↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/25

1-13 バン=Aの災禍

 エインツ祭前日、王立ハルバーツ学園のある教室は立ち見が出るほどの盛況をなしていた。前方中央の少し高くなっている部分には、輝く黒衣を着た男が一人。そこにある机の上には、羽ペンが一本だけ用意されていた。

 「本日は、お忙しい中をお集まりいただきまして、まことに、ありがとうございます」

 そう言うと、今日のメインイベントの主役である黒衣の魔術師は一礼した。タカオは言葉を続ける。

 「さて、今日までの講義では、この大ニゴラスを中心とした神領における、近世の著名な魔術師について、語ってきたのでございます。本日は、私、エインツ=ハルバーツ=ユグオンドルド=モレスラ=タカオ=ニゴール=マジックが最もよく知っている魔術師についてとり上げたいと思う次第でございます」

 そこで、魔術師は言葉を切り、最大の効果を狙う。

 「それは……私でございます」

 黒衣の魔術師がそう言うと、満員を遥かに超えた観衆が大きな歓声を発生させた。

 「では、まず、バン=Aとは何者であるのか、ということについてお話いたします。ご存知のように、世界には、多くの魔物が存在するのでございます。そして、その魔物の数を抑制し市街地の安全を維持するために多くの兵士や冒険者が戦っては死んで行きました。そこで、我が国の隣国であるマシル三国は、こう考えたのでございます。『自由に操ることができる最強の魔物を開発し魔物を退治すればよいのではないか』と」

 そこで一度言葉を切った。

 「そうして始まったものが、マシル三国による共同プロジェクト『バン計画』でございます。ご存知のように、人工的に魔物を作る、という計画は、『バン計画』が最初ではございません。何がございましたか?」

 そう言って、タカオは聴衆の発言を要求した。最前列で美丈夫イケメンが手を挙げている。

 「はい、王様、どうぞ」

 タカオが聴衆として参加していた王を指名し、発言を求めた。

 「わが国でも、それ以前に、『プランツ計画』という計画を進めていた時期がある」

 王の発言に対して、タカオが礼を言う。

 「ありがとうございます。そうですね、『マシル三国の外憂』のあまりに甚大な被害が発生し、その危険性が認知されて、すべての国でそれらの計画は中止されたのでございます。さて、『バン計画』は、とにかく、人口魔物の製造という段階において、成功してしまったのでございます。しかも、究極の防御と至高の攻撃力を持った人工魔物『バン=A』が誕生したのでございます。因みに、現在においても、どのような技術で、『バン=A』を製造したのかは、全く不明でございます。なぜならば、誕生したその日に、マシル三国が共同して建てた研究所とその研究員を総て破壊しつくしたからでございます」

 魔術師は一度言葉を止めて、話を続けた。

 「人工魔物は開発されたのでございますが、魔物を制御する方法を開発することには失敗していたのでございます」

 タカオは当時の混乱を思い出しながら語る。

 「さて、皆様もご存じのように、被害は研究所だけでは収まらなかったのでございます。研究所は、マシル三国の中の一国である北マシルにあったのでございますが、誕生から三ヶ月後には、北マシルの首都が陥落。街から廃墟群へと変わったのでございます」

 そこで聴衆の一人が発言した。

 「ガッハッハ、バン=Aってのはそんなに強いのか!」

 窓の外からの光が頭に反射し、タカオの眼に眩しく、その聴衆の顔を確認できなかったが、すぐにそれが田臥だとタカオには判別できた。

 「とても強いのでございます。事件が発生して一年数カ月の間、マシル三国はそれぞれ独自に事態に対処していたのでございますが、北マシル陥落後は、合同して事態に対処することを決めたのでございます。そこで、マシル三国はその全兵力を中央マシル王国北の平野に集結させて、決戦を挑んだのでございます。これが『マシル三国の外憂』における最大の会戦――ノボトンラムア平野の戦い――でございます。この結果がバン=Aの強さを示しています。結果についてご存知の方は?」

