閑1-1 じっくりとした初夜
「ご主人様、これからよろしくお願いします」
そう言って、世にも希少なハーフエルフ奴隷のメル=トールド=フォンテノ=フォルは頭を下げた。その頭を下げた先は、先日、バン=Aを倒したことで、再度名を挙げた『黒衣の魔術師』ことエインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジックでる。
二人は式典の会場でダンスを一緒に踊った後、連れ立って、タカオの家に帰宅したところである。おいしい料理、美しい音楽、人々の笑顔に彩られた宴席は和やかに楽しく終わった。
「紅茶はいかがでございますか?」
タカオは平生と変わらぬ口調でメルに尋ねる。それは、おおよそ、主人と奴隷、という立場に見合わないものではあった。一般人が突然高級奴隷を手に入れたところで、いきなり、主人らしく振舞うことができるわけもない。タカオは時空魔法を使うことができる、という特殊性を除けば一般人の性向そのままである。
「良いのですか?」
メルはタカオに問い返す。タカオは既にメルの意見を聞く前に紅茶を淹れはじめていた。人間、真に緊張している時というのは、人の話を聞く能力が著しく落ちる。その状況に、タカオもあった。
「もう淹れたのでございます」
タカオはそう言って、窓際に移動した。外を眺められるような位置にクッションの代わり、布団を敷き、そこに座った。
「ここに座っていただきたいのでございます」
タカオはメルに要求した。メルはタカオの隣に座る。二人で静かに月を見る。その時間が少し続いた。段々と、淹れたばかりの紅茶が冷めていく。
タカオはメルの横顔を見た。メルは式典用の黒を基調としたドレスをそのまま着ていた。肩を晒し、胸元を強調したデザインがひどく扇情的である。白い肌と黒い服のコントラストがメルの魅力を高めている。胸の大きさや形も一目瞭然である。タカオは隣に座ったメルの方に背中側から腕を伸ばした。近い側の方ではなく、遠い肩に手を当てた。
「ん?」
その動作にメルは反応した。そのまま、タカオはメルの髪をかきあげて耳を触る。微小に尖っている。しかも、柔らかい。触り心地が良い。
「ご主人様、くすぐったいです」
そう言って、メルは体を縮めた。タカオはその手を止めない。
「ミ、ミミ、ミミ、耳は弱いのです」
メルが純白の顔を若干朱に染めた。小さく生物的な抵抗を行う。意志として、主人であるタカオに従わなければならないことはわかっているが、遺伝子が反抗するのである。
「ああ、それは大変に申し訳ないことをしたのでございます」
タカオはそう言って手を離してしまった。主人であるタカオはそのままハーフエルフの耳に触り続ける権利を持っている。しかし、いまだ、奴隷の主人であるということに慣れていないタカオは、つい、やや親密な一般女性に対する扱いを行ってしまっている。
メルは非常に賢い。また、自分の立場を弁えていた。それはレクルシラツ商会の教育が行き届いているからでもあり、生来の従順な素養にもよる。
だから、メルは、積極的になりたいと考えながら、それができないでいる主人の意を汲んだ。メルは高級奴隷であり、中級奴隷以下とは異なり、自ら行動する訓練も受けている。
メルはタカオに体を寄せる。タカオの手を取り、自らの手で包む。そのまま、自身の高い身長が可能な限り目立たないように前かがみになり、上目使いにタカオの目を見る。
「ご主人様、触っても良いのですよ」
その言葉にタカオは再度耳を触る。男性諸君なら経験がある、と思うが、大抵の場合、男が女性の耳や髪を触る時というのは、そのほかの場所も触りたい、という時である。そして、タカオもその例に漏れない。つまり、触りたいのである。その感情をごまかすために口数が増える、というのも男の特徴である。
「なんて呼べばいいかな?」
タカオはメルに問いかけた。メルはそれに微笑んで答える。
「ご主人様が呼びたいように呼べば良いのだと思います。呼びたければ『雌豚』でも何でも私は拒否できません」
