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1-17 戦いの方法

 百年の隠遁を強いられることを再確認したタカオは、またその絶望にうつむいていた。他に仕様がないことは理解していた。しかし、それでも、百年の孤独は、彼にとって――否、誰にとっても長い。その雰囲気の中、二人は暫しの間、ただ、緑黄色の自然を見つめていた。

 「ガッハッハ」

 タカオの友人である一人の音楽家が、唐突に、バン=Aが現れるであろう草原で大きく笑った。タカオは瞳を凝結させて驚く。

 「どうしたのでございますか?」

 「それだけできない、バン=Aを何とかするには百年ごとに時空魔法をかけるしかない、と知っていて、どうして学園に職を求めた?」

 田臥は目を細めてタカオに問いを返した。タカオは答える。

 「学園で教鞭を執ったと言いましても年度ごとに契約更新の非常勤なのでございます。それは当然に寺院に戻ることを意図したものなのでございます」

 田臥が同じ意図を持った問いを重ねる。

 「冒険者になったこともそうか?」

 タカオはそれに対して同様の答えを返す。

 「そうでございます。冒険者であれば、いつの間にかいなくなっても問題ないのでございます。雇用という形態ではないのでございます」

 「ガッハッハ!」

 もう一度、大袈裟に大笑し、言外に主張をする。その内容を言葉にして、タカオにぶつける。

 「それだけじゃないだろう?」

 瞬間、タカオの表情は曇る。しかし、すぐに、平素の無表情へと戻った。

 「どういうことなのでございますか?」

 その設問に対して田臥は回答する。

 「お前さんの行動はどれもバン=Aを未来に飛ばすためという目的には合わない。そう言っている。果たして、バン=Aに時空魔法を掛けるために、教師になることや冒険者になることが必要だったか? その行動は、バン=Aに対処するために必要か?」

 「バン=Aを倒すことができる人材を探していたのでございます」

 タカオは無表情のまま、静かに言った。

 「見つからなかったのか?」

 田臥はそれを確認した。タカオは答える。

 「冒険者にも、学園にも、どちらにもバン=Aを倒すことができる有力者はいなかったのでございます。強いて言えば、田臥殿が最もそれに近かったのでございます。しかし、どうやら、田臥様の固有魔法である音楽魔法はそういった荒事、戦いに向いた魔法ではないようなのでございます。私とて、バン=Aを凌駕する人材がいるのであれば、百年間の隠遁など選択しないのでございます」

 少しずつ天球上の恒星が動く。時間だけが刻々と過ぎていく。気まずい沈黙が流れる。それを打ち破るべく、田臥は問いを重ねる。

 「バン=Aはそんなに強いのか?」

 次々と与えられる確認に対して、タカオはただ只管ひたすらに淡々と答えていく。

 「マシル三国を死の土地にする程度には強いのでございます。また、百年前の装備とは言えど、ノボトンラムア平野においてマシル三国連合軍二万五千を兵隊をたった一体で虐殺したのでございます」

 田臥は以前に講義で聞いた内容を思い出して顔をしかめた。

 「その二倍、否、三倍の兵力ならどうだ?」

 その問いにタカオは首を捻る。

 「その仮定に何の意味があるのでございますか? そのような大軍を準備することは容易ではございません。現在、大ニゴラスにいる兵数は三千だと王様が仰っていたではございませんか。そして、仮にその数を集めることができて、かつ、バン=Aを打倒することができたとしても、死傷者数は一万は簡単に超えるのでございます。その大軍の命と私の孤独、一体、どちらが守られるべきなのでございますか?」

 田臥の無意味に聞こえる問いにタカオは少し苛立った口調で答えた。しかし、それ動じず、田臥は強い口調で尋ね続ける。

 「四万七千ならどうだ?」

 続けられた具体数を伴う問いに、タカオは首を捻る。

 「正確なことはわからないのではございますが、可能性はある、と考えたいのでございます。勿論、私は軍人ではないので、実際的な予測などできないのでございます。ところで、その具体的な数字は何でございますか?」

 田臥はその問いには直接答えない形で、タカオへの確認を続ける。

 「タカオ、これが最も重要な質問だ。今、お前さんの未来には二つの可能性がある。一つは、予定通り、バン=Aを百年後に飛ばして、それから百年ごとにお前さんがここで時空魔法を行使する方法。この場合、もしかしたら永遠とも成り得るシャムセン寺院での生活が待っている。そして、もう一つは、人生という刹那をお前さんの寿命が尽きるまで生きる選択だ。お前さんは、真実、どちらを望んでいる」

