年齢であり、若者の会話についていけるだろうか。そういった懸念があった。勿論、メル以外の二人はそれに気づいてない。そこまでの余裕が無いのである。女性を代表してメルが二人の男性に問いかけた。
「ご趣味は?」
タカオと田臥はお互いにアイコンタクトを交わす。一瞬にして絶妙な押し付け合いで、答える順序を決定した、タカオが答える。
「お金を稼ぐことでございます」
タカオは落ち着き払って、手元のカップに口をつけた。田臥がそれに口を挟む。
「合コンの席でそれはないんじゃないか」
タカオが怪訝な顔をして反論をする。
「奴隷ハーレムを作るために活動することが私の人生でございます。田臥殿はどのように答えるのでございますか?」
筋肉音楽家が答える。
「音楽だ、優雅でいいだろう」
無論、彼は勝ち誇った顔をしているのである。一方のタカオは表情を作らずに呟く。
「仕事が趣味でございますね」
それを聞いた筋肉音楽家は、途端に、嫌そうな顔をした。二人の応答を横で聞いていたメルは可愛らしい顔立ちの眉間に渓谷を作った。二人の発言はどちらも女性の好意を引く類のものではない。タカオは欲望が絶望的に表出している。田臥は平生の性と全く異なった印象を与えてしまう回答になっている。
メルが二人を窘める。
「ご主人様、たとえ嘘だとしても、もう少し女性受けの良い答えをなさる方が良いのではないでしょうか」
「嘘は良くないのでございます」
タカオが真っ当な発言で更にメルを困らせた。田臥もそれに続く。
「自分の知らないことを言って、後から嘘が発覚するよりは、つまらない答えでも誠実に真実を言った方が良いぞ、ガッハッハ」
メルが額に作った渓谷は一瞬にして崩れた。何となく、二人の発言が理に適っているような気がしたからである。メルは二人の発言に助言を成す方向性に方針を転換した。
「では、田臥様は、楽器を御持参ください。小さくて、見栄えのするものが良いでしょう」
田臥は首を傾け、問う。
「なぜだ?」
メルはそれに答える。いかにも、当然のことを答える、という風の表情である。
「田臥様ほどに音楽で有名な方と食事をするのです。どんな女性であっても、一曲聴きたいと思うでしょう。女性は、それを願うのに相応しいタイミングを窺います。田臥様が『趣味は音楽』と答えた際に、その時機は訪れるでしょう」
田臥は納得といった態で頷いた。
その後も、効果不明の合コン対策会議は続いた。
※ ※ ※
男性が三名、女性が二名。女性側が一名、何らかの所要によって遅れている。王はそれを承知していた。偏向した構成で始まった合コンは、自己紹介を終え、愈々《いよいよ》、まさに、簡単な質疑応答へと入ろうとしていた。
「趣味は音楽だ。特に、フランスの作曲家が書いた曲を好む」
田臥は、いつもの迷彩服ではなく、催事、食事会に相応しいドレッシングをしている。田臥は、想定された質問に用意通りに答えた。王城の天井釣り燭台が淡く輝いている。
「さすがは、『筋肉音楽家』《マッスルミュージシャン》ね。今年のエインツ祭は、先生の演奏が無くて、残念だったわ」
田臥の左斜め前、タカオの向かいに座る女性が、そう応えた。貴族然としている、気位の高さが垣間見える。やはり、生粋の貴族女性は、社交性が高い。それは、このような場所に不慣れな魔術師二人を萎縮させていた。高貴と香気と好奇に包まれたその貴族女性は言葉を続けた。
「せっかくなのだから、何か一曲演奏してくださらないかしら」
実は、このメルから与えられた課題が、長く田臥を悩ませていたのである。田臥がこの場で演奏できる楽器はそれほど多くないのである。彼が最も得意とする楽器はピアノ。しかし、その巨大な楽器は、あまりにも持参に不向きであった。持参できる類似した楽器に、アコーディオンがある。しかし、アコーディオンを用いた有名な一曲となると存在しない。ピアノ曲をアコーディオンで弾くことはほぼ不可能である。声楽曲であれば、一人で演奏することに向いている。しかし、歌は、田臥召喚以前から大ニゴラスに存在しており、田臥オリジナルとは言い難い。田臥の珍しさは、それまで全く存在していなかった楽器を操る、という面にもあった。勿論、大ニゴラス救済の国歌『ラ・マルセイエーズ』であれば、タイムリーかつホットな楽曲であり、この場を乗り切ることができるが、万を超える軍隊をこの場に召喚してしまえば、国家反逆罪で逮捕もしくは殺害される可能性すら現れる。そもそも、この食事会場の収容人数を軽く超過している。高すぎる人口密度は圧殺を生む。そのような悲劇を避けることも肝要であった。
