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1-14 魔術師の目的

 黒衣の魔術師による『マシル三国の外憂』に関する講演が終了した後、美丈夫王イケメンキングは執務室を歩きまわっていた。傍らには、信頼する部下――筋肉音楽家マッスルミュージシャン――が一人。その筋肉は、王の平素に無い様子を見て、困惑していた。

 「黒衣の魔術師はまだか?」

 もう何度目になるか。同じ質問を、王は田臥に与える。そのたびに田臥は律義に答えていた。

 「タカオに使いを出してから、いまだ二十分も経過しておりません。落ち着いてお待ちくださいますよう、お願い申しあげます」

 「しかし、もし、朕の懸念が正しければ、未曾有の事態なのであるぞ」

 王が田臥を怒鳴りつけた。本来、この王は、意味不明に部下を怒鳴るような人間ではない。しかし、王の内面にある何らかの不安が、王の行動に影響を与えていた。田臥は困惑を深くする。

 「一体、何かあったのですか?」

 田臥が王に問う。しかし、王はその問いに答えなかった。今か、今か、と窓の外を注意深く見ていた。夕方が終わり、夜になりかけている時間帯の街は暗く、王の視界に入る情報は少ない。してや、黒衣の魔術師は、当然、黒い上衣を身にまとっているのであり、王の眼が移動中のタカオを確認することは困難であった。

 王を落ちつけようと、田臥は提案する。

 「いかがでしょう、紅茶を淹れますので、お飲みになられては?」

 王はその問いにも答えない。その代わりに叫んだ。

 「遅い! 遅すぎる!」

 田臥は王の承諾を待たずに紅茶を淹れ始めた。部屋の外にいる侍女に命じ、湯を持参させた。その間も、王は、まさに、混乱していた。時折、叫んだり、歩きまわったり、窓の外に視線を固定したり、とせわしない。田臥は、王のために準備した紅茶を思い切り濃く淹れた。濃すぎる紅茶には、そのあまりの不味さによって思考をその茶に移す効果がある。王が執務で使っている机に濃い紅茶を淹れたカップを置くと、王は何も言わずに、飲んだ。そして、あまりの濃さに顔をしかめた。