 黒衣の魔術師は聴衆の参加を求めた。ほぼ全員の手が挙がる。

 「王様、結果について、簡潔にお願いします」

 再度、王を指名し、王の回答を求める。

 「マシル三国軍二万五千の全滅によってマシル三国における防衛機能は壊滅した」

 王が的確な答えを返した。

 「ありがとうございます。その通りでございます。その後、二年をかけて、マシル三国をバン=Aは蹂躙し、三国内は全くの無人となるのでございます。因みに、大ニゴラスにおける現在の駐屯数はどの程度でございますか?」

 黒衣の魔術師が礼を述べながら、質問を重ねた。

 「ああ、三千だ」

 王が促されるままに回答した。

 「ありがとうございます。今、バン=Aが現れたら、この街はひとたまりもありませんね」

 タカオの言葉に、聴衆から笑いが起こる。何しろ、今、ここには、百年前にバン=Aを滅ぼしたとされている張本人がいる。万が一、バン=Aが現れたとしても、防備は万全であるはずなのだ。

 「初めて、マジャール神領の国境にバン=Aが現れたのは、バン=Aが誕生してから、三年と九カ月が経過した頃でございました。その頃、この街は、マシル三国からの避難民で溢れ、大ニゴラスにもバン=Aがいつ来るか、と、ある種の恐慌状態でございました。国境軍の足止めをバン=Aは全く敵とせず、大ニゴラスに向かって進み、丁度百年前の明日。大ニゴラスの高台から豆粒程度に見える距離まで近づいてきたのでございます。当時の王は、勇敢にも、逃げるのではなく、戦う道を選んだのでございます。国中から集めた兵力はおよそ一万八千。そして、それは、バン=Aと戦うには余りにも寡兵かへいでございました。全軍に先んじて派兵された近衛騎士団二千が全滅し、街は、恐慌状態を超え、諦観の様相を呈しておりました。逃げる準備も、戦う準備でさえも止めてしまったのでございます」

 百年前の出来事に、聴衆は静まる。しかし、広がる緊張感の中に、一種の興奮が混ざっている。結果を知っている以上、黒衣の魔術師による大活劇を待望する他はない。

 「そこに私エインツ=タカオが登場します」


   ※   ※   ※   ※   ※


 ハルバーツ学園の一角。その教室は熱気に包まれていた。収容定員を超えた大勢が発する体熱たいねつ。「黒衣の魔術師」こと、エインツ=タカオ本人による『マシル三国の外憂』に関する講義が引き起こす興奮。それらが混ざって、暑気を発していた。

 「ご存知の方はいると思うのでございますが、私の祖父は転生者でございます。そして、多くの場合、転生者はその固有の能力を子孫に受け継ぎます。それは、私も例外ではございませんでした。そして、私には、それを用いれば、この危機を回避できるという確信があったのでございます」

 愈々《いよいよ》、話は、全員が聞きたがっていた本題に入ろうとしている、その事を徴収全てが自覚した。

 「近衛騎士団二千、南部国境警備隊五百、大ニゴラス治安兵三千、それぞれの敗北が続々と大ニゴラスに入って参りました。そのたびに、人々の表情は、絶望の色を濃くしていったのでございます。それは、当時の剣や槍、弓矢では傷つけられない敵を前にした態度としては妥当と言えました」

 そこで、王がその立場上の発言をした。

 「バン=Aに全く効かなかった反省から、この百年で武器、防具類は、格段に進歩した。今であれば、多少の傷は付けられる」

 魔法使いは、もう一人の固有魔法使いである筋肉音楽家マッスルミュージシャンに確認する。

 「そうなのでございますか?」

 それに田臥が答える。

 「ああ、俺が以前にいた世界でいえば、二百年前の西洋程度には、装備が整っているぜ。ガッハッハ」

 タカオが溜息を吐いた。

 「基準がわからないので何とも言えないのでございます。とにかく、今、バン=Aが攻めてきても、百年前よりは安心できそうだ、ということがわかったのでございます」

 そこで聴衆から再度笑いが起きた。

 「敗北の報が続く中、大ニゴラスの西端、三階建ての建物からであれば、肉眼で視える程度の距離までバン=Aが近づいてきたのでございます。教会には敬虔な信徒が溢れ、西端の建物には野次馬が集まったのでございます。王は籠城し、最後の抵抗を試みることを決め、兵を中央通りに集結させたのでございます。バン=Aの固さには、街の壁など一溜まりもないのでございますが、わざわざ、ぶつかりながら歩く必要もないので、中央通りを進攻してくる可能性が高かったのでございます。私は一人街を出て、西へ向かい、バン=Aと対峙すべく移動を始めたのでございます」