タカオは一瞬その呼び方の魅力に迷う。しかし、一方で、極めて理性的なタカオの性がそれを否定した。タカオはメルに呼び方を提案する。
「では、普通に、メルでいかがでございますか?」
「わかりました。そのようにお呼びください」
メルはそう答えた。
「ヒャフン」
直後、メルは驚きを示した。タカオが耳たぶを軽く摘まんだのである。メルの顔はまた赤くなった。メルはタカオに体を近づける。座位置を徐々にその主人に近づけた。体を密着させる。タカオの顔も赤くなる。まったく百年以上も生きておきながら、まさしく、タカオの態度は健全なる青少年のようであった。
「ご主人様」
極めて甘い声を出し、メルはその綺麗な頭をタカオの肩に乗せる。愈々《いよいよ》、タカオもその手を首筋から肩まで下げた。いわゆる、肩を抱く、という姿勢に至った。耳も素肌だが、その感触が与える期待は肩には及ばない。ドレスのデザインも丁度肩が出る形である。その間、余裕を失ったタカオは終始無言である。ある程度、肩に手を触れ続けて、落ち着きを取り戻したタカオは、ようやく、言葉を口から出した。
「メルは、その……とても綺麗なのでございます。肌がまるで星のように白くて綺麗なのでございます」
そのまま、タカオはメルに顔を向ける。その言葉にメルは礼を返す。
「ありがとうございます」
メルもタカオに顔を向ける。まるで恋人同士のやりとりのようである。元来、メルは高級奴隷――それも超高級奴隷――として、その主人と安定的な関係となることを意図した教育を受けている。実際に、高級奴隷を買って、そのまま、妻とする者も少なくない。そのような事情から、粗略に扱われるよりは丁重に扱われた方がその持ち味を発揮する。勿論、美しい物を壊したい、という嗜好を持った人間も少なからず存在する。しかし、奴隷ハーレムを目指すタカオにそのようなタイプではない。
段々と夜が深まる。一口も飲まれていない紅茶は、既に、アイスティーと言える段階まで冷めていた。
夜と共に深まる雰囲気の中、メルはタカオを誘う。
「ご主人様、今日は色々とあってお疲れでしょう。私も少し疲れました。そろそろ寝ませんか?」
無論、真実、疲れるのはこれからである。
夜はこの言葉から始まった。
※ ※ ※
総ての照明が消された部屋には、採光窓からの月光が一筋、美しく入り込む。闇はハーフエルフによく似合い、メルの美しさを際立たせていた。奴隷商が見立てて式典用に買ってきたドレスは縫製もきめ細やかで、それなりに高価である。だから、メルは床に就く前に、皺が付かないよう、それを脱いでいた。また、どのような褒賞が与えられるか、事前に聞かされていなかったので、タカオは当然女性用衣類を用意していない。要するに、寝着を購入していない。もっと簡単に言ってしまえば、現在、メルは裸体である。メルはタカオに体を向ける姿勢をとって寝ている。自然、両腕が胸を挟んでおり、元々大きく形状も優れている胸が更に強調されていた。
「衣類は明日にも購入しに行く予定でございます」
タカオはメルに翌日の予定を告げた。
「ありがとうございます」
メルは礼を言った。衣服が高いドレス一着では活動に支障をきたす、だから遠慮はない。奴隷はより良く主人に仕える必要がある。メルは質問の形式をとって提案する。
「私も連れて行っていただけるのでしょうか?」
「当然でございます。メルがいないと、採寸ができないのでございます」
タカオはその意図を汲んで、メルに同意を示した。
「ご主人様の黒い外套、私、とても好きです。夜でもよく輝いていて素敵です」
メルは部屋の端に収納されているタカオのトレードマークを誉めた。外套は今の時期には合わない。しかし、メルは今日のために、トラビス=セインツから『黒衣の魔術師』の伝説的偉業は聞かされていた。
「他の人が使えない魔法を使えるというのもかっこいいと思います」
メルはタカオを誉める言葉を続けた。タカオは照れている。視力が特別良いエルフの遺伝子を受け継いでいるメルはしっかりとそれが見えている。一方、その暗さによってタカオからメルの姿はよく見えていない。照明が点いている時はメルとあまりうまく話すことができなかったタカオだったが、メルが見えていないことが良く作用して、会話を滑らかに行っていた。