 タカオの心中しんちゅうは決している。しかし、それを成すには困難な状況がこの草原には広がっている。だから、タカオは諦めていた。

 「当然、前者なのでございます。先程も説明したように、この大ニゴラスを護ることは私のみに可能である一種の使命でございます」

 ニゴールの魔術師は既に己が魔術師であることを決意していた。無論、人間としてのそれとは乖離かいりしている。しかし、一方で、その他に、選択が無いということも同様に確かであった。

 しかし、筋肉音楽家マッスルミュージシャンは黒衣の魔術師の返答に対して、ぐっと踏み込んだ右の拳を突き付けることで、自身のタカオに対する怒りを表現した。

 「嘘だな。お前さんができない、と言うならば、俺がお前さんの真実を代弁しよう。お前さんの行動の矛盾は全て孤独への怖れから来ている。学園と言う場所は、常に人が集まる。冒険者は総じて群れる。常に共にある存在として奴隷を求める。お前さんの真実はここにある。お前さんは元来シャムセン寺院で孤独に生きることを望んでいない。他に方法が無いからそれを選択しているだけだ」

 そう言って、田臥は友へ向けた拳を引いた。

 「言え! お前はどちらを望む?」

 そう言って、田臥は優しく笑った。平生、表情を作らないタカオの顔が哀愁と憤怒をかたどる。

 「あなたに私の何がわかるというのでございますか? 百年間、私がシャムセン寺院で楽しく毎日暮らしていたというのでございますか! 季節の変化を数えて百年間を待っていた。その気持は揺るがない、何度も言っているのでございます」

 タカオは少し言葉を切った。感情に発声器官が追いつかず、息を吐いたのである。僅かの間を置いて言葉を続けた。

 「私とて、可能であれば、街で共に楽しく生きたいのでございます!」

 タカオのたかぶりが田臥のえりを両手で掴んだ。その両手を田臥は筋肉で外す。そのまま、腕を持ってタカオに宣言する。

 「よく言った。俺がお前を救う」

 黒衣の魔術師の顔に困惑が浮かぶ。その発言の真意をはかるため、タカオは考慮に入った。数瞬の後、自らが至った結論に、タカオは大きく微笑んだ。

 「もしかして、バン=Aを倒す方法があるのでございますか?」

 田臥はそれに答える。

 「俺はバン=Aを倒し、我が友を救う方法を持っている。それが叶った時、お前さんは何を望む?」

 タカオもまた答える。

 「かわいらしい犬耳獣人や絶世のエルフ美女、ロリロリなドワーフ娘などを奴隷にして、目眩めくハーレムライフをエンジョイすることでございます! まず、その最初は、レグルシラツ商会のハーフエルフでございますね」

 そして、二人して大きく笑った。


   ※   ※   ※


 「それで、どのような方法なのでございますか? やはり、音楽魔法を用いるのでございますか?」

 大ニゴラスのエインツ祭で、王が演奏会の一曲目、ジョルジュ・ビゼーの戯曲『アルルの女』組曲第二番より『ファランドール』を完了し、二曲目のカール・マリア・フォン・ウェーバー『魔弾の射手』より『序曲』の演奏を始めていた頃、タカオは田臥の発した希望に喜びを見出していた。

 爛々としたその顔に、好奇と興味、そして何よりも信頼が浮かんでいる。草原の青々とした若草が、まるで黒衣の魔術師そのものを示すように、激しく風を受けている。

 「がっはっは、勿論、音楽魔法だ」

 筋肉音楽家マッスルミュージシャンは答えた。黒衣の魔術師は尋ねる。

 「しかし、どのような音楽魔法でございますか? 以前に、軍歌や軍楽の類は知名度不足で使えない、と言っていたのでございます」

 筋肉は、その筋肉を奮わせて答える。

 「ガッハッハ、確かに、軍歌は使えないな」

 黒衣の魔術師は疑念を抱く。

 「では、バン=Aよりも強大な魔物やそれを倒しうる英雄の音楽でございますか?」

 筋肉音楽家はそれにも首を振る。

 「それも一つの方法として考えないではなかった。例えば、グスタフ・マーラー、『交響曲第一番、ニ短調、巨人』を演奏すれば、巨人を登場させることができる。しかし、一方で、そのためには、バン=Aの恐怖を前にして、演奏し続けられる大量の音楽家が必要となる。果たして、それが可能か? 学園の生徒たちにそれを求められるか? 勿論、できない」

