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見難い火傷の子  作者: 清風
706/723

歌う箱の行き先

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子706


歌う箱の行き先


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


「歌うならな」


匠ーがそう言い切った時、

ダンは呆れた顔のまま、しかし完全には笑い切らなかった。


その場にいた全員が、なんとなく察していたからだ。

この手の“妙な思いつき”は、匠ーの場合、たまにそのまま形になってしまう。


副流路警報器もそうだ。

寄り散らし材もそうだ。

白珠の処置線で使う布の改良も、最初は机の隅の思いつきみたいに見えた。

だが匠ーは、思いついただけでは終わらない。

道具にし、運用にし、いつの間にか現場の前提へ変えてしまう。


だからレイラは、机の上の奇妙な試作機を見ながら、半ば本気で言った。


「これ、そのうち変なところまで行くやつでしょ」


匠ーは平然と返す。


「変じゃない。

映像と歌詞と音の合図を揃えて、人間が同じ拍で声を出せるようにするだけだ」


「説明だけ聞くと無駄に立派だな」


ダンが腕を組む。

「でも、白珠とか宿舎で使うにしては大げさすぎるだろ。

こんな箱、一個置いて終わりって顔してない」


その指摘は正しかった。

カラのオーケストラは、どう見ても個人用ではない。

一人が覗いて歌うだけなら、ここまで拡声筒も帯送りも大きくする必要がない。

むしろ、複数人が同じ映像と拍に合わせることを前提にした作りに見える。


レイラも気づいて、箱を見直した。


「……ああ」


「何だ」


「これ、最初から“場”を相手にしてる」


匠ーは否定しない。

机の端に積まれた帯板の一枚を抜き、窓へ差し込む。

描かれていたのは簡単な風景画だった。

山の輪郭、川、橋、旗。

まだ粗いが、ただの記号ではない。


「処置場でも使える。

でも本命は別だ」


ダンが嫌な予感のする顔になる。


「何考えてる」


「移動中の人間は、暇になると勝手に散る」


「うん?」


「散ると空気が死ぬ。

空気が死ぬと、喋らない。

喋らないと、せっかく乗せた景色も案内も薄くなる」


レイラは額を押さえた。

もう分かった。

こいつは白珠の処置場から、いつの間にか鉄道の客席へ頭を飛ばしている。


「まさか」


「車内で使える」


ダンが天を仰いだ。


「ほら来たよ……」


匠ーは気にせず続ける。


「窓外の景色に合わせて帯を流す。

橋なら橋、湖なら湖、峠なら峠。

歌詞も合わせる。

案内役が先導して、客も一緒に歌えるようにする。

拡声器を客席側にも分ければ、声を拾って返せる」


「待て待て待て」

ダンが慌てて割り込む。

「今、客も歌う前提で言わなかったか」


「その方が面白いだろ」


「面白いで鉄道を組むな!」


だが匠ーの目は本気だった。

いつもの、妙なことを妙だと思っていない時の目だ。


「観光列車は景色を見せるだけじゃ弱い。

景色と、音と、客の参加を一つにすると残る。

見た、じゃなく、乗った、歌った、騒いだ、になる」


レイラは思わず吹き出しそうになる。

理屈が妙に通っている。

たしかに“ただ乗って眺める”と、“その場全体で何かをやる”では記憶の残り方が違う。


ダンもそれに気づいたのか、突っ込みかけた口を閉じた。

閉じたまま、しばらく試作機を見る。


「……それ、全席に声を拾う口を付ける気か」


「付けるなら最初からだ。

後付けは配線が汚い」


「やる気じゃねえか!」


研究所の整備員が、とうとう露骨に肩を震わせた。

もう誰も真面目な顔を保てていない。

だが匠ーだけは、まるで副制御の再設計でも語るみたいに続ける。


「全席に簡易マイク。

前方に主導用の案内席。

映像帯は車窓区間ごとに差し替え式。

拡声は車内全体へ回す。

立ち席を作るなら、拍を取れるだけの手すり位置も考える」


「踊らせる気かよ」


「踊れるならその方がいい」


「本当に言ったな今!」


レイラはもう笑っていた。

白珠の夜が明けてから初めてではないが、今度は完全に腹の底から出る笑いだった。


