1-20 記念式典
魔術師がバン=Aを滅ぼした百回目のエインツ祭から二週間が経過した。いまだ事情聴取や取材の類は多いが、おおむね、二人は既に通常の生活を取り戻していた。今日はバン=A打倒記念式典が王城にて開催される。それに主賓として参列するために、筋肉音楽家と黒衣の魔術師が連れ立って王の許へ訪れていた。今は、控室で式典の開始時刻を待っている。
「結局、どのようにバン=Aの死骸を処理するのでございますか?」
タカオが自分より事情通である田臥に問いかけた。それに田臥が答える。
「海洋廃棄の予定だそうだ。耐火性が高すぎて燃やせない、大きいうえに不吉だから埋めたくない。だから、コロで港まで動かして、そこから巨大な船で海に捨てる計画と聞いた。幸い、建築用石材を輸送する技術が大ニゴラスにはある」
タカオはそれを聞いて安堵する。
「時空魔法で未来に飛ばせ、と命じられることはなさそうでございますね」
「ガッハッハ、それはないだろう。その未来のその場所に人や建物が無いとは限らない」
田臥は大きく笑った。タカオは王城の侍従が淹れた紅茶を飲む。優雅な一時を過ごす。しばらく、そのまま、時間が過ぎていく。茶菓も共にタカオは食べる。その間、田臥はサクスフォーンに使うためのリードを作っていた。
「王様は一体何をくださるのでございますか?」
ふと、タカオは田臥に問いかけた。それは先ほどの問いとは異なり、雑談を意図したものであった。一緒に王から何かをもらう予定の人物がそれらを知っているはずがない。
「タカオへのプレゼントは間違いなく女奴隷だろ? 何を今更言っている?」
田臥がリードを作る手を止めずに、首を傾けて言う。
「そうだと良いのでございます」
タカオは田臥に同意した。同様に田臥もタカオに同意する。
「そうだと思うぞ」
「やはり、問題は、どのような奴隷であるか、でございます。私のハーレムに加えるに足る逸材だと良いのでございます」
少し熱を持ってタカオは語る。やはり、タカオは奴隷ハーレム、それも質の高いものを夢見ている。田臥は大きく笑う。
「ガッハッハ、まず一人目だ。目標は遠いぞ」
「そうでございますね」
タカオも微笑んでそれに応じた。
「王がくださるのだ、それなりに期待してもいいだろう。何か希望があるのか? 巨乳が良い、とか、猫系獣人に『タカオ様』と言わせたい、とか、一人目は無難に普通人間種が良い、とかあるのか?」
田臥は何となくタカオの希望を尋ねた。タカオはそれに答える。
「美人で気立てが良く、家事などができれば充分でございます」
田臥は作り終えたリードを小さい袋に入れた。そして、タカオの高い目標に同意して笑う。
「ガッハッハ、そりゃ、十分だ」
タカオの高い目標に同意して笑った。タカオは考え込むような素振りをする。
「そうでございますね、強いて希望を言えば、レクルシラツ商会大ニゴラス支店が販売しているハーフエルフ奴隷。あれは大変に良いものでございました」
「そんなに良いものだったのか?」
田臥はタカオの語りの先を促した。
「それは非常なる美人だったのでございます。とはいえ、それに見合う高価でございましたので、もうワンランク劣っても構わないのでございます。高級奴隷にランク付けされている女性であれば申し分ないのでございます。以前に奴隷商会で棚卸をした際に見た、普通人間種の双子を両方もらえる、というのも大変に良いのでございます。両手に花とばかりに侍らせてみたいのでございます」
大変に機嫌のよいタカオの口調は朗朗としている。田臥も同様に機嫌は良い。
「ガッハッハ、そうだな。まったく夢が広がる。俺も奴隷を買ってみようかな。いや、しかし、娼館にも通いたい。どっちがいいのか、悩むところだ」
笑顔でタカオも応じる。
「それは奴隷を買う方が良いのでございます」
そこで一瞬、タカオは言葉を切る。そして言葉を続けた。
「やりたい放題でございます」
「なにを言っている。ガッハッハ」
田臥がそう言って大笑すると、タカオも笑った。
「やっぱり、ハーレムの種族はバラバラにしたいのか? ハーフエルフ一人、ドワーフが一人、普通人間種が一人のような形を目指しているのか?」
田臥が雑談を続ける。タカオも楽しくそれを続けた。
「そうでございますね、大きなこだわりはございませんが、やはり、バラバラの方が楽しいと思うのでございます」
