光を置いていく
見難い火傷の子712
光を置いていく
深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層
鉄の時代
この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。
鉄道国、玄州。
玄州中央停車場では、列車が今日も時刻表通りに走っていた。
駅に着く。
客を降ろす。
客を乗せる。
汽笛。
発車。
それを見送りながら、匠ーは何も言わなかった。
世界治安。
そのために、勇者たちを叩き直した。
エリート。
テンサイ。
シューサイ。
ロビン。
そして、その仲間たち。
勇者だけではなく、パーティごと。
もう、以前ほど簡単には崩れないだろう。
少なくとも、一人の英雄だけに全部を背負わせる形ではなくなった。
ならば。
次だ。
「次?」
横からレイラが聞いた。
いつの間にか隣に立っていた。
玄州中央停車場の高い屋根の下では、人の流れも汽笛も絶えない。
だが匠ーは時刻表から目を離さない。
「外は、少し回る」
「勇者たちのこと?」
「ああ」
短い返事だった。
「じゃあ今度は内側だ」
レイラは少し考えた。
内側。
鉄道国の内側。
玄州の駅。
列車。
観光路線。
歌便。
宿舎。
劇場。
処置場。
案内所。
学校。
人が集まり、待ち、乗り、見て、聞いて、働いて、学ぶ場所。
「……また何か作るの?」
「何かではない」
匠ーが言う。
「足りないものを作る」
それだけ言って、歩き出した。
嫌な予感がした。
だが、レイラはもう慣れていた。
この男が「足りないものを作る」と言った時、それはだいたい州ひとつでは済まない。
玄州研究所。
扉が開く。
ダンが顔を上げた。
「お、戻ったか。勇者教官」
「終わった」
「本当に一週間で終わらせたのかよ……」
ダンは呆れ半分、感心半分で言った。
「あいつら、死んでない?」
「生きてる」
「それはよかった」
「死者なしだ」
「お前の口からその報告が出ると妙に重いな」
匠ーは机に何枚かの紙を置いた。
ダンが何気なく一枚を取る。
数秒後、眉が寄った。
「……何だこれ」
「次」
「次、で分かるか」
図面だった。
箱。
窓。
帯送り。
光源。
反射板。
投影面。
音の同期用の記号。
さらに横には、人型の輪郭。
「……立体?」
ダンが言った。
「記録した姿を出す」
「は?」
「声だけじゃ足りない」
匠ーは淡々としていた。
「案内役を遠くへ出したい。
講師を、別の教室へ出したい。
医師を、処置場へ出したい。
歌い手を、劇場や車内へ出したい。
だったら、姿ごと持っていった方が早い」
ダンは図面と匠ーの顔を交互に見た。
「……お前、勇者を鍛えたあとに考えることがそれか?」
「勇者は外を守る」
即答だった。
「なら内側を回す仕組みがいる」
レイラが遅れて入ってきて、机の図面を覗き込む。
「うわ、本当に始まってる」
「何が始まってるんだ」
「どう見ても、また変な革命」
匠ーは否定しなかった。
机の上には、すでに試作品が並び始めていた。
磨かれた板。
薄い膜。
細工された箱。
音を拾う筒。
レンズに似た透明鉱石。
玄州研究所の作業灯の下で、それらはまだ道具とも廃材ともつかない顔をしている。
まだ完成には程遠い。
だが、それぞれが何かの部品であることだけは分かる。
ダンが一つをつまみ上げた。
「で、最初は何を映す気だ」
匠ーは少し考えた。
「人だな」
「雑だな」
「案内役が一番分かりやすい」
「歌うやつか」
「ああ」
そこへ、ちょうどリョーカが顔を出した。
「呼ばれた気がしたのだけれど」
「したな」
匠ーが言う。
「立ってくれ」
「何の説明もなく?」
「いいから」
リョーカは少し笑って、試作機の前に立った。
歌劇団の看板らしく、姿勢がいい。
顎の角度まで決まっている。
玄州で歌便や公演に立つ者の立ち方だった。
匠ーは板を差し込み、光源を調整し、反射板の角度を変える。
