第18話 アイビス商会
重厚な扉の前に立ち、ジンクは軽く3回扉を叩く。
「入りたまえ」
ドアの向こうから、よく通る男性の声が聞こえた。
「失礼します」
ジンクは一声かけ、扉を開けた。
質素ながら、見る人が見ればわかる高級な調度品に囲まれ、ジンクの祖父ゼクト・クラッドがいた。
「む、ジンクじゃないか。息災か? それにそちらは……」
ゼクトはセリシールの姿を見ると、急に席を立ち、セリシールの前に立った。
そして片膝をつき、セリシールに恭しく頭を下げる。
「勇者様、魔王討伐誠にお疲れ様でした。貴女のおかげで平和が保たれました」
急に頭を下げられ、セリシールは少し慌てた表情をするが、一呼吸入れ、落ち着きを取り戻す。
「頭をあげて、立ち上がってください。私もアイビス商会の援助に大変助けられました、本当にありがとうございます」
その言葉にゼクトは感涙を流している。
「じいちゃん。セリシーはもう勇者の務めを果たしたから、今は勇者じゃなく、俺の仲間として扱ってほしいんだ」
ゼクトは長い顎髭を撫で、首をコクコクと縦に振った。
「うむ、わかった。そっちの妖精のお嬢さんともども、歓迎しよう。妖精のお嬢さん、お名前は?」
「ふ、フリュイといいます! よろしくお願いします!」
フリュイの自己紹介を受けて、ゼクトは表情を緩め笑いかける。
「うんうん、礼儀正しい子だね。3人とも、連絡しておくから屋敷の方でゆっくり休んでいてくれ」
ジンクたちは頭を下げ退室する。
「き、緊張した!」
「私もほとんど何も喋ってないけど緊張しました!」
2人の慌てる姿に、ジンクは少し笑い声をこぼしながら店を出る。
「ジンクって、実は貴族とかだったり?」
「俺は違うけど、母さんは伯爵の家系だよ? 父さんは元は平民だけど、役職や母さんとの結婚の兼ね合いで、一代のみの男爵だな」
「そうだったんですね……!」
そうこう話しているうちに、3人は街の中心近くに位置する豪邸にたどり着いた。
屋敷の門へ近づくと、燕尾服に身を包んだ執事が出迎えてくれた。
「ジンク様、お久しぶりです。そしてセリシール様、フリュイ様、よくいらっしゃいました。中へどうぞ」
執事に案内され、ジンクたちは客室に荷物を置く。
「長旅でお疲れでしょう、浴室の用意もございますのでどうぞ。必要ならお手伝いもおります」
ジンクたちは手伝いを断り、それぞれ入浴した後用意されていた服に身を包んだ。
ジンクは黒い、生地のしっかりとした服。
セリシールは銀髪のよく映える濃紺で細身のドレス。
フリュイも緑髪に合い、はつらつさを感じさせるオレンジのふわふわとしたドレス。
普段着ることのない美しく高級感のある服装にフリュイは喜びくるくると回って楽しそうにしている。
「ねぇジンク、似合っているかな……?」
モジモジと恥ずかしそうに聞いてくるセリシールを微笑ましく思い、思わず笑みが溢れる。
「もちろん、とっても似合っているよ」
少し幼い顔立ちながら、どこか神秘的な雰囲気を持つセリシールに濃紺のドレスはより大人びた印象を与えていた。
「あ、ありがとう……」
セリシールは顔を赤くさせ、さらに縮こまっていく。
その姿をフリュイが少し離れて、ニコニコしながら見つめていた。
ーーー
「皆様、お食事の用意ができました」
着替えてから少し経った頃、執事が3人を呼びに来た。
「ま、マナーとか大丈夫でしょうか……?」
「だ、大丈夫、真似すればなんとかなるよ!」
「じいちゃんのことだから配慮してくれると思うけどな」
執事に連れられ、ジンクたち3人は広間のドアの前に立った。
普段食事に使われない場所にジンクは疑問に思っていたが、開かれた扉の先を見て、その疑問が晴れた。
「なるほど、立食ならマナーを知らなくても大丈夫だな」
すでに多くの人が集まっており、新たに入ってきたジンクたちへ視線が向けられる。
「会長のお孫さんだ」
「隣のお嬢さんは誰だろう、ジンク様の奥方か?」
「ならあの子は娘さん? それにしては大きいから違うのかしら……それに、羽?」
ざわざわと話し声が聞こえる中、ジンクたちは案内され奥のテーブルへ向かう。
そこにはゼクトが座っており、近くには椅子が置いてあった。
「3人ともよく似合っているじゃないか。今日は商会の従業員も呼んで立食にしたんだ、気兼ねなく食べてくれ」
ゼクトが卓上のベルを振り鳴らすと、給仕が現れワインとジュースをジンクたちに手渡した。
「さて、急な食事に集まってくれ感謝する。好きに飲み食いしていってくれ。では、乾杯」
ゼクトの乾杯とともに、大量の料理が運び込まれた。
「さて、適当にテーブルに運ばせようと思ったが、フリュイは自分で行きたいようだね? いってきて構わないよ」
運ばれてきた料理に目を輝かせていたフリュイは一つお辞儀をし、早足で料理のテーブルへ向かっていった。
「さて、私たちはゆっくり話しでもしようか。セリシールさんもいいかな? ジンクとの旅の話しを聞かせてくれ」
「はい、ぜひ!」
運ばれてきた料理は野菜とチーズが串に刺さったものやサクサクのパイの上に燻された魚の切り身や香草の乗ったもの、北国で食べられる一口の大きさに切られた凍った魚、東の島国で食べられる米を握ったものなど全国の珍しいものが集められていた。
「さあ、名産の海鮮と我が商会が集めた世界の料理を堪能してくれ」
ゼクトはパイを一つ掴み上げ一口で食べた。
それにならい、セリシールもパイを口に運ぶ。
「美味しい! お魚の生臭さもなくて、味もしょっぱさの中にふわっと甘味があってびっくり!」
旅の中で保存のことだけを考え塩漬けにされた魚との違いに驚き目を丸くする。
「そうだろう、こっちの凍っている方も食べてみなさい」
言われたとおりにセリシールは凍った魚の切り身を口に運ぶ。
「すごい、しゃりしゃりした食感で、口の中で溶けちゃった! それにさっきのよりも甘い!」
セリシールの感想にゼクトは目を細めて満足そうに笑っている。
フリュイは女性の従業員に可愛がられ、話しをしながらいろいろと食べているようであった。
「父さん、女の子の孫がいなくて可愛いのはわかるが、ほどほどにな」
新たに男が席についた。
「お久しぶりです。セリシール、こちら俺の父さんのご兄弟」
「初めまして、アルフです。よろしくね」
メガネをかけた、いかにも切れ者のような外見をしたアルフだが、その態度は柔らかく人に警戒をいだかせない。
「さて、最近アレスに会えていないし、弟の話も教えてくれると嬉しいな」
「時間もあるし、ゆっくり話そうではないか」
給仕が空いたグラスにワインを注ぎ、離れたのを見計らい4人は歓談を始めた。