 黒衣の魔術師は語り口調に休みを入れた。対決の様子が語られる、ということを示すためである。

 「バン=Aの特徴はその防御力にあったのでございます。北大洋堅亀と同程度の硬さ、ということは、当時、既に知られておりました。剣や弓矢は効かず、よりによって、火や水、風など通常の魔法も効かないような魔法耐性を持たされた魔物にダメージを与える方法はなかったのでございます。それでもダメージを与えようと突撃したところを攻撃される、というのが定番だったようでございます」

 「そんなに硬かったのか……」

 王が全ての聴衆を代表して感嘆した。

 「少なくとも、近衛魔術師団による魔法攻撃は全く効いておりませんでした。勿論、通常の魔法使いをはるかに凌駕する実力を持った魔術師が魔法を連発すれば効いたのかもしれません。」

 タカオが王の感嘆を補う。

 「それでも、私の魔法は効きましたから、魔法が一切効かないということではないように推測しているのでございます」

 黒衣の魔術師は窓の外を示した。

 「その日は今日のように非常に良い晴れでございました。視界を遮るものもなく、私が単独でバン=Aに近づいて行く様子がよく見えたということでございます。私は向かって行ったのでございます」

 聴衆の一人から声が挙がる。

 「怖くはなかったのですか?」

 タカオは答える。

 「勿論もちろん、怖くはなかったのでございます。なにしろ、その場に留まっていれば生き残ることができる、という状況ではございませんでした。であれば、当然、立ち向かっていくしかないのでございます」

 そこで、小さく歓声が挙がった。

 「市街地を出て十五分ほど歩いたところで、バン=Aの姿が見えたのでございます。バン=Aは非常に大きかったのでございます。丁度、オリファンツと同じくらいでございましょうか。また、動きも非常に素早かったのでございます。走行ルートに直線をとらず、蛇行や後退、前進を繰り返していたので進行速度は遅かったのでございます。それが幸いし、私には、攻撃をするための余裕がございました」

 講義開始時刻とは日光の角度が代わり、田臥の頭皮による光撃は終わっていた。それは、黒衣の魔術師による講義の終了時刻が近付いていることを示していた。そして、聴衆が最も知りたいこと、黒衣の魔術師が、いかにして、史上最大の災厄から国民を護ったのか、自らの祖先を護ったのか、ということを話す段が近づいていた。

 「私は、祖父から譲り受けた、この黒衣を着て、祖父から譲り受けた、魔法を行使したのでございます。そうこんな風に」

 ニゴールの魔術師は、手元にあった羽ペンを聴衆に向けて緩やかに投げた。羽ペンの向かう先にいた女子生徒が軽い悲鳴を上げる。全ての視線が羽ペンに集中した。

 そして、黒衣の魔術師が手をさらりと振ると、


 羽ペンは消え去ったのである。


 人々が、不見の魔法に驚愕した。その驚愕を見ながら、タカオは言葉を紡いだ。

 「今の魔法がバン=Aに行使した魔法でございます。これによって、大ニゴラスは当座の危機を回避し、現在の繁栄があるのでございます」

 全ての聴衆から拍手が起こる。それを受けて、タカオは一礼した。

 「本日は、ご静聴いただきまして、ありがとうございました。王様におかれましても、お忙しい中をお時間を作っていただきまして、まことに、ありがとうございました」


 こうして、エインツ祭前日のメインイベント、黒衣の魔術師による講演『マシル三国の外憂』は好評のうちに終了した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。