勇者達の地獄の一週間
見難い火傷の子711
勇者達の地獄の一週間
深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層
鉄の時代
この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。
鉄道国。
匠一は駅の時計を見上げていた。
列車は定刻通りに到着する。
乗客を乗せる。
定刻通りに出発する。
それが鉄道国だ。
「……時刻表を守らないとな」
匠一は時刻表を見る。
だが、ふと手が止まった。
鉄道は線路だけでは動かない。
線路が安全でなければならない。
駅が安全でなければならない。
乗客が安全でなければならない。
歌便が走るなら、沿線も安全でなければならない。
観光列車が走るなら、旅人が帰ってこられなければならない。
そして、世界中を走る鉄道なら――
世界そのものが安全でなければならない。
「……世界治安が必要だな」
匠一は考える。
世界各地で魔物が出る。
盗賊もいる。
戦争もある。
国境では争いも起きる。
そんな場所を列車が走れば、時刻表など守れるはずがない。
「一人でも多く、真の勇者が必要だ」
そこまで考えて、匠一は首を傾げた。
「……」
「勇者だけ強くても駄目だな」
勇者が一人で世界を守るわけではない。
仲間がいる。
魔法使いがいる。
回復役がいる。
戦士がいる。
斥候がいる。
支援役がいる。
一人が倒れれば、パーティ全体が崩れる。
一人の奇跡は、次も起こるとは限らない。
再現できない勝利は、運用にならない。
「……パーティを鍛えるか」
結論は早かった。
数日後。
三人の勇者が、突然姿を消した。
エリート。
テンサイ。
シューサイ。
かつて魔王に敗れた三勇者である。
そして――
別の場所では、勇者ロビンもまた、突然姿を消していた。
勇者パーティ《電雷》ごと。
さらに――
三勇者の仲間たちも、まとめて姿を消した。
エリナ、ビショップ、タロー。
メリー、ルーク、ゴエモン。
アキコ、ポーン、ヘーゾー。
「ここはどこだ!?」
「何をする!」
「仲間まで連れてくるとはどういうことだ!」
「……匠一か」
「ロビン、お前もかよ!」
「俺が聞きたい!」
そこには四つの勇者パーティが揃っていた。
三勇者の三組。
そして、《電雷》。
匠一は平然としている。
「連れてきた」
「拉致だろ!」
「そうとも言う」
「そうとしか言わん!」
匠一は全員を見る。
「鉄道国の時刻表を守るためだ」
「意味が分からん!」
エリートが叫ぶ。
「世界治安が必要だ」
「だからって、なぜ俺たちなんだ!」
「勇者だから」
「仲間まで!?」
「パーティだから」
ロビンが腕を組む。
「で、何をさせる気だ」
匠一は答えた。
「今日から訓練する」
「どれくらい?」
「一週間」
「普通の訓練か?」
匠一は即答した。
「地獄の一週間」
四つのパーティに沈黙が落ちた。
一日目
個人訓練。
走る。
斬る。
避ける。
魔法を撃つ。
回復する。
連携する。
倒れる。
「もう無理だ!」
エリートが膝をついた。
その横でテンサイも荒い息を吐く。
シューサイは無言で転がった。
ロビンはまだ立っていたが、顔色が悪い。
回復役たちも座り込み、後衛は杖を支えにしている。
匠一が言う。
「立て」
「無茶だ!」
回復魔法。
疲労が抜ける。
「疲労、消えたぞ」
「……え?」
覚醒魔法。
視界が開く。
「眠気も消えた」
「じゃあ続けるぞ」
「待て!!」
待たなかった。
二日目
パーティ訓練。
敵を想定。
前衛が止める。
後衛が攻撃する。
回復役が支える。
斥候が状況を伝える。
だが、うまくいかない。
エリートが前へ出すぎる。
ビショップの拘束が遅れる。
タローのデバフがずれる。
敵が抜ける。
やり直す。
テンサイが自分で決めて突っ込む。
ルークの拘束線と噛み合わない。
メリーの麻痺が味方の動きとずれる。
ゴエモンが慌てる。
崩れる。
やり直す。
シューサイが敵を見すぎる。
後ろのアキコとポーンの位置がずれる。
ヘーゾーの支援が届かない。
囲まれる。
やり直す。
ロビンは速い。
誰よりも先に敵へ届く。
雷も強い。
だが速すぎた。
《電雷》の仲間が追いつかない。
ロビン一人だけが前にいる。
匠一が言う。
「それは勇者の勝ち方だ」
ロビンが振り返る。
「何が悪い」
「パーティの勝ち方じゃない」
やり直す。
三日目
「眠い……」
「腕が重い……」
「頭が回らん……」
覚醒魔法。
「眠気、消えたぞ」
「……」
回復魔法。
「筋肉痛も消えた」
「……」
匠一が言う。
「続けるぞ」
「お前、人の心とかないのか!」
「あるぞ。だから鍛える」
「答えになってねぇ!」
答えになっていた。
