美形当主様の御命令で、主上の食事を作る
それから更に数日。前回とは別の厨房に通され、俺は目を見開いた。前回の厨房も広いと思ったが、ここはそれ以上。何より、そこにあったのは、これでもかというくらい、どっさりと山積みになった食材と調味料の数々。
「人界から追加で取り寄せた。家庭料理ならこれで十分だろうと言われたが、不足があれば言え。直ぐに手配させる」
この前と比べれば、本当に何でも作れるような品揃え。食材も、見覚えのあるものばかりだ。本当に、主上の為だけに完璧に用意させたらしい。
とはいえ、これで何か作れと丸投げされても、それはそれで困る。
「あの〜……主上のお好きなものとか、お嫌いなものは……」
「わからぬ。そもそも、主上も我らも普段は食事など取らぬからな」
阡の投げやりな言葉に、サアッと青ざめる。妙な物を出せば首を撥ねると聞かされたのに、手掛かりがないのでは、何が地雷になるか分かったものではない。
「な、何か……何でもいいので御存知ありませんか? 主上の性別とか御年齢とかだけでも……」
「主上は男神でいらっしゃる。歳は三百余歳。人の歳では十八で時が止まっているそうだ」
「……はい?」
男神? 三百歳? 十八で歳がとまっている?
「あ……あの……、主上は神様、なのですか?」
「そうだが?」
阡は当然の顔で言う。
い、いや、きっと、先祖代々の言い伝えか何かで、そういうことになっているだけだろう。
「ああ、それから、『からあげ』と『まかろにさらだ』とやらがお好きだとは聞いている。が、それとは別のものを作れとの御命令だ」
「な、何故、別の物を? 好物をお出しした方が喜ばれるのでは……」
「以前、別の者が主上に作って差し上げたことがあったそうだが、燐鳳様は、それがお気に召さなかったようだ。もう帰ってしまったが」
淡々と告げる阡の言葉に、嫌な汗が垂れてくる。
(……お気に召さなかったって、何が……? 味? それとも作った奴そのもの……? そいつは、本当に帰れたのか……?)
これまで断片的に聞いてきた、雉里燐鳳という男の生態から想像するに、本当に『生きて帰った』のかすら怪しい。が、そんなこと、怖くて聞けるわけがない。
「とにかく、それよりも主上が満足なさるものを用意せよとのお達しだ」
要するに、主上の好みが判明しているのに、それは作ってはいけない。にも関わらず、他に何が好みかは不明。更に作ったうえで「前の奴の方がうまかった」となれば、俺の命が危うい。
とにかく、想像力を働かせるしかない。
主上の得体はしれないが、少なくとも、肉と揚げ物、マヨネーズなどのコッテリした食べ物がお好みだということだけは確かだ。十代の男子が好むようなものを出せば間違いないだろうか。
鶏肉と、揚げ物と、マヨネーズ……
頭の中であれこれ考えながら、調味料と食材を漁っていく。
人界から届いた野菜や調味料の脇に怪鳥の肉があったので、肉はこれを使う。片栗粉、醤油、みりん、酒、砂糖、塩、胡椒。怪鳥の卵も見つけた。酢と油もあるので、マヨネーズもバッチリ作れる。あとは玉ねぎと風味付けに三つ葉。
これだけあれば、鳥の照り焼きにタルタルソースくらいはつけられそうだ。あとは、米、味噌もあるので、白飯と味噌汁。炊飯器がないので、鍋でどうにかするしかないが。
「何やら、小さな木のようなものがありますね」
物珍しげに類が手に取ったのは、人界から手配させたと言っていた食材にまじっていたブロッコリー。付け合わせに出しても良さそうだ。乾燥わかめと水菜はサラダに。ドレッシングは、油とポン酢。胡瓜もあるので、箸休めに浅漬けにする。三百歳だか十八歳だかわからないが、栄養バランスも考えておいたほうが良いだろう。
ある程度作るものが決まると、俺は「よし!」と声に出して気合を入れた。
米を研いでたっぷり吸水させて、その間に下拵え。トントンと小気味良い音を立てながら三つ葉や玉ねぎをみじん切りにしていると、感心したような阡の声が聞こえた。
「随分と手際の良いことだな」
「まあ、これくらいは日常的にやってたんで」
