兵士に連行され、自白剤を飲まされる
兵士と共に外に出ると、一人が人の形を崩して、人が乗れるほどに大きな鳥の姿に変わった。尖った嘴、ギョロリとした鷹の目に、息が止まる。気づけば気を失っていた。
目覚めた時には、窓のない石造りの部屋の中にいた。硬い木製ベッドの上。背中と腰が痛む。さすりながら起き上がり周囲を見回すと、簡素な家具があるだけのシンプルな室内だった。
そこに居るのは自分一人。こっそり木戸まで歩み寄り、ピタリと戸に耳を押しつけて向こう側の様子をうかがう。すると、直ぐに外側に扉が開いて、ヒュッと喉が鳴った。
「ああ、起きたか。いきなり倒れるから驚いたぞ。待ってろ、阡様の従者様に声をかけてくるから」
先ほど、鷹に変わった兵士が立ちはだかっていた。
「……あの……ここはどこでしょう……? 阡様とは……?」
「ここは、軍の屯所だ。阡様は雉里の御当主様の側近でいらっしゃる。料理人の身元を厳に調査せよとの御命令だそうだ」
「厳に……?」
俺はぼそっと呟く。
「やましい事でもなければ問題なかろう。万が一にも問題が見つかれば即座に処分されるだろうが」
「処っ……!?」
声をひっくり返して叫びかけると、兵士はカラカラと笑った。
「四貴族家に関わるとはそういうことだ。まあ、せいぜい無事にな。ああ、逃げようなどと思うなよ。脱走した時点で不審者とみなして殺されるからな」
兵士はそう言うと、俺を部屋に取り残してどこかへ行ってしまった。
パタリと閉まった戸の前。サアッと全身の血の気が引いていく。完全に選択を誤ったらしい。逃げ道すら塞がれている。もしも、怪しい者だと疑われたら、どうすればいいのだろう。問答無用で犯罪者扱いされて処刑されたら?
ガタガタと身体が震えだす。とんでもないところまで来てしまった自分を呪いたくなる。
部屋の中で意味もなくうろつきながら、最悪の展開が何度も脳裏に浮かんで震え上がる。
それから一体どれほどの時間が経ったか。ガチャっと戸が開き、ドキンと跳ねる心臓と共に俺は飛び上がった。
「こちらです、阡様」
先ほどの兵士の声。しかし、酷く緊張しているのが伝わってくる。
「御苦労」
すぐに別の男の声が聞こえ、その姿が木戸から覗いた。品が良く高そうな着物姿。黒髪を低い位置で結びつけた若い男。村で見た者達とも兵士達とも全く違う、凛とした佇まい。一目見ただけで高貴な立場の者だとわかる。動作の一つ一つが洗練されていて、纏う空気が違うのだ。
阡と呼ばれた男は、従者と護衛と思われる者を引き連れて部屋に入って来た。無表情で何を考えているのかもわからない。
俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
温度の感じられない目で全身を品定めするように見られたあと、阡はスッと手で合図をする。
「類、茶を」
その声と共に後ろの方から、もう一人従者のような少年が現れた。その手にあるのは、盆に乗せられ湯気を揺らす湯飲み。
「喉が渇いているだろう。飲むと良い」
冷たい目の阡の言葉をどこまで素直に受け取ってよいものか。確かに喉は酷く渇いている。山中に迷い込みここに来るまでの間、何も口にしていない。けれど、もしもこれが毒だったら……?
「あの……これは……?」
「見ての通り、茶だ」
「い、いえ……そうではなく……」
毒ですか? などと聞けるわけもなく、モゴモゴと口籠る。すると、阡は目を細め、ゾッとするような微笑みを向けた。
「自ら飲むか、無理矢理飲まされるか、拒絶してその命を失うか、好きなものを選ぶと良い」
全身に冷水を浴びせられた様な心地になった。
(こ、殺される……! 黙って飲まなきゃ、殺される……!)
