第10話 河牛のステーキと煮込み
「おお、これは……」
机にジンクが注文した火酒と、河牛の料理が置かれた。
捌かれ、牛乳から取れた脂肪で焼かれた河牛は、まるで極上のステーキのような香りを放っている。
そこに華やかな赤や緑の香草が添えられ、嗅覚だけではなく、視覚まで楽しませてくれる。
注文をしたとき、周囲から本気か?と疑いの視線を向けられていたが、今やそれは羨望の眼差しへと変わっている。
セリシールが注文した河牛の煮込みは、赤い酸味のあるバンガの実、様々な種類のきのこ、白く透きとおり、甘みのあるオニルなどが入っている。
熱々に熱されたその料理は、酸味のある匂いを周囲に漂わせ、より食欲をそそらせる。
ごくりと周囲から喉が鳴る音が聞こえる。
だがまだ注文をする勇気あるものはいないようだ。
「よし、いただこうか!」
「うん、食べよ食べよ!」
ジンクがスッと肉にナイフを刺し入れる。
力を入れずにさっくりと切れる肉質は、牛肉とは全くちがうものだった。
しかし、持ち上げるとその切り口からポタポタと肉汁を滴らせる。
まずは何もつけずに一口、塩で味付けされた河牛のステーキは口の中でほろほろと崩れ、しかしパサパサはしておらず口いっぱいに肉の旨みを伝える。
次に赤い香草を一緒に口に含む。
ピリッと辛味を伝えるその香草は、サッパリした河牛の良いアクセントとなり、より食欲が増していくようであった。
セリシールは、まずスープを一口飲んだ。
野菜の酸味や甘み、河牛のサッパリと、しかし濃厚な出汁が混ざり合い、今までに食べたことのない味わいとなっている。
次にしっかり煮込まれた河牛の肉に手をつける。
フォークを添えるだけでジュワリと、繊維が解けるように肉の塊は抵抗なく崩れていく。
小さく切ったその肉を一口ぱくりと食べると、まるで溶けていくように口内で消えていった。
「お肉が……溶ける!」
目を丸くし、スープとともに煮込まれた野菜も食べる。
白く透きとおったオニルは細切りにされており、食べると甘さとともにシャキシャキとした食感が口を楽しませてくれる。
ジンクは合間に火酒をゆっくりと口にする。
店で出されていたのは、ドワーフの国で作られた有名な地響という酒だった。
安くはないが美味しさに定評がある。
火酒は木の燻されたような癖のある味が、河牛の肉の旨みと絡み合い、極上の相性となっている。
それを見ていた周囲の客は辛抱たまらず、河牛の料理を注文し始めた。
「ふふっ、みんな魔物の美味しさを知っちゃうね?」
セリシールがにこりとジンクに笑いかける。
「仕方ないさ、美味しいからな」
にやりとジンクも笑い返す。
売り切れと落胆の声を聞きながら、2人はゆっくりと夕食を食べすすめていった。
ーーー
「おはようございます、昨日は申し訳ありませんでした!」
次の日、ギルドについてすぐ受付嬢から謝罪を受ける。
その声は活気のあるギルドに響き渡るが、ジンクたちを見てすぐ顔を戻した。
受付嬢は昨日からあまり寝れていないのか、顔色があまり良くない。
「ここでは良くあることですよね? 構いませんよ」
ジンクは笑いながら謝罪を受け入れる。
ジンクの活躍を見れたからか、セリシールもニコニコと機嫌が良さそうだ。
「本来でしたら加護については口外してはいけなかったのです、大変申し訳ありませんでした。昨日の依頼の件も含め、ただいまギルド長を呼んできますね」
そう言い残し受付嬢は部屋の奥に入り、線の細い男を連れてきた。
「初めまして、昨日は失礼しました」
ギルド長は美しいお辞儀でジンクたちに謝罪をする。
「いえ、受付の方からも謝罪を受けましたので気にしていません、依頼の方もお聞きします」
そう伝えるとギルド長は顔をあげ、ホッとしたような表情をする。
「ありがとうございます、なかなか依頼に合う冒険者様に出会えず、どうしようかと考えていたもので。こちらへどうぞ」
ーーー
応接室に通され座って待つジンクたちのもとに、ギルド長は2人を連れてきた。
1人は大剣を担いだ20歳くらいの男、もう1人は10歳そこそこの女の子で、どちらも身の置き場がないようにオドオドとしている。
「依頼というのは、彼ら2人に力加減の教育をお願いしたいんです」
ギルド長に促され、2人は順に話し始める。
「俺は、この街で衛士をやっているダンといいます。加護は重剣士と怪力です。身寄りのなかった私を荷物運びで雇ってくれた商人さんが引退してこの街に住むというので、私もこの街に住み守ろうと衛士になったのですが……」
一息呑み込み、ダンはさらに話す。
「手合わせをしたとき、相手をしてくださった先輩の腕を……折ってしまったんです……人を守ろうと決めた私の手で……」
腕を折ってしまったときの悲鳴を思い出し、ダンは青い顔をし言葉が出なくなる。
ダンに変わり、ギルド長が話を補足する。
「牽制のために軽く振った大剣が相手の腕を薙ぎ払ったようです。先輩の衛士の腕はすぐに治ったが、いつか取り返しがつかないことをしてしまいそうで戦えなくなったようで。そして……」
ちらりと女の子に目を向ける。
「リリーと言います……。加護は炎帝、学校で魔法の訓練中にお友達に怪我させちゃって……」
リリーは友達から向けられる化け物を見るかのような表情を思い出し、胸を押さえ震え出す。
ギルド長はそんなリリーの頭を撫で、心を落ち着けさせる。
「ギルドには適任がいなくて、王都への依頼も考えていたんですが、そこに加護持ちを一蹴できる元王国騎士の大隊長と、詠唱を必要としないほどの魔法のスペシャリストがきた……。まさに2人への神の思し召しかと思いました」
ギルド長は深く頭を下げ、ジンクたちに依頼をする。
横の2人もそれに合わせ頭を下げる。
「どうか2人に力を貸してください」
お願いしますと、2人の言葉を受け、ジンクはセリシールに目を向ける。
セリシールは、炎魔法か……と少し不安気な表情を見せたが、握り拳に親指をあげ、大丈夫だと伝える。
しかしまだ不安気な表情は解消されていなかった。
「3人とも顔をあげてください。わかりました、私たちでその依頼を受けます」
ジンクはセリシールの表情を気にするが、セリシールは手を振り大丈夫だと伝える。
「ありがとうございます! なんとお礼を言ったらいいか……」
「いえ、力を受け止めてもらえない辛さはよくわかりますので」
ジンクがそういうとセリシールはジンクを見てにっこりと笑った。
ギルド長は付きものが落ちたかのような顔をし、胸を撫で下ろす。
2人も目を輝かせ、やる気をみなぎらせている。
「では、今軽く見せてもらって昼からしっかりと指導でどうかな?」
「はい、俺はそれで大丈夫です!」
「リリーもお願いします!」
ジンクの提案に2人はすぐに了承し、ギルド長はそれを嬉しそうに眺めていた。
「町はずれに訓練施設がありますので、そちらへ案内します」
ギルド長の提案により、5人は訓練施設へ向かう。
「神の思し召しねぇ……どこまでも神は……」
ジンクの呟きをただ1人、セリシールだけは聞き逃していなかった。