何も特別なことはしていない。慣れた作業をこなしていると、緊張しっぱなしの異世界に居るはずなのに、店でのいつもの仕込みのように心が落ち着くような気がした。
米を鍋にかけ、ちょこちょここまめに様子を見ながら、類に火加減の指示を出す。うるさく言っている自覚はあるが、そんなに面倒そうな顔をされても、こちらが困る。うまいものを作るのに、火加減はかなり重要だ。
「火加減を間違えて焦げたり芯が残ったりしたら、燐鳳様に何て言われるんだろうなぁ〜」
ポツリと聞こえるように呟いたら、ビクッと肩を震わせ背筋が伸びたので、ついでに、もう一つの竈門の火も調整してもらった。
卵を茹でて細かくして、玉ねぎ、三つ葉と共に、卵黄、酢、油、塩で作ったマヨネーズと混ぜてタルタルに。
肉に片栗粉をまぶし、油をひいた鍋でジュウッと焼けば、次第に香ばしい良い匂いが上がってくる。良い具合に焦げ目がついたら、合わせ調味料を加える。ぐつぐつ煮立つ照りの出た甘じょっぱい香りに肉をよく絡めた。艶のある茶色のタレを滴らせた肉を鍋から上げて包丁で切れば、中から肉汁が溢れ出す。
丁寧に皿に盛り付け、タルタルソースをかけて、鮮やかな緑色に茹でたブロッコリーを添えた。
小鉢にサラダ、小皿に出汁を利かせた胡瓜の浅漬け。椀に玉ねぎの味噌汁。艶が出て粒立った白飯を茶碗に盛ると、ほのかに甘い香りがふわりと上がった。
膳の上に揃ったのは、温かい湯気が立ちのぼる、怪鳥の照り焼き定食。
「完成しました」
そう言いつつホッと息を吐くと、いつの間に厨房に来ていたのか、美しき紫紺の髪の貴人が居て、引き連れていた護衛や従者が緊張の面持ちで壁に張り付いていた。
「阡、毒味せよ」
雉里の当主は、無造作に畳んだ扇で料理を指し示す。それに阡は、顔色一つ変えずに恭しく頭を下げた。
「かしこまりました」
阡は箸をとり、皿から綺麗に慎重に、少しずつ別の皿に料理を取り分け口にしていく。うまいとも、まずいとも言われない。表情は無のまま。毒など一切入れていないが、口に合わなかったのだろうかと、だんだん不安になってくる。
最後の一口を食べ終わると、阡はコトリと箸を置いた。
「問題ないかと」
「味は?」
「お気に召していただけるかと存じます」
ようやく出た合格の声に、俺は魂が抜け出るほど深く息を吐き出した。
阡が無事であることを確認すると、燐鳳はスッと膳を持ち上げる。
「燐鳳様、私がお運び致します」
「良い。奏太様には私からお出しする」
阡の申し出に、燐鳳は冷たく返し、護衛を引き連れて厨房をあとにした。
それからしばらく。
「——燐鳳様がいたく御立腹です」
厨房の後片付けをしていると、先ほど燐鳳の護衛の中に混じっていた桜色の髪の少年がやってきて、青白い顔でそう言った。
「……主上が、御料理をお気に召さなかったと?」
今まで常に冷静で表情を崩さなかった阡が、戸惑いの表情を浮かべる。
「いえ、とてもお喜びになりました。料理人に直接礼をと仰ったので、謁見の間に向かう前に身なりを整えさせよと燐鳳様から御命令を仰せつかりました」
「それならば、何故……」
阡の問いに、少年は声を震わせた。
「奏太様から、燐鳳様への労いが無かったんです……料理と料理人へのお褒めの御言葉はあったのに……」
少年の言葉に、阡も類もサアッと顔色を失った。
「……誰も、促さなかったのか?」
阡は愕然とした顔で言う。しかし、少年は首を横に振るばかり。
「奏太様から燐鳳様にお声をかけていただけるよう、こっそり汐殿にお願いしたら、何故そのようなことをわざわざしなければならないのかと、冷たくあしらわれました。僕らは、もう、終わりです……」
少年は泣きそうに顔を歪ませ両手で覆った。
「お、終わりって、どういうことですか……?」
堪らずにおずおずと声に出すと、阡が絶望的な顔でこちらを見た。
「周囲への八つ当たりは必至。燐鳳様を差し置いてお褒めの言葉を賜った其方は秘密裏に殺されるやもしれぬな。主上には病死か事故とでも偽って」
「お、俺ですか!?」
料理を食べた本人は喜んだのに、何故作った俺が処分されるのか、理解に苦しむ。
(自分が褒められなかったから? そんな理不尽な話があってたまるか!)