メルがタカオの魔法に関する話題を継続する。
「時空魔法、私も見てみたいです」
ハーフエルフは知的好奇心を多分に持つ種族である。固有魔法を使用できる魔術師を主人に持つメルは当然その魔法に興味を持っている。
「メルはエルフ魔法が使えるのでございますか? 普通人間種の魔法とは違う、と聞いているのでございます」
黒衣の魔術師もメルと同じく、エルフという希少種に対して好奇心を抱いている。
「純粋なエルフではないので、私が使用できるエルフ魔法はごくわずかです。大変申し訳ありません」
メルはそれを謝罪した。そして、タカオに尋ねる。
「ご主人様は普通人間種の魔法にも精通しているのでしょうか? 私は普通人間種の魔法を習ったことがないので、ご主人様が使えるのでしたら、是非、教えていただきたいです」
タカオはそれを断る。
「私は時空魔法しか使えないのでございます。転生者の子孫でございますので、それしか習得できなかったのでございます」
「時空魔法、絶対に、見せてくださいね」
メルは期待とともにタカオにお願いをした。
段々と時間が経過していく、タカオは布団の中で、メルの手を握った。込められた力は弱く、タカオの優しさを示している。メルも握られた手でタカオの手を握り返した。そして、タカオににっこりと微笑む。
「かわいいのでございます」
タカオはその顔を見て、メルに実直な感想を述べた。
「かわいいのでございます」
タカオは繰り返す。メルのごとき高級奴隷をハーレムの最初として手に入れた幸福を復唱することで噛みしめた。
「かわいいのでございます」
ハーフエルフの白顔は表情を隠すことに向かない。白地に赤は目立つのである。もっとも、部屋は暗く、タカオにメルの顔の色は見えていない。
「ご主人様も素敵です」
メルも返礼とばかりにタカオを誉めた。そして、以前から感じていた疑念をメルは口にした。
「私はかわいいのでしょうか。故郷エルグラツ島は私より美しい女性ばかりでした。レクルシラツ商会でも、私は私より魅力的な女性しか目にしておりません」
タカオは眉間に集中して思考する。
「それはおそらくエルグラツ島にエルフしかいないからでございます。私はエルフを話で聞いた程度の知識しか持っておりませんが、その総てが、神の彫像に喩えられる美しさを持っている、と聞いているのでございます。メルは美しいということもさることながらかわいらしいのでございます」
ここでタカオは一息ついた。横になった姿勢で言葉を継続することは意外と難しい。そして言葉を続ける。
「私はレクルシラツ商会の高級奴隷を棚卸の際に全て見たのでございます。でもね、メルより美しい、と感じた奴隷は一人もいなかったのでございます」
タカオからメルは見えていない。メルはそのことを推測していた。そして、それに安堵していた。メルは自分の綻びそうな顔がご主人様に見えないことに安堵していた。
やがて、月光がメルを照らす時刻となり、ようやく、タカオはメルの裸体を明瞭に視ることができた。肌はただ白く傷一つない。まるで踏破されていない雪原のような美しさである。メルの美しさに目を奪われ、タカオは無意識にメルを誉めた。
「鎖骨がとてもきれいでございます」
意識していない部位を誉められたことに困惑したメルは体を動かしてタカオのいる方向とは反対を向いた。主人に顔を見られない間に落ち着きを取り戻す。数秒の後、タカオに向き直った。
「ご主人様、恥ずかしいです」
メルは羞恥に心を染めている。その姿の可憐さにタカオは思わずメルを抱きしめた。メルの柔らかい感触をタカオは体全体で受け止めた。耳のそばでメルがタカオにささやく。
「ご主人様、その……初めてでうまくないかもしれません。できるだけ頑張って、ご奉仕させていただきます」
メルの言葉にタカオは喜んだ。
二人はどちらからとなく口づけを交わす。それが開始の合図となった。