俺は震える手で湯飲みを慌てて掴み、グイッと一気に飲み干した。
その後のことは、正直よく覚えていない。お茶を飲んでから少ししたころから意識が朦朧とし始めて、いろいろなことを質問された。何処から来たのか、生まれはどこで、どう生きたのか、誰かから指示を受けたのか、何が目的でこの世界にきたのか、これから何をするつもりか、など。頭が働かないまま、スルスルと口から勝手に言葉が出ていく。
地方都市で生まれて、死んだ親父の店を継いだはいいが、うまくいかなくて泣く泣く畳むことになったこと。自暴自棄になって彷徨い歩いていたら、知らないうちに迷い込んでいたこと。何も企んでいないし、ただ家に帰りたいだけなのだと、最後はとめどなく涙と鼻水を流しながら、高貴な阡様とやらに理性もなく縋りつき、慌てた兵士に引き剥がされた。
ぼんやりした意識が戻ってきたころには、部屋の中には俺をここに連れてきた兵士だけになっていた。
「お前……阡様にあんなことをして、よく生きていられたな……」
呆れ顔で言われて、一気に全身から汗が噴き出し、顔も耳もブワッと一瞬で熱くなった。
「燐鳳様にお会いする許可が出そうだ。しばらく、ゆっくり休むようにと」
「りん……? 誰ですか?」
「雉里家の御当主様だ。間違っても、その呼び方で呼ぶなよ。そう呼んで良いのは主上のみ。問答無用で殺されるぞ。それから、これを」
兵士は金に輝く腕輪のようなものを差し出す。
「人間にはこちらの空気が合わないそうだ。長く留まると死ぬらしいから、それを浄化する呪物だ。常に腕に着けておくようにと」
「はあ……」
ブカブカの腕輪を嵌めてみると、冷たい金属のはずなのに、突然ギュッと手首の大きさまで縮んでピタリと止まる。目を見開いて唖然としていると、兵士はニッと笑った。
「金の輪は朝廷に仕える者の証。仮とは言え、阡様に認められて良かったな」
粗相をした記憶しかないが、一応、不審者でないことは証明できたらしい。俺はホッと安堵の息を吐き出した。
それから三日。家に帰してもらえないどころか、部屋からも出してもらえないまま。
食事が用意されるだけましだが、囚人のような気持ちで過ごした。
類といったか、阡の従者が迎えに来て、ようやく、部屋から出られたかと思いきや、今度は風呂場に連れて行かれ、全身をタワシのようなもので遠慮なしに痛いくらいにゴシゴシ洗われた。浴びせられたのは、湯ではなく、清めの水という名の井戸水。心臓麻痺で死ぬかと思った。
皮膚をヒリヒリさせながら、寒さで震えて浴室を出ると、シンプルだが上等そうな着物を着せ付けられた。
建物を出ると、和と中が混じり合ったような建造物群が目の前に広がっていた。朱色を基本として統一された色合い。渡り廊下で建物同士がつながっていて、同じような着物を着た者達がせわしなく行き来する。まるで時代劇かファンタジー。
随分長いこと似たような景色の中を歩かされ、ようやくたどり着いたのは、他と比べて大きな建物。そこで阡が待ち構えていた。
阡は鋭い視線で俺の身なりを隅々まで確認する。近くで類が緊張の面持ちでじっとその様子を見ていた。
阡がようやく頷くと、短く「着いて来い」と言われた。
さらに迷路のように入り組んだ廊下を歩いてようやく着いたのは、一際豪奢な装飾の施された戸の前。
「燐鳳様、阡です。例の料理人を連れて参りました」
「通せ」
聞こえてきたのは、涼やかな男の声。
中に入り驚いた。
阡も整った顔をしていると思ったが、中にいた男は、艶やかな紫紺の髪を持つ、アイドルや俳優など比ではないほどの美男子だった。雅という言葉がピタリと似合うような貴人。しかも、部屋の中はふわりと上品な香りまでしている。
思わず見入っていると、突然、背骨の上を拳でガツンと殴られた。あまりの痛みに涙目になって腰を折り曲げ震えていると、苛立ちと焦り交じりの阡の声が聞こえた。
「頭を下げよ、無礼者」
そう言われて、ようやく目の前の男が『雉里燐鳳』だと気づいた。
鋭い視線がこちらに投げかけられているのがわかり、ダラダラと冷や汗が流れ出る。
「其方、人界の料理人だそうだな?」
「は、はい!」
「名は?」
「夏城慎也と申します……」
頭を下げたままで名乗ると、ようやく、「面を上げよ」と声がかかった。雉里の当主は、いつの間にか扇を広げて美しい顔の半分を隠してしまっている。
「阡、この者に何か作らせたか?」
「いえ。調査の結果、人界の料理人であることは確実ですが、作らせるのは燐鳳様の御意を仰いでからと」
「では、何か作らせてみよ。腕も分からず、あの方が口にするものを作らせるわけにはいかぬ。其方が食して問題ないと思えばこちらへ持って来い」
燐鳳の言葉に引っかかるものがあり、俺は首を傾げる。てっきり雉里の当主様の為の料理人を探しているのかと思ったが、先ほどの口ぶりだと、別の誰かの為に呼ばれたらしい。
「あの〜……」
自分は一体、誰の為に何の料理を作らされるのか確認しようと口を開きかける。しかし、次の言葉を発する前に、べチンと口元を顔ごと阡に叩かれた。
顔を押さえる俺を余所に、阡は燐鳳に向かって恭しく頭を下げる。
「かしこまりました。後ほど、ご報告に参ります」
それから、ガッと肩を掴まれ、強引に部屋から引きずり出された。
パタリと戸が閉じ、黙ったまま歩き出した阡について歩く。しばらく進んだところで、阡はピタリと足を止め、深い深い溜め息を漏らした。
「類、この男に礼儀作法を叩き込め。燐鳳様の機嫌が良くなければ、どうなっていたか分からぬ」
「申し訳ございません」
類はシュンと肩を落とす。更に、阡は厳しい目をこちらに向けた。
「其方は、最低限の作法が身につくまで、高貴な方々への謁見禁止。どこで遭遇するとも分からぬから、調理場と元いた部屋以外に出るな」
いい年をして、明らかに苛々とした口調の年下男に怒られた。