体力が戻る。
眠気が消える。
だから休んだことにはならない。
心だけが、訓練の時間を積み重ねていく。
地獄だった。
四日目
敵を変える。
地形を変える。
人数を変える。
役割を変える。
前衛と後衛を入れ替える。
回復役に索敵をさせる。
斥候に護衛をさせる。
支援役に前線維持をやらせる。
「なんで俺が後ろなんだ!」
「前に出る奴が後ろを知らんと駄目だからだ」
「なんで私が前!?」
「守られる側が、守る側の苦しさを知らんと駄目だからだ」
ロビンが前に出ようとする。
匠一が止める。
「今日は待て」
「待ってたら遅れる!」
「一人だけ早くても全体は遅い」
その言葉に、ロビンは舌打ちした。
だが、待たされた。
そのあいだに仲間が並ぶ。
隊列ができる。
射線が通る。
回復の位置も決まる。
そこで初めて、前へ出る。
速さの意味が変わった。
五日目
疲労はない。
眠気もない。
だから訓練だけが積み重なる。
失敗の記憶だけが、頭に残る。
エリートが苛立つ。
「なんで剣が通ってるのに駄目なんだ!」
匠一が答える。
「お前一人は通ってる」
「それで十分だろ!」
「後ろが死んでる」
黙った。
テンサイが言う。
「俺の判断は間違ってない」
「お前だけならな」
シューサイが言う。
「支援が遅い」
ヘーゾーが怒鳴り返した。
「お前が見えてねぇんだよ!」
そこで初めて、喧嘩になった。
エリナが泣きそうになり、メリーが怒り、アキコが疲れた顔で座り込む。
ロビンが舌打ちし、電雷の仲間も黙り込む。
空気が割れた。
匠一は見ていた。
止めなかった。
やがてビショップが言った。
「……俺たち、勇者を勝たせるためだけに動いてたんじゃないか」
誰もすぐには答えなかった。
その沈黙が、一番痛かった。
六日目
模擬戦。
混成編成。
勇者と仲間をわざと入れ替える。
エリートの横に、電雷の支援役。
ロビンの後ろに、ビショップ。
テンサイの側面に、ポーン。
シューサイの後方に、メリー。
「やりにくい!」
「だからやる」
敵が来る。
ロビンが飛び出しかける。
だが、一歩で止まった。
後ろを見る。
味方の位置を見る。
ビショップが拘束を入れる。
その瞬間に雷を重ねる。
敵が止まる。
初めて噛み合った。
別の場所では、エリートが前へ出る前にタローを見る。
タローが頷く。
デバフ。
エリナが痺れ。
ビショップが拘束。
そこへ剣。
一刀。
今度は孤立しない。
テンサイが倒れかける。
メリーが支える。
ルークが線を作る。
ゴエモンが穴を埋める。
シューサイが後退する。
アキコが詠唱を変える。
ポーンが拘束を捨てて前へ出る。
ヘーゾーが回復を通す。
誰かが倒れそうになる。
仲間が助ける。
攻撃を止める。
隊列を組み直す。
戦う。
勝つ。
初めて、全員が勝ち方を見た。
七日目
もう、誰も「自分だけが戦う」とは考えなくなっていた。
前衛が敵を止める。
後衛が狙う。
支援が補う。
回復が繋ぐ。
危険を見つければ伝える。
誰かが動けば、他の者も動く。
一人の技ではない。
パーティとしての戦いだった。
ロビンが突っ込む。
だが突っ込む前に、後ろへ一言飛ばす。
「今だ!」
雷が走る。
拘束が重なる。
魔法が通る。
回復が追いつく。
エリートが斬る。
テンサイが抉る。
シューサイが抜ける。
仲間たちが繋ぐ。
止まらない。
崩れない。
戦線が、一つの生きものみたいに動いた。
七日目の最後。
匠一が言った。
「終わり」
四つのパーティは動かなかった。
「……終わり?」
「一週間だからな」
誰も歓声を上げなかった。
ただ、互いの顔を見た。
一週間前とは違う。
自分一人の力ではない。
仲間がいる。
そして――
仲間を信じて動ける。
それからしばらくして。
魔法通信が届いた。
匠一が受信する。
そこには短い報告が記されていた。
『キングモササウルス討伐完了』
匠一は画面を見る。
さらに続く。
『エリート、テンサイ、シューサイ、ロビン、各パーティ生還』
『重傷者あり、死者なし』
『単独突破なし』
『拘束、支援、回復、雷撃、前衛連携により討伐成功』
匠一は静かに頷いた。
キングモササウルス。
かつて、三勇者たちがどうにもできなかった相手。
かつては爆炎が倒した。
だが今回は違う。
勇者だけではない。
その仲間たちもいる。
一人の英雄による勝利ではない。
パーティ全員による討伐だった。
「……これなら大丈夫だな」
鉄道国の時刻表。
それを守るために必要だったのは、強い列車だけではなかった。
世界のどこかで危機が起きた時、
そこへ向かい、
仲間と共に戦い、
そして帰ってこられる者たち。
真の勇者。
そして――
真の勇者パーティ。
鉄道国の列車は、今日も時刻表通りに走っていた。