心の中で叫び散らす。
「な、何とかなんないんですか!? 俺、褒められたんですよね!?」
しかし阡は、憐れみの目をこちらに向けるばかり。
「主上がとりなしてくださるのを待つか、燐鳳様の機嫌が奇跡的に戻るか、いずれかしかなかろうな。前者に至っては、燐鳳様のお怒りを逆なでする可能性もあるが」
何て面倒くさいのだろう。つまり、ただの嫉妬だ。ドがつくほどに過剰な。
「奏太様が料理人を呼べと仰った以上、それまでは無事でいられるでしょうから、御慈悲に縋るのが一番確実ですね。燐鳳様を抑えられるのは、主上だけですから」
桜色の髪の少年は、疲れ果てた顔で天井を仰いだ。
厨房を出て身なりを整えさせられ、謁見の間に移動するから廊下で頭を下げて待っていろと阡に言われて待機していると、護衛と従者をぞろぞろ連れた燐鳳がやってきた。翻る着物の袖が目の前を通り過ぎた時にほのかに白檀の香りがしたが、もはや死を呼ぶ香りをかがされた気分だ。生きた心地がしない。
燐鳳が完全に通り過ぎたところを見計らい、「行くぞ」と阡から声がかかった。
一行の後ろの方について青ざめた顔で移動していると、近くにいた桜色の髪の少年が、護衛の一人の腕をグイッと引いたのが見えた。更に前方の者達に聞こえないよう、ひそひそ声を出す。
「ねえ、ちょっと。燐鳳様の機嫌、直ってない?」
少年の声に燐鳳の様子をチラッと見たが、無表情のままで機嫌が良いとは一ミリも思えない。けれど、燐鳳の近くに移動した阡の代わりに俺に付けられていた類も、ホッと息を吐いている。
「表情がいくらか柔らかく見えますね」
(だから、どこがだよ)
そう思うのだが、腕を引かれた護衛もコクリと頷いた。
「お前が部屋を出たあと、奏太様から労いがあったのだ。忙しいのに手配してくれてありがとう、と」
その言葉に、少年は手を前に組んで目を潤ませた。
「奏太様……!」
「汐殿が、見かねて声をかけてくださった。お前が汐殿に頼んだのだろう? あのままだったらどうなっていたことか。生きた心地がしなかったよ。助かった」
「拒絶されたと思ったよ。あとで、汐殿に御礼を言っておかなきゃ」
燐鳳本人は不機嫌そうに見えるが、少年と護衛のやり取りを見るに、処刑の危機を脱したということだろうか……?
「あの、俺、殺されなくて済むのか? その、奏太って人に命乞いしなくても?」
すると、桜色の髪の少年はぎょっと目を見開いてこちらを見た。
「馬鹿なの……!? おじさんから、あの方の名が出たら、また燐鳳様の機嫌が悪化するから、絶対に名前で呼ばないで……!」
十代くらいの子どもにまで怒られた。
だが、名前を呼んだだけで再び命の危機に晒されては堪らない。ひとまず、口はきっちり閉じておいたほうが良さそうだ。