「案内役、泣くよ」


「募集する」


匠ーは迷いなく言う。

「歌えて、動けて、景色の説明ができるやつ」


ダンが両手で顔を覆う。


「歌って踊れる案内嬢まで要るのか……」


「いた方が完成度が高い」


「完成度って何のだよ!」


その問いに、匠ーは一瞬だけ真面目に考えたような顔をした。

それから、あまりにも自然に答える。


「鉄道国の歌事業」


部屋が止まった。


ダンは手を顔から外し、整備員たちは動きを止め、レイラは笑ったまま固まる。

いま、とんでもない言葉が、冗談でも比喩でもなく出てきた。


「歌事業?」


「新規柱として悪くない。

景観路線、温泉路線、夜景路線はある。

そこに歌路線を足す。

土産歌、地域別の乗車歌、季節帯の差し替え、案内役の巡回公演も組める」


ダンの顔が、呆れから別種の驚きへ変わっていく。

それは“馬鹿だ”だけではない。

“こいつ、本当にやれる形で考えてる”と気づいた人間の顔だ。


「……お前、それ」


「収益化もできる」


「そっちまで行ってたか……」


「車内販売と連動させれば歌本も売れる。

人気案内役が出れば指名列車も組める。

沿線ごとに舞いと歌を変えれば、ただの移動じゃなく催事になる」


レイラは机へ肘をつき、額を押さえた。

もう駄目だった。

この男は本当に、深淵後のメンタルケア装置から、観光列車の全面改造まで一直線に繋いでいる。


「革命じゃん……」


思わず漏れたその言葉に、匠ーが初めて少しだけ視線を向けた。


「そうだな」


否定しない。


ダンが大きく息を吐く。

「いや待て。

待て待て。

でも、客が全員歌う列車って何だよ。

静かに景色見たい人もいるだろ」


匠ーは即答した。


「通常便は残す。

歌便は歌便で分ける」


「分けるんだ……」


「無理に混ぜると揉める」


そこだけ妙に堅実なのが腹立たしい。

実現する気の人間の設計だ。


整備員の片方が、おそるおそる口を開く。


「全席マイクって……本当に付けるんですか」


「簡易でいい。

拾いすぎると雑音が乗る。

区画ごとにまとめて、案内役側で返しを調整する」


「返しまで考えてる」


「歌うなら要るだろ」


その一言で、研究所の空気がまたひっくり返る。

もはや誰も“そんな馬鹿な”とは言えない。

細部が具体的すぎる。

笑えるのに、放っておくと本当に実装される時の匠ーだ。


レイラは試作機の窓へ差し込まれた帯板を見た。

山、橋、旗。

さっきはただの風景画に見えたものが、今は沿線演出の第一稿にしか見えない。


「じゃあこれ」

彼女は試作機を指で叩く。

「白珠の沈黙を破るための箱じゃなくて、

そのうち“歌の観光列車”の始祖になるわけだ」


匠ーは少しだけ考え、頷いた。


「元は同じだ。

人の場を死なせないための道具だ」


その言い方だけは、妙に静かだった。


深淵のあとの処置場で、誰も喋らなくなり、

声が出ないまま空気だけが沈んでいくのを、匠ーは見たのだろう。

だから音を戻す道具を作った。

その発想が、気づけば列車一編成を歌わせるところまで伸びた。


馬鹿げている。

だが馬鹿げているだけではない。


ダンは長い沈黙のあと、とうとう観念したように言った。


「……案内嬢の募集文、誰が書くんだ」


レイラが即座に返す。


「お前じゃない?」


「何でだよ!」


「最初に興味持った責任」


「そんな責任あるか!」


匠ーはそのやり取りの横で、もう次の図面へ手を伸ばしていた。

副流路警報器の脇に、客席配置図らしきものが増える。

全席マイク装備。

前方案内台。

帯送り装置の固定位置。

歌って踊れる案内嬢の立ち位置まで、うっすら書き込みが始まっている。


研究所の一角で始まった妙な発明は、

こうして鉄道国の歌事業そのものを塗り替える芽になった。


のちにそれは本当に走る。

歌の観光列車として。

全席にマイクを持ち、

案内嬢が歌い、踊り、景色を語り、

客まで巻き込んで、一つの移動そのものを催しへ変える列車として。


そして人は後になって言うのだ。

あの革命は、深淵事案の後、研究所の片隅で、

防護器具と泥の匂いのあいだに置かれていた

「カラのオーケストラ」から始まったのだと。

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