 黒衣の魔術師は徐々に色を失っていく。もしかしたら、筋肉音楽家マッスルミュージシャンはバン=Aを打倒する方法を持っていないのではないか、という疑念を抱く。だから、同じ質問を再度する。

 「では、どのような方法なのでございますか?」

 それに音楽家は答える。

 「俺はただの音楽家ではない。フランスに留学経験を持つ自衛隊の音楽家だ。自衛隊が音楽を演奏する機会にどのようなものがあるのか、という話は以前にしたと思う」

 タカオは記憶を紡ぎ出す。

 「広報、自衛隊が主催する音楽会での演奏などのイメージアップ戦略でございましたか?」

 それに田臥は首を振る。

 「五十点だ。もう一つ重要な場面がある。それは、国際会議、首脳会談、要人来訪などでの外交儀礼における国歌の演奏だ」

 田臥はそこで一度言葉を切った。数瞬の後、風がまた凪ぎ、そして言葉を続けた。

 「元々、軍歌を意図して作られた音楽が、歴史的流れの中でそのまま国歌として流用される場合がある。幸いにして、世界で最も著名な国歌は、世界で最も著名な軍歌でもある。そして、その曲名は……」

 田臥が勿体ぶって、重大な言葉の前にタメを作る。

 「その曲名は……?」

 タカオも釣られて、音楽家による直前の言葉を繰り返した。


 「ルシェ・ド・リール作詞・作曲、ラ・マルセイエーズ。別名をフランス国歌」


 筋肉音楽家はそう大きく宣言した。音楽を知らないタカオの為に、田臥は説明を続ける。

 「俺がこの世界に来る二百年以上前、フランス革命の最中、オーストリアによる侵攻を目前にしたストラスブールで、侵略者から街を護る守備兵のために作られた曲だ」

 タカオが疑問を口に出す。

 「以前に、革命の音楽を演奏すると、革命軍が登場し、王の命を狙いに行く、と言っていたと記憶しているのでございます」

 音楽家がその真っ当な問いに答える。

 「その通りだ。ただの革命音楽なら、そうなる。しかし、フランス革命は違う。そして、ラ・マルセイエーズは違う。フランス国内における王権打破は、ラ・マルセイエーズが作られた段階ではほぼ成立している。ラ・マルセイエーズは、その後に発生した諸外国からの軍事的干渉と戦うために作られた音楽であり、諸外国による侵略から街を護るための音楽として成立している。だから、バン=Aが現れた時に歌えば、国を護るために戦うフランス国民軍が現れる」

 タカオが率直に言う。

 「よくわからないのでございます。簡単に言えば、バン=Aを倒すための軍隊が現れる、ということなのでございますね。その数は?」

 田臥が答える。

 「数えたことはない。しかし、例えば、ヴァルミーの戦いを基準にすれば、四万七千。そもそも、この世界には存在していない軍隊だ。倒されても死者や被害が出るわけではない。どうだ、タカオを助けるための魔法としては最適だと思わないか。ガッハッハ」

 タカオはなおも不安を持ちつつも言った。

 「そうでございますね。万一、田臥殿の音楽魔法で失敗した場合には、私の魔法で百年後にバン=Aを飛ばせば大ニゴラスに被害は出ないのでございます。ところで、楽器はお持ちなのでございますか?」

 黒衣の魔術師は、音楽魔法の準備を依頼した。

 「楽器は必要ない。ラ・マルセイエーズは歌だ。だから、俺の声があれば成立する。さあ、バン=A、いつでも来い」

 迷彩柄の軍服に身を包んだ筋肉音楽家と黒衣の魔術師は二人、戦いを決意し、バン=Aの登場を待つ。草原の風は徐々に強くなり、それがこの後の戦闘を暗示するかのようでもあった。


 そして、世界史上最悪の魔物バン=Aが百年の刻を経て、大ニゴラス西の草原に復活した。

 作中に扱われている楽曲は総て権利者の死亡からの時間経過により、著作権が消滅しています。


・ジョルジュ・ビゼー 『戯曲「アルルの女」組曲第二番より「ファランドール」』

・カール・マリア・フォン・ウェーバー『オペラ「魔弾の射手」より「序曲」』

・グスタフ・マーラー『交響曲第一番 ニ短調「巨人」』

・ルシェ・ド・リール『ラ・マルセイエーズ』(フランス国歌)

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