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見難い火傷の子  作者: 清風
713/723

最初の遠隔投影

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子713


最初の遠隔投影


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


鉄道国、玄州。


玄州研究所の奥では、光が今日も失敗していた。


板を替える。


膜を張る。


角度を測る。


音を合わせる。


像が伸びる。


像が割れる。


像が遅れる。


倒れる。


消える。


「駄目だな」


ダンが即答した。


「駄目だな」


匠ーも即答した。


「諦め早くないですか」


少し離れたところで記録板を持っていたセレネが言った。


「今ので何回目でしょう」


「二十七」


「もう数えてるのが怖いんだけど」


レイラが机に肘をつく。


匠ーは試作機の内部を覗き込んでいた。


前回、像そのものは立った。


人の形として見えた。


だが、まだ“そこにいるように見える”だけだった。


今回は違う。


別の場所へ出す。


記録ではない。


その場にいる人間の姿を、別の場所へ送る。


遠隔投影。


そこまでやって初めて、匠ーの中では道具になる。


「音が半拍遅い」


「像も揺れてる」


ダンが部品をつつく。


「送り側の光輪が弱いんじゃねぇか」


「輪じゃない。結び目だ」


「呼び方はどうでもいい」


どうでもよくはなかった。

匠ーにとって名前はだいたい設計思想と結びついている。


だが今は言い返さない。


机の上には、送り側の箱と受け側の箱が並んでいた。


その間に、線が一本。


まだ短い。


研究所の部屋をまたぐ程度だ。


だが匠ーの頭の中では、もう玄州中へ、鉄道国中へ伸びている。


「まずは部屋越しだ」


「いきなり国じゅうに飛ばさないだけ理性があるな」


「線が足りない」


「理性じゃなくて物理だったか」


セレネが記録板へ目を落とす。


「現段階では、まず研究所内での安定性確保が先ですね」


「ああ」


「駅へ持ち出すにしても、その後です」


匠ーは短く頷いた。


最初の実験役は、またリョーカだった。


「また私なの?」


「分かりやすい」


「便利な言葉ね、それ」


リョーカは笑いながらも、送り側の部屋へ入っていく。


歌う時の通る姿勢。

見る者へ向く角度。

声を前へ押す立ち方。


匠ーはそれを見て、やはり最初はこの人間で正しいと思った。


姿と声の両方がはっきりしている。


投影の粗が出ても、何が足りないか分かりやすい。


受け側の部屋では、ダンとレイラが待っている。

セレネはその少し後ろで、全体が見える位置を取った。


試作機の正面。

薄膜の張られた投影台。

光を受けるための枠。


「じゃあ、行くぞ」


匠ーが言う。


壁越しに、リョーカの返事。


「いつでも」


光が走る。


送り側の箱で、一度、低い音が鳴る。


次に、受け側の膜が淡く明るくなった。


輪郭。


揺れ。


歪み。


それでも。


「……出た」


レイラが小さく言う。


そこに、リョーカが立っていた。


まだ薄い。


少し透ける。


輪郭は時々ぶれる。


だが今度は違う。


向こうの部屋にいるはずの人間が、こちらにいる。


同時に。


「見えてる?」


送り側ではなく、目の前の像がそう言った。


ダンが目を剥く。


「うお」


レイラが吹き出しそうになる。


「喋った」


「喋るだろ」


壁越しに匠ーの声がした。


「そこ驚くところか?」


「いや驚くだろ!」


リョーカの像が少し笑う。


その瞬間、像の口元が一拍だけ遅れた。


「今ずれた」


匠ーの声。


「口元と音」


「分かります」


セレネがすぐに言った。


「表情の追従がわずかに遅れています」


ダンが真顔になる。


「でも届いてる」


届いていた。


声だけではない。


姿勢。


表情。


目線。


ただ文を読むだけでは伝わらない“人の置き方”ごと、届いている。


リョーカが受け側の自分の像を見つめながら言う。


「これ、案内に使えるわね」


「使う」


即答だった。


「歌便にも?」


「使う」


「劇場は?」


「使う」


「学校?」


「使う」


セレネが静かに付け加える。


「案内所や講義室にも応用できますね」


「全部じゃない」


レイラが言う。


「全部だ」


匠ーが言った。


ダンが額を押さえた。


「やっぱりな」


だが、成功は長く続かなかった。


像が乱れる。


肩口から崩れる。


色が抜ける。


次の瞬間、リョーカの首が妙に長く伸びた。


「やめて、それはちょっと嫌」


本人の苦情が飛ぶ。


レイラが腹を抱えた。


「駄目だ、怖い!」


ダンも吹き出す。


「化け物じゃねぇか!」


「黙れ」


匠ーは真顔だった。


板を抜く。


角度を変える。


膜を張り直す。


接続線を締める。


もう一度。


投影。