しばし、無言の時間が続いた。何しろ、基本的に、田臥の世界において、著名な曲は、殆どが管弦楽編成、もしくは、ピアノ曲なのである。他の楽器をメインに据えたソロ曲はほとんどない。しかし、一曲だけ、田臥は、この場を凌ぐことができる音楽に気付いていた。その一曲は、いわば繰り返しの美学を持つ音楽であり、その良さを知らしめるためには、他の音楽家の手助けが欲しい、という田臥のこだわりがあった。
「弾いてくださらないの?」
先程、演奏を願った女性が田臥に催促をした。ここで王は、雰囲気の冷たさを感じ取り、話題を転換する。田臥は、決断の時機を逸する。
「音楽と言えば、朕の名指揮をみたかな?」
催促の女性ではない方の女性がその発言に乗る。
「見ました! とても格好良かったです。音楽も理解されているなんて、さすが陛下です。音楽はよく聴かれるのですか?」
輝ける美男子がそれに答える。
「ああ、我が近衛であり、我が友である筋肉音楽家がよく朕の為に演奏してくれるからね。最近は、音楽魔法を伴わない音楽を聴くこともある。この間は、アレクサンドル=スクリャービンの『二つの左手のための小品』。あれは凄かった。片手だけで――左手だけで――ピアノを弾くのだ。しかも、全く芸術性を損なうことなく。音楽魔法で最も好きな一曲は、ラヴェルの『水の戯れ』だな。筋肉音楽家が演奏を始めると、音と伴に、美しく中空を舞う水が現れるのだ。美しく、涼しげで、可憐であった」
何かに夢中になっている人間は美しい。そもそも、美丈夫王は平生において輝かしいのである。素人ながらに音楽の素晴らしさを語る男に、女性は魅了されていた。
王は輝けるスキンヘッドに、問いを与える。晩餐の主役は、筋肉。
「そなたは、好きな一曲はあるのか?」
田臥は、この問いを好機と見た。どうせ、他に演奏家などいないのである。仕方ない、真の価値は与えられないが……それでも何も演奏できないよりは遥かに良い、そういった田臥の心性が、彼自身を奮い立たせた。
「ガッハッハ、ありますぞ。一曲と言わず、何曲でもありますな。特に、音楽的故郷であるフランスの作曲家――ラヴェル、ドビュッシー、ベルリオーズ、サティ――などの音楽を愛しております。やはり、音楽を学んだ環境が与える影響は否定できませんな。その中でも、特に好む一曲は、やはり、先日、活躍したルシェ・ド・リールの『ラ・マルセイエーズ』です。やはり、元自衛隊員ですので、気分を高揚させてくれる一曲を愛している。声楽ではなく、器楽であれば、ラヴェルの『ボレロ』。同一のメロディラインを、異なる楽器で演奏し続けることで、それぞれの楽器に特有の味を楽しむことができる」
ああ、宜なるかな。しかし、一方で、それは、その音楽を聴いたことが無い者には通じない適切さである。それであれば、一人の積極的な女性が、このように発言するのは当然である。
「そのラヴェルの『ボレロ』って曲を聞かせてくださらないかしら。何が現れるのか、大変に興味深いですわ」
筋肉音楽家は仕方なく、持参した楽器を鞄から取り出した。丁度、身体の半分程度の長さを持つ木管楽器である。
「では、はじめます」
そう言って、筋肉音楽家は、『ボレロ』のあの著名なメロディをサクスフォーンで演奏し始めた。それと同時に、ラテン系の気質を持った踊り子が現れて、一人ステップを刻む。ボレロのサクスフォーンソロは四十秒程度。その間、ギッ、という扉の鳴る音がした以外には、音も無く、只管に、皆は音楽を見ていた。四十秒のワンパートが終了し、田臥は少し悔しげな表情になる。『ボレロ』は繰り返してこそ『ボレロ』だ。
田臥が最後の一音を鳴らし終わった。それをヴァイオリンの音色が引き継ぐ。
そこには、ハルバーツ学園音楽隊コンサートマスター、第一ヴァイオリンの少女がいた。遅参の詫びよりも『ボレロ』とばかりに、弓を動かす。ヴァイオリンの四十秒が終わると、彼女は言った。
「先生、『ボレロ』は繰り返してこそ『ボレロ』ですわ」
勿論、田臥はヴァイオリンの四十秒間に、別の楽器に持ち替えて、また、四十秒を演奏しているのである。
結局、晩餐会は、合コンというよりも室内演奏会の態を成したが、それはそれで良いだろう。
大変申し訳ありません。
閑話4話を予定しておりましたが……2話に変更し、次話から第二章に移りたいと思います。
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作中に扱われている楽曲は総て権利者の死亡からの時間経過により、著作権が消滅しています。
・アレクサンドル=スクリャービン『2つの左手の為の小品』
・モーリス=ラヴェル『水の戯れ』
・ルシェ・ド・リール『ラ・マルセイエーズ』(フランス国歌)
・モーリス=ラヴェル『ボレロ』