タカオは紅茶の茶菓として出された乾菓子を手に取った。田臥もそれに倣う。そして、それを食べた後に、タカオは部屋の中を歩き始めた。田臥はその様子を見て笑う。
「ガッハッハ、落ち着けよ」
タカオは歩くことをやめない。その様子を見ながら田臥は更に言葉を続ける。
「そんなに楽しみなのか?」
タカオは答える。
「そんなに楽しみなのでございます」
タカオはそのまま歩き回ったり、食べたり、と落ち着かずに待機時間を過ごした。
コン、コン、コン。
少し経つと、扉が鳴る音がした。王城仕えの経験がタカオよりは長い田臥が応じる。
「入って良し」
扉が開き、ややゴテゴテした服装の男性が部屋に入った。
「それでは、間もなく、式典を開催いたします。会場までご案内いたしますので、ご準備ください」
※ ※ ※
メンデルスゾーン作品六十一『夏の夜の夢』付随音楽「結婚行進曲」がハルバーツ学園の生徒による演奏で響き渡る中、いつもの服装を着た黒衣の魔術師と筋肉音楽家が式典の会場に入場した。
「男同士の入場に結婚行進曲なんて使うんじゃねえ。同じメンデルスゾーンでも、『イタリア』とか『スコットランド』とか他にもあるだろう」
田臥は小さな不平を呟いている。『結婚行進曲』自体は、以前に、学園教師の結婚時に余興として練習したので、彼らは演奏することができる。しかし、今、この場に相応しい音楽ではない、と田臥は思っていた。田臥は入場した時から羞恥心を我慢している。どうせ曲名を知っているのは学園生を除けば王だけであり、田臥の我慢は極めて正しい。しかし、檀上では、美丈夫王がにやけた笑みを浮かべていた。それを田臥は視界に留める。
「わざとか、やっぱりわざとか」
田臥は跪いた。二人が王の遥か前に跪くと、音楽もそれに合わせて止まる。王の足下に控える側近が発言する。
「黒衣の魔術師、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック及び筋肉音楽家、田臥龍一郎。両名をバン=Aを打倒し、大ニゴラスの平和と安寧を護った功績により表彰する」
列席の貴族、学園生、治安兵、その他から拍手が巻き起こる。トラビス=セインツなどタカオの知り合いも何名か、その中に混ざっている。タカオと田臥は跪いた姿勢を維持することで表情を隠した。二人とも気恥ずかしさに顔が赤くなっている。
「黒衣の魔術師、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック。百年前にバン=Aに対しその時空魔法を行使し、百年間の平和を大ニゴラスに与えた功績により更に表彰する」
再度湧き上がる拍手。先ほどのそれよりも少しだけ長く続いた。側近は、余韻を持たせながら、十分に拍手が続くように、タイミングを計って司会を務めている。
「その功績を以て、両名には、その生涯、大功恩給を与えることとする」
マジャール神領どころではなく、この世界に生きる全ての存在を救ったと言って差し支えない可能性がある功績に対して、まず、継続的な給金を与えるという一般的な褒章を与えた。勿論、王が与える贈与物はそれだけにとどまらない。
「続いて、王家、国家、国民、教会、その他団体、個人から両名に贈られる物の目録を授与します。田臥龍一郎様、前へ」
その言葉に促され、田臥は三歩ほど前へ出て、また跪いた。王の側近が規律正しく動き、田臥の前で直立する。
「『マシル三国の外憂』を解決した功績により、下記内容を授与する」
王の側近はそれを言い終わると、両手で目録を田臥に捧げた。田臥はそれを片手ずつ手に取って受け取った。そして、立ち上がり、半回転してタカオの隣へと戻り、また跪いた。その様子に参列者は全員拍手をする。
「エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジック様、前へ」
タカオも田臥の動きを真似て、三歩ほど前に出た。タカオは百年前にも式典の経験はある。とはいえ、田臥が先に作法を実践していなければ、果たして、彼はこのような格式のある動きができただろうか。
王の側近が先ほどと同じ口上を繰り返す。
「『マシル三国の外憂』を解決した功績により、下記内容を授与する」
タカオは田臥の行動をなぞって、無難にそれを受け取り、田臥の隣へと戻った。王が二人の様子を見て立ち上がった。また、拍手が起きる。そして、王は発言する。