 「まずい」

 しかし、確かに、そのまずさによって、王の心は僅かばかりの安定を取り戻した。

 「一体、何だというのです?」

 王が若干鎮静したところで、田臥は王にまた問いかけた。今度は王も答えることができた。

 「黒衣の魔術師のことだ。もしかしたら、あの男が、百年振りに、シャムセン寺院から降りてきた真の理由がわかったかもしれぬ」

 まだ状況の飲みこめない田臥は、更に細かく問うた。

 「それが未曾有の事態なのですか?」

 王が田臥を怒鳴りつける。

 「なぜ、黒衣の魔術師と多くの時間を共有し、朕と同じくあの講義を聞いていながら、思い至らないのだ!」

 王は興奮した様子で、机を右手で叩いた。田臥には、王の言葉が理解できない。王は更に早口で言葉を続ける。

 「この国の存亡に関わる巨大な問題だ」

 田臥はその言葉から導き出した推測を王に伝えた。

 「タカオの正体が黒衣の魔術師ではなく、実は、王を狙う暗殺者である、とか、そう言った内容ですか?」

 「勿論もちろん、違う」

 王は短く否定した。当らない推測の代わりに、タカオは王に確認した。

 「そもそも、シャムセンから降りてきた真の理由とは何です? タカオ自身も、奴隷ハーレム建設のため、と、清々《すがすが》しく言っていたではありませんか?」

 「ああ、言っていたな、それは嘘だ。いや、嘘ではないかもしれないが、第一の目的でないことは確かだな」

 王が田臥に自分の思考を少しだけ分けた。田臥が確認を重ねる。

 「では、一体、何だというのですか? 奴隷ハーレム建設以上に、タカオにとって、優先すべき項目があるということですか?」

 王はそれに肯定の動作で答えた。即ち、首肯である。王は自ら落ち着きを取り戻すために、田臥が淹れた奥深い味の紅茶に自ら口を付けた。

 「そうだ、そして、それは国家最大の危機と認知できる程度に、危険な目的なのだ」

 田臥の顔には、益々わからない、と書いてある。

 「どういうことなのです? 例えば、それは、タカオに対する評価を大きく変えなければならない内容なのでしょうか?」

 田臥は、王の推測を知るために、王に質問を投げかけ続けた。しかし、王の発言は要領を得ない。

 「いや、タカオ自身は、今までとさほど変わらない。救国の英雄ではある。しかし、一方で、百年前の業績に対する評価には多少の変更を必要とする可能性はある」

 そこで、田臥は、推理を放棄した。なにしろ、もう間もなく、タカオ自身が現れ、王との質疑が行われるのである。今すぐに解答を得る必要は全く無かった。

 「これから行われる王とタカオの会談に私も参加してよろしいでしょうか?」

 推理を放棄しても解答は気になる。

 「勿論、構わない。朕の傍に居よ」

 王は田臥の申し出を薄く笑いながら承諾した。王は言葉を続ける。

 「なにしろ、内容が我が国にとって非常に厳しいものだ。是非、朕を支えてもらいたい」


 その時、扉が鳴り、侍従の扉を開く許可を求める声がした。

 運命の扉は、かく開かれた。


   ※   ※   ※   ※   ※


 タカオと対面した王は沈黙していた。田臥は、再度、カップに紅茶を淹れていた。三つのカップに甘くした飲みやすい茶を淹れ、王の発言を待っていた。一方で、タカオも、同じように、王の発言を待っていた。

 僅かに残っていた昼が、最早、完全に夜へと変わる。用意された紅茶を口に含み、思い切りよく一口に飲みきると、王は言葉を紡いだ。

 「それで、黒衣の魔術師殿よ、一体、いつバン=Aは、再び、この地に現れるのだ?」

 この言葉によって提示された状況に困惑した田臥が表情を失う。

 「明日……おそらくは、夕方頃でございます」

そして、魔術師の応答によって、王も田臥と同様の表情となった。それは王の推測が正しいことを示している、と同時に、王の懸念があまりにも早く実現することを示していた。王は天井を仰いだ。バン=Aを王ほどは知らない転生者であることも影響し、田臥が王よりも早く多少の平静を取り戻す。

「ハッ、一体、どういうことだ! バン=Aは百年前に、タカオが倒したのだろう?」

 田臥が巷間の伝説に基づく驚愕を示した。ほんの数瞬、黒衣の魔術師は、口をつぐんでいたが、筋肉の希望的確認を否定する。

 「……倒してはいないのでございます」

 「一体、どういうことだ?」

 田臥がタカオの発言の真意を問うた。それに対して、

 「倒してはいないのでございます」

 と、タカオは同じ言葉を続けた。

 田臥は、額と頭皮の区別が付かない顔をしかめた。王は、その田臥の困惑に対して、感情を露わにした。

 「筋肉音楽家マッスルミュージシャン、ここ王室で初めて、朕とタカオがあった時のことを覚えているか?」

 田臥が頷き、王は言葉を続けた。

 「あの時、朕は、タカオに、バン=Aに対して用いた魔法を見せるように要求した。そして、その結果、一旦、花瓶は消失した。しかし、すぐにまた現れたであろう。あの時と同じことが起きるということだ」

 「……つまり、どういうことです」

  田臥は王の動揺を納得した。百年前に三つの国を滅ぼした怪物の復活は、同様の悲劇を、否、もしかすると、もっと大きな悲劇をもたらす可能性があった。

 「しかし、なぜ、バン=Aが復活するのです? バン=Aは百年前にタカオが倒したのでしょう?」

 理解に至らない田臥が、なおも同じ疑念を発すると、それに黒衣の魔術師、同じ回答を行なった。

 「倒してはいないのでございます」

 魔術師に代わりに王が説明をする。

 「黒衣の魔術師殿の祖父が転生者、その得意魔法は?」

 その説明のための問いかけに田臥が答える。

 「確か、時空魔法だった、と記憶しております。タカオのいたシャムセン寺院もタカオの祖父による作品であるとか。なんでも、外と内の時間の流れ方を異としている魔法が使われていると、聞いております」