今度は上半身だけがやけに濃い。


下半身が消える。


「これはこれで幽霊っぽいわね」


「感想はいらない」


「いるでしょ。見る側の感想」


「いります」


セレネが記録板を持ったまま言った。


「違和感の種類は、使用場面の可否に直結します」


それは少しいる気がした、ではなく、はっきり要る話になった。


匠ーは黙って記録板へ書き込む。


・輪郭保持:不安定

・音像同期:半拍遅延

・下半身投影:光量不足

・感情反応:違和感大


ダンが覗き込む。


「最後いる?」


「いる」


「いるのか……」


匠ーにとって、違和感は故障と同じだった。

使う現場が不快なら、その時点で設計不足である。


昼を越え、光の調整は続いた。


玄州研究所の裏手では列車の音が時々響く。


時刻表通りの足音みたいに。


匠ーは一度だけ、その方向へ目を向けた。


列車は走っている。


駅は動いている。


歌便も、そのうち増える。


なら、案内役を全部の列車へ物理的に乗せるのは限界がある。


講師も、医師も、技師も同じだ。


人間は足りない。


だが足りないから諦める、という考え方を匠ーはしない。


足りないなら、届かせ方を変える。


それだけのことだった。


「もう一回」


匠ーが言う。


「まだやるの!?」


レイラが机に突っ伏す。


「今日は帰れると思ってた」


「帰れるぞ」


「本当?」


「成功したら」


「帰れないやつ!」


セレネは記録板から顔を上げた。


「成功しても、本日のうちに整理は必要ですが」


「増やさないで!?」


誰も反論しなかった。


夕方。


三十四回目。


送り側にリョーカ。


受け側に匠ー、ダン、レイラ、セレネ。


光が立つ。


像が出る。


今度は輪郭が安定していた。


足元まで消えない。


口元と音も大きくずれない。


リョーカが一歩、前へ出る。


受け側の像も、一歩出た。


その動きが、初めて“人間らしく”見えた。


レイラが笑わない。


ダンも茶化さない。


セレネも記録板を下ろして見入っていた。


三人とも、ただ見ていた。


リョーカが言う。


「玄州中央停車場、本日も歌便は定刻通りに発車いたします」


像が告げる。


声が届く。


姿が届く。


たったそれだけのことなのに、部屋の空気が変わった。


駅のざわめきが、ここに立ち上がる気がした。


乗客の視線。

発車前の間。

案内役が場をひとつに束ねる感じ。


それが、研究所の一室で再現されていた。


「……これだな」


ダンが珍しく静かな声で言った。


匠ーは頷く。


「これだ」


セレネが、息を整えるように一度だけ瞬いた。


「案内所運用なら、試験導入の検討ができます」


リョーカの像が、ほんの少し胸を張る。


歌劇団の人間は、自分の立つ場の空気が変わる瞬間を知っている。


今、確かに変わった。


その後、匠ーはすぐに次を言った。


「駅で試す」


「早くない?」


レイラが即座に返す。


「早い」


ダンも言う。


「まだたまに首が伸びるぞ」


「人の首は伸びない方がいい」


「そこは同意する」


匠ーは図面を引き寄せた。


「だから玄州中央停車場の案内所で試す」


「いきなり駅かよ」


「研究所で動くだけなら道具じゃない」


その理屈は強かった。


使う場所で動いて初めて道具。

匠ーは昔からそれを曲げない。


セレネがすぐに言う。


「案内所側の導線は押さえます。

歌劇団側との時刻調整も必要ですね」


リョーカが送り側の部屋から出てくる。


「つまり、私は次は駅に立てばいいの?

それとも研究所に立てばいいの?」


「両方だ」


「便利に使う気満々ね」


「分かりやすいからな」


「またそれ」


だが、リョーカは少し嬉しそうでもあった。


自分の歌や案内が、ひとつの列車やひとつの場に閉じない。

その可能性は、表に立つ人間ほど分かる。


日が落ちるころ。


玄州研究所の窓の外を、列車の灯りが流れていった。


光が走る。


線に沿って、遠くまで。


匠ーはその灯りを見る。


今はまだ、研究所の一室から隣室へ送るだけ。


だがその先は見えていた。


研究所から駅へ。


駅から列車へ。


玄州から各地へ。


やがては、必要な声と姿を、必要な場所へ同時に流す。


通信。


その先の放送。


ダンが横でぼそりと言う。


「また国の形が変わるな」


匠ーは少し考えてから答えた。


「変えるためにやってる」


レイラが肩をすくめる。


「言い切るねえ」


セレネは窓の外を見たまま、小さく言った。


「ええ。

これは、届く範囲そのものを変えます」


「足りないからな」


短い言葉だった。


だが、それで十分だった。


人が足りない。

時間が足りない。

距離に負ける。

沈黙が場を殺す。


なら、光を送る。


姿を送る。


声を送る。


そうして、届かなかったものを届かせる。


玄州の夜は、まだ始まったばかりだった。


そして鉄道国のホログラフ通信もまた、

まだ最初の一歩を踏み出したばかりだった。

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