「その目録に書かれているものの幾つかは朕が自ら選んだものだ。存分に活用するように。目録に目を通してみよ」
魔術師二人は、促されるままに、目録に目を通した。特に、タカオは、極めて素早い手つきで、紙の封を解いた。タカオは自身の望む物が真実それに含まれているか、早く確認したかったのである。
そして、二つ目の項目にきちんとそれは書かれていた。
レクルシラツ商会及び王家――ハーフエルフ高級奴隷 一人(メル=トールド=フォンテノ=フォル)
それを見て、タカオは小さくガッツポーズをした。その様子を列席者の一人であるトラビス=セインツも見ていた。トラビス=セインツは、十分に服装を整えたハーフエルフを伴っていた。トラビス=セインツや王、田臥などタカオの嗜好を知るものであれば、目録の何がタカオに最も大きな喜びを与えたか、ということは推測ができる。トラビス=セインツも良い商品を良い金額で良い人物に良い方法で売ることができた、と喜んでいた。
「ふむ、どうやら、朕は黒衣の魔術師殿が欲するものを選ぶことができたようだ。それでは、これで表彰を終了する。さあ、祝宴を始めよう。全員起立」
その言葉を合図に会場の全員が立ち上がる。そして、ハルバーツ学園の学生諸君がジョルジュ・ビゼーの戯曲『アルルの女』組曲第二番より『ファランドール』の演奏を始めた。列席者は立ち上がったまま、エインツ祭の演奏会でも演奏されたこの曲を聴いている。会場の脇に控えていた治安兵が一斉に列席者が参列していたそれまで彼らが座っていた椅子を片付けた。人々は困惑している。
「おや、これはどうやら、俺の出番のようだな」
そう言って、筋肉音楽家は、楽団の許へ移動し、指揮を始めた。優雅に、華麗に、ダンスをする人々の姿がその音楽魔法によって現れる。その魔法を見て、定まった相手のいる者から順番に踊り始めた。会場後部では、その間に、治安兵や侍従がテーブルや料理、椅子などを準備していた。事前の準備が行き届いており、それは大変に素早い。
ダンスをする相手のいない黒衣の魔術師は会場脇へと移動する。それを見つけたトラビス=セインツがタカオに声を掛ける。
「踊らないのですか?」
タカオは答える。
「このような場はあまり得意ではないのでございます」
「よろしければ、ハーフエルフと一曲踊ってやっていただけませんか?」
トラビス=セインツはそう提案する。それはたしかにタカオにとって魅力的だった。
「このような会場で奴隷と踊っても良いのでございましょうか?」
タカオは懸念を伝える。それをトラビス=セインツは微笑んで打ち消す。
「王からの贈与品を、その式典で観衆に披露することが無礼にあたりましょうか? ましてや、ハーフエルフは気品がありますよ。勿論、ダンスも一通り教えてあります」
タカオも奴隷商に同意した。
「では一曲だけ踊ってくるのでございます」
トラビス=セインツはそれに頷く。
「一曲踊りましたら、私のもとにハーフエルフをお連れください。お預かりいたします。先日、演奏会で聞きましたが、この曲は長くないので、披露には丁度良いのです」
タカオはハーフエルフの手を取って、会場中央のダンスが行われているスペースに移動した。そして、そこで、手に入れたばかりの最高級品と共に踊った。
――『黒衣の魔術師』の夢は……奴隷を集めてハーレムでハァハァ 第一章 完――
ここまでお読みいただきありがとうございます。まことに感謝いたします。
さて、今後の予定ですが、閑話を4つほど書いた後に、第二章に入りたいと思います。
本作ここで一旦の区切りとなります。ここまでがライトノベルを1冊書き上げたくらいの構成と分量になっています。
よろしければ、感想、お気に入り登録、評価、をいただければ嬉しいです。
今後の参考になると思います。作者が大層喜びます。
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作中に扱われている楽曲は総て権利者の死亡からの時間経過により、著作権が消滅しています。
・フェリックス・メンデルスゾーン 交響曲第三番 イ短調「スコットランド」
・フェリックス・メンデルスゾーン 交響曲第四番 イ長調「イタリア」
・フェリックス・メンデルスゾーン 『夏の夜の夢』付随音楽より『結婚行進曲』
・ジョルジュ・ビゼー 戯曲『アルルの女』組曲第二番より『ファランドール』