 「なぜ、そこまで分かっていて気がつかないのだ?」

 王が眉間に指をやりながら呆れる。そして、言葉を続ける。

 「まあ、良い。たしか、この一風変わった黒い外套にも、その魔法がかけられているのであろう? さて、魔術師殿の魔法は、一見、物質を消失させる。しかし、これが消失ではないのだ。転生者の魔法は、その子孫へと受け継がれる。つまり、魔術師殿の魔法は、消失魔法ではなくて、時空魔法……物を消すのではなく、未来もしくは過去へと物を飛ばすことしかできないのだ。心当たりがあるだろう?」

 田臥がその巨大な筋肉を静止させる。まるで魔法によって時間が止められたような一瞬が現れ、田臥やその周囲を包んだ。

 「なるほど、確かに、心当たりはあります。そういえば、初めて会った時に、タカオは、学園の門前に植えられた迎椿を、季節外れに咲かせましたな」

 田臥は声を落として言った。黒衣の魔術師は説明を補足する。

 「あれは、木の時間だけを、本来咲く季節まで進めたのでございます」

 王も、田臥のために、自らが見た時空魔法を確認した。

 「今日の羽ペンが消えた魔法も、時空魔法であるな?」

 「その通りでございます」

 時空魔術師はそれを肯定した。田臥が時空魔術の行使事例を更に問う。

 「他には何かあるのか?」

 ニゴールの魔術師は、それに対して、田臥の知り得る事例を示した。

 「先日、蚤の市において、ホットドッグを販売した際に用意したチーズでございます。本来、チーズは熟成に日数がかかるのでございますが、その手間を、時空魔法で、減らしたのでございます」

 それを聞いて、田臥は大きく笑った。

 「ガッハッハ、たしかに、時空魔法ですな! まったく、気づいて然るべきでした」

 王はそれをたしなめる。

 「笑いごとではない。マシル三国を滅亡に追い込んだ伝説の怪物が、ここ大ニゴラスから徒歩十五分ほどの地点に現れるのだぞ。現在、この街にいる兵や冒険者を全てつぎ込んだとしても、止めることすらできない、圧倒的な怪物が、だ。他国へ避難したとしても、止めるのは一大事。わが国だけでは留まらず、世界的な破滅が訪れる可能性も低くはない」

 田臥の少し間を外した感情を見て少し興奮した心を落ち着けるために、熱い紅茶を飲んだ。それにならって、他の二名も紅茶を飲んで、少し間をとった。カップを置いた後も僅かに沈黙が発生する。その静寂を破ったのは、黒衣の魔術師だった。

 「心配には及ばないのでございます。この街に起こりうる危険を回避する方法は簡単なのでございます」

 黒衣の魔術師の言葉に、王は希望を見出した。しかし、魔術師の意図がわからず、的外れな問いを発した。

 「どういうことだ? もしかしたら、百年の修行で身につけた凄まじい魔法があるのか? それなら安心だ」

 魔術師は王に説明をする。

 「簡単なことでございます。百年前に、私が使った同じ魔法を使えば、当座の危機は回避されるのでございます」

 王は視界を閉じ、眼を閉じ、一瞬、表情を止めた後に、また、眼を開いて言った。

 「そうか、そうであるな、では、明日のエインツ祭は、治安兵に、街の中を警備するように言っておこう。念のために、最も街の外側にある建物は立ち入り禁止にしておく」

 田臥はその王の指示を更に厳重にする進言をする。

 「それだけではなく、今すぐに、明日のエインツ祭終了まで、大ニゴラスから出ることを禁じましょう。タカオが対処しようとしている場所に誰かが現れては、よろしくない」

 「うむ、では、すぐに、治安兵に連絡をしてきてくれ。早ければ早いほど、準備もはかどるに違いない」

 田臥の提案を王は承諾し、その細かい連絡をタカオに任せた。

 王は、魔術師を向いて、頭を下げる。

 「魔術師殿、申し訳ないが、明日は、この大ニゴラスをよろしく頼む。朕に手伝えることはあまりないが、褒美は百年前のそれと合わせて、十全に出そう」

 王は頭を上げて、椅子に緩慢な動きで座った。

 「元々、バン=Aを飛ばすために、シャムセン寺院から出てきたのでございます」

 そう言って、タカオは高貴な紅茶をガブリと飲んだ。


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