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2-1 囚われた時空魔術師

 第一章を読んでいない方は、第一章を読んでから読むことを作者としてお願いいたします。

 また、第二章開始まで時間をいただいたことに感謝いたします。

 ――0時間00分。丁度、今――


 大ニゴラスはマジャール神領における第一の都市である。その都市には、王城が在り、王がその知性において治世を布いていた。王城は壁に囲まれている。港湾都市の特徴を生かし、他国から輸入した石材を豪奢に用いた堅固な壁が存在していた。城壁である。城壁とは何か。城壁とは敵対的侵略からその施設を守るための方法論であり、また、一方で、不許可逃亡を防ぐための方法論でもある。

 だから、当然の如く、王城の地上階グランドフロアから二階層下には、地下埋葬施設カタコンベのような牢獄プリズンが広大に存在していた。

 地下牢獄はその階層によって、深ければ深いほど、重要な犯罪者が収監されていた。

 筋肉を体に纏った大男が地下牢獄の最下層にいた。その男の名は、田臥龍一郎。春の終り頃に、バン=Aを打倒したことで、戦士としての勇名を馳せた人物である。現在、彼は牢獄における最も重要な場所に居る。尤も、彼は収監されているわけではない。勿論、一度、彼のような大魔法使いが罪を犯せば、そのフロアが使用されるだろう。何しろ、彼は異世界からの転生者である。そして、総じて転生者はその人物に固有の魔法を持っている。田臥のそれは、音楽魔法であり、それは音楽を奏でることで奇跡を多々演出する。勿論、その魔法は、国家転覆級の異常事態を引き起こすことも可能であると類推されている。しかし、現状、彼は罪人ではない。筋肉音楽家マッスルミュージシャンは王の忠実な側近である。

 「タカオ、この事件の犯人は、本当に、お前さんではないのだな?」

 田臥は眼前の人物に問い掛けた。しかし、その人物は、黙して語らない。否、語ることができない。彼の口はロープで塞がれている。塞がれているのはロープだけではない。黒布で視線も塞がれている。その他にも、首、肩、腕、腰、足など、大凡、人体の関節が総て固定されていた。

 罪人とされているのは、田臥の友人である。その人物は、エインツ祭の由来ともなった黒衣の魔術師エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック。現在、彼が囚われている。田臥は独白を続ける。全身を固定されているとはいえ、耳は拘束されていない。だから、田臥の言葉はタカオに伝わる。

 「タカオ、勿論、俺はお前さんを信じている」

 田臥はタカオに一言、彼を激励した。

タカオも田臥と同様に魔術師である。祖父に転生者を持ち、その固有魔法である時空魔法を遺伝的、指導的に受け継いでいる。だから、この牢獄の最下層、極めて重大な犯罪者の階層に収監されていた。この男に施されている大袈裟なる固定も、時空魔術の行使を恐れた結果だ。とはいえ、彼が固有魔法を持っていなかった、としても、罪状の重要性を考慮すれば、最下層だった可能性は充分にある。

「俺はお前さんの無罪を信じている。しかし、教会の連中の判断は異なるだろう。お前さんを助けたいが、俺はお前さんの友人として名が知れている。その上、王の側近の一人。仮に、タカオに共犯がいるとすれば、その第一候補は俺だ。お前さんを助けることを目的とした直接的な行為は困難だ。俺は官憲公職の者。王に対する忠誠やその立場が、お前さんを助ける妨げとなっている。まして、今、お前さんを問題としている最大勢力は、教会。宗教と民族っていうのはな、タカオ、一国より大きな権威を持つことがある。このマジャール神領も例外ではない。俺がお前さんを助ける努力をすることで、より大きなものが失われる可能性がある。その大きなものというのは、王権であり、都市文化であり、ほかの何かである可能性がある」

 田臥は深刻な表情で状況を説明した。そして、組んでいた両の腕を再度組み直す。田臥の眼には、若干の涙がある。

 地下には風も無いのに松明が揺らいでいる。

 顔をその筋肉を以って上向きにし、土製の天井を眺めた。息を大きく吐いて、田臥は言葉を続けた。

 「俺はお前さんを直接助けることはできない。だから、タカオ、間接的に助けることにする。お前さんを助ける手伝いをしそうな人間に連絡しておいた。そのうちの一人が、今、ここに来ている」