箱の奥で光が揺れた。
一度、失敗。
像が歪む。
二度目。
輪郭だけが浮く。
三度目。
ぼんやりと、そこに“人の形”が出た。
レイラが息を止める。
ダンも黙る。
リョーカ自身が、目を丸くした。
そこにいた。
いや、完全ではない。
薄い。
揺れる。
色も浅い。
だが、ただの絵ではない。
ただの影でもない。
そこに、人が“いるみたいに”見えた。
「……おい」
ダンの声が低くなる。
「おい、これ」
匠ーは像を見たまま言った。
「まだ粗い」
「そういう話じゃねぇよ」
レイラがゆっくり近づく。
手を伸ばしかけて、止める。
「……これ、玄州の列車に置ける?」
「置けるようにする」
「劇場にも?」
「する」
「駅にも?」
「する」
リョーカが、自分の像を見ながら小さく言った。
「本人がいなくても、立てるのね」
匠ーは首を振った。
「違う」
全員が見る。
「本人が行けない場所にも、届く」
その言い方だけ、妙に静かだった。
深淵。
遠い土地。
危険な場所。
人が足りない場所。
声が届かない場所。
姿があった方が早い場所。
その全部が、たった今、一本の線で繋がったように見えた。
ダンが頭をかいた。
「……また面倒なもんを作り始めたな」
「使える」
「使えるだろうよ。だから面倒なんだ」
レイラが笑う。
「歌便どころじゃ済まないね、これ」
「済まないな」
匠ーは紙をめくった。
次の図面。
次の箱。
次の投影面。
もう先へ進んでいる。
「待て」
ダンが止める。
「今、どこまで考えてる」
匠ーは答えた。
「記録」
一枚めくる。
「再生」
もう一枚。
「遠隔投影」
さらに一枚。
「同時送出」
部屋が静かになった。
レイラが先に反応した。
「……同時?」
「一人を、複数の場所へ出す」
「は?」
「劇場。駅。列車。広場。処置場」
淡々と並べる。
「必要な場所に、同じ案内役を出す」
ダンが顔を覆った。
「出たよ……」
「まだだ」
「まだあるのかよ」
匠ーは最後の紙を置いた。
そこには、大きな送信塔のような図が描かれていた。
受信台。
中継器。
投影機。
配置図。
線が玄州から各地へ伸びている。
レイラが乾いた声で言う。
「これ、何」
匠ーは答えた。
「放送」
誰もすぐには喋らなかった。
歌う箱から始まったものが、とうとうここまで来ていた。
歌。
案内。
景色。
声。
姿。
それを、一か所に置くだけでは終わらせない。
玄州から流し、やがて国じゅうへ流すつもりだ。
ダンが長く息を吐いた。
「お前さ……」
「何だ」
「勇者鍛えた直後に、次は国中に幻を流す気か」
匠ーは少しだけ考えた。
「幻じゃない」
それから、当たり前みたいに言った。
「必要な人間を、必要な場所へ置いていくだけだ」
研究所の空気が止まる。
それは、匠ーにしか言えない種類の言葉だった。
人間そのものを増やすのではなく、
人間の働きの届く範囲を増やす。
距離に負けないように。
危険に負けないように。
沈黙に負けないように。
場が死なないように。
レイラは試作機の薄い像を見た。
まだ不完全だ。
だが、芽としては十分すぎた。
これが育てば、
歌劇団は一つの劇場に縛られない。
案内役は一つの列車に縛られない。
講師は一つの教室に縛られない。
医師は一つの処置場に縛られない。
そしてたぶん、玄州から始まって、鉄道国そのものの“声の届き方”が変わる。
「……革命じゃん」
前の時と同じ言葉を、レイラはまた口にした。
匠ーは今度も否定しなかった。
「そうだな」
それだけ言って、もう次の調整に入っている。
板の角度。
光源の位置。
音の遅れ。
像の揺れ。
研究所の奥で、光が何度も失敗し、何度も立ち上がる。
列車は外を走る。
勇者たちは外を守る。
そして匠ーは、玄州の研究所で内側に光を置いていく。
後に人は言う。
鉄道国のホログラフ事業は、
勇者たちを叩き直したあとの静かな玄州研究所で、
一人の歌い手の薄い像が、初めて空中に立ったあの瞬間から始まったのだと。