 筋肉音楽家マッスルミュージシャンは手を叩く。そして、闇の中から、陶磁器のような白い肌の女性が現れた。

 勿論、その人は、メル=トールド=フォンテノ=フォル。タカオが所有するハーフエルフ奴隷である。

 「私はご主人様の無罪を知っています」

 ハーフエルフの少女は清閑とした地下牢において宣言した。その主人たるタカオは黙して語らず、手指、首、その他、どの身体器官を用いた意思表示もしない。否、勿論、身体の総てを拘束されているのであるから、意味、無意味の別に拘らず、動為は不可能である。

 「しかし、一介の奴隷がそれを知っていたところで、無罪にはならない。このマジャール神領において、それを決定するのは王の勅命であり、神の意思であり、それを代行する機関――すなわち、王城もしくは教会――だ。だから、メル、そなたはタカオの無罪を証明しなければならない。タカオの無罪を誰もが納得する状況を作らなければならない」

 田臥がメルを正視して言った。メルが不安を口にする。

 「ここから今すぐにご主人様と逃げることはできないのですか」

 筋肉音楽家マッスルミュージシャンはそれに答える。

 「多分、逃げるだけならそれほど難しくないはずだ。ジュセッペ・トゥルコ作詞、ルイージ・デンツァ作曲、『フニクリ・フニクラ』でも歌えば、登山鉄道が現れて、ここから逃げ出すこともできるかもしれない。しかし、今はそんなことはしない。それは、タカオが折角手に入れた街での生活や奴隷ハーレムの夢を潰すことになる。可能性がある間は合法的にタカオを助けたい」

 メルはその主人と同じ目線に座す。そして、イノセントな主人を見ながら、田臥に問い掛けた。

 「なにか考えがあるのですか」

 田臥はそれに答える。

 「いや、俺には、何の考えもない。総てにおいて、皆目見当がつかない。だから、見当がつきそうな人間を頼る他ない」

 そして、田臥はタカオの許へと歩き、タカオの口を自由にした。それが、現状、立場の囚人と化した田臥のできる数少ない行為の一つであった。


※  ※   ※


 「死者蘇生などしていないのでございます」

 時空魔術師の開口一番である。田臥が念を押す。

 「本当にしていないのだな」

 「本当にしていないのでございます」

 タカオはその信頼する友人に答えた。田臥はその額の皮を中心に寄せる。その答えは、田臥が予想したものではあったが、一方で、事態を大きく複雑化する答えでもあった。もし、この時空魔術師が、現状の予定通り、この国における極刑である死刑もしくは奴隷刑を受けた場合には冤罪を発生させることになる。そして、もし、田臥の意図する通りに、タカオを助けることができた場合には、冤罪者に極刑を与える可能性があったという事実が国辱として世界に知らされる。

 「タカオ、それはお前さんの魔術では死者蘇生ができないということか」

 田臥は状況を整理するためにタカオに質問を続ける。タカオは答える。

 「おそらく、時空魔法を用いれば死者蘇生は可能でございます」

 田臥は、平生においては光を反射して輝いている頭を傾けた。隣では、メルも頭を傾げている。田臥とは異なり、メルの顔はエルフ色に輝いている。

 「可能……なのか」

 田臥は呟いた。それは、疑問というよりは驚愕であった。タカオは、どちらにしろ説明する必要がある、と判断した。

 「勿論、教会法は百年前の当時と同じでございますから試したことはないのでございます。また、私自身も死者蘇生術は、死者への冒涜であり、神への反逆であると考えているのでございます。そこまで強い信仰を持っているわけではございませんが、私とて教会と神を同じくしているのでございます」

 タカオ以外に囚人のいない階層は静寂としている。土や石の壁が三人の声を反響し、声が重なる。タカオは言葉を続けた。

 「それを前提として考えると、おそらく、私は死者蘇生術が可能でございます。以前に、レクルシラツ商会の大ニゴラス支店で、病中の奴隷に時空魔法を行使したことがございました。この時、確かに病気は快復したのでございます。仮に、私の時空魔法がその物質全体に作用せず、何らかの条件に基づく一部のみを変化させる魔法であるとしたならば、おそらくは病気は回復しないのでございます」

 タカオはそこで一息ついた。沈黙というよりは喘鳴。長時間にわたる身体の固定によって、タカオは疲労している。しかし、それは致命ではない。僅かな休憩の後、またタカオは言葉を発する。

 「逆に考えるのでございます。つまり、時空魔法では、人体の時間を巻き戻すことができるのでございます。それならば、死者の時間を生前まで戻したにも関わらず、死者のままである根拠がないのでございます。そもそも生命とは一体何でございますか。生きている状態と死んでいる状態にはどのような違いがあるのでございますか」

 田臥がその言葉を受けて呟く。

 「なるほど、確かに、その通りだ。勿論、魂魄の類が実在しているのであれば、時間遡行魔術を用いても、死者蘇生が行われることはないだろう。つまり、肉体と精神がまったく別の物質であるのであり、死とは精神と肉体の分離を指すのではなく、肉体という物質の変化のみが死を齎すということだな。極めて合理的ではある。しかし、真実、正しいのか……ガッハッハ、わからん!」

 メルは彼ら二人の談話に口角を挟む。

 「エルフの世界では、死とは精神と肉体の分離である、と定められていました。結局、どちらが正しいか、という問題については、実際に試してみないとわからないのではありませんか。そして、現時点では、勿論、ご主人様には死者蘇生を行うことができる可能性があるということでしょう」

 メルは、そこで太息した。その音は、牢獄に反響する。赤い松明の光が、メルの姿を揺らす。光彩は人の影を差し、人物を存在させる根拠とした。メルは、言葉を続けた。

 「それはどちらでも良い問題なのです。即ち、ご主人様が、死者蘇生をできないということを証明できるのであれば、それは論じるべき問題であるかもしれません。しかし、ご主人様がその証明をすることが不可能である以上、その議論は時間の無駄です。現状、時間は非常に短く限定されているのです」

 タカオが首を傾げようとする。しかし、固定された首は動かなかった。タカオは、その忠実なる従者に問う。

 「なぜ私が死者蘇生を行うことができない、と証明することが不可能なのでございますか。死体の調達は不可能ではないのでございます。そして、それに対して、私が時空魔法を行使すれば、その結果によって解答と証明がなされるのではございませんか」

 メルは二歩前へ出る。その主人の許へとわずかに歩を進める。しかし、ある程度進んだその場所で田臥に制された。その場所において、メルは答える。

 「勿論、ご主人様を信じる私や田臥様に対する証明は可能です。しかし、教会や王宮、奉行所、役人、町人はそれを信じるでしょうか。死者蘇生ができなければ、おそらく、ご主人様が手を抜いているだけと考えるのです」

 田臥はその見解に頷いた。メルは一度目を細めた後に、更に言葉を続けた。

 「だから、それ以外の方法で、ご主人様の無罪を証明する必要があります。幸いにも、ご主人様の味方は私と田臥様だけではありません。刻限が来る前に、私は目的を達成します」

 「それで、その方法はどうする」

 筋肉音楽家マッスルミュージシャンがメルに尋ねた。メルは勿論それに答える。

 「ご主人様が死者蘇生を行っていないのであれば、死者蘇生を行った人物が別にいるのです。私はその人物を捕えることで、ご主人様の無罪を証明したいと考えています」

 王の側近である田臥はその厳粛さをもって尋ねる。

 「当てはあるのか?」

 「あります」

 メルは間髪入れずに、歯切れよく、快活に答えた。田臥とタカオは同時に驚愕の色を見せた。田臥は、すぐに冷然とした表情に戻って確認する。

 「本当か」

 「本当です」

 それに対して、メルも頷きながら答えた。そして、それまでの流れとは逆にメルは田臥に問う。その決意の表情を僅かに松明の灯が照らしている。

 「残り時間はどれほどありますか」

 「刑の執行まで残り四十八時間。奴隷刑か死刑か。おそらく死刑だろう」

 筋肉音楽家マッスルミュージシャンはメルの問いに答えた。

 「ご主人様は私が助けます」

 そう言って、メルはその主人に背を向け、地下牢を出る階段へと歩みを進めた。


 作中に扱われている楽曲は総て権利者の死亡からの時間経過により、著作権が消滅しています。


・ジョセッペ・トゥルコ作詞 ルイージ・デンツァ作曲『フニクリ・フニクラ』

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