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見難い火傷の子  作者: 清風
668/684

9. 最初の脱皮室

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子668


9. 最初の脱皮室


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


脱皮室を作る、と言い出した時、最初に困ったのは、

誰もそれを見たことがないという当たり前の事実だった。


人間の側には病人小屋があり、産室があり、怪我人を寝かせる場所もある。

だが、ラミアの脱皮を越えさせるためだけに整えられた人工空間など、前例がない。

沢見村の者たちは、沢の陰や石の窪みや倒木の裏に身を寄せる幼体を見たことはあっても、

それを「どう再現するか」という問いで考えたことはなかった。


だから最初の会合は、建て方の相談というより、何をしてはいけないかを確かめる場になった。


村側から出たのは、病人小屋を広くして使えないかという案だった。

風雨を防げて、人も呼びやすい。

具合が悪い者を寝かせる場所なのだから、理にかなっているように見える。

だが、ラミア側の年長個体はすぐに首を振った。


明るすぎる。

乾きすぎる。

音が響く。

人の気配が近すぎる。


短い言葉だったが、それで十分だった。

人間にとっての「介抱しやすい」は、そのままラミアにとっての「脱皮しやすい」にはならない。

むしろ逆になる。

見られやすく、乾きやすく、物音が入りやすい空間は、脱皮中の幼体にはそれだけで負担だった。


次に出たのは、沢の近くへ小屋を建てる案だった。

湿りと暗さは確保しやすい。

だがそれにも難があった。

沢沿いは足場が悪く、増水もある。

それに、人間が作る小屋はどうしても四角く、出入口がまっすぐで、

中の気配が外へ抜けやすい。

ラミア側が欲しているのは、ただ濡れた場所ではなく、

身を伏せ、身を隠し、殻が柔らかいあいだ外界から切り離される感じだった。


そこで匠ーは、しばらく黙って聞いていたあと、土の上に棒で線を引いた。


四角ではなく、少し奥へ曲がる形。

入口から中が見えず、風も直に通らない。

中心へ行くほど湿りが残り、外周だけ人が寄れる。

真ん中は完全に触らない。

物を置く場所、受け渡す場所、絶対に越えてはいけない線を分ける。


それを見たラミア側の年長個体が、初めて少しだけ顔を上げた。


「……近い」


それは賛辞というより、ようやく話が通じ始めたという確認だった。


そこから先は早かった。

村人は木を切り、土を盛り、石を運んだ。

だが、ただ頑丈に作ればよいわけではない。

壁は固すぎてはいけない。

内側で身体をぶつけた時、柔らかい殻を傷つける。

床は滑ってはいけない。

だが、引っかかりすぎてもいけない。

湿りを保つために水を引けば、今度は冷えすぎる。

閉じすぎれば空気が淀み、開けすぎれば乾く。


人間の「小屋作り」の経験だけでは足りなかった。

村の古老は沢の風向きを見、

女たちは湿らせた布や苔の保ち方を試し、

薬師は匂いのきつい薬草を退けた。

効く薬でも、刺激が強ければ脱皮中には害になる。

ギルドの者は動線を見た。

いざという時に物だけ渡せるか。

中核区へ踏み込まずに済むか。

慌てた人間が善意で中へ入ってしまわない造りになっているか。


脱皮室は、手当ての場である前に、踏み込みすぎを防ぐ仕掛けでもなければならなかった。


完成した最初の脱皮室は、華やかなものではなかった。

土を半ば掘り下げ、上に木と土をかぶせた、低く丸い造りだった。

入口は横へ折れ、内側が一目では見通せない。

最奥は暗く、湿り、やわらかな敷材が重ねられている。

外周には水桶と布と薬材を置く棚があり、

さらにその外に、人間が待機するための控えの空間が設けられた。


人間の感覚でいえば、少し息苦しく、少し暗すぎた。

だが、ラミア側はそれを見て、ようやく沈黙した。

不満が消えたというより、試してみる価値があると認めた沈黙だった。


最初に使われたのは、沢見村の一件で保護された幼体ではなかった。

あの子は衰弱が強く、移すこと自体が負担になりかねなかったからだ。

代わりに、次の時期に脱皮へ入ると見込まれた別の若い個体が、

長の判断で試用に応じた。


人間側は外で待った。

中に入らない。

声をかけすぎない。

様子を見たいのを堪える。

必要な物だけを決められた場所へ置き、足音を立てずに下がる。


それは村人にとって、思っていた以上に難しかった。

苦しんでいるなら顔を見たい。

呼ばれた気がしたら駆けつけたい。

だが、その衝動こそが相手には刃になる。

助けたいなら、引く。

守りたいなら、入らない。

脱皮室が教えたのは、空間の作り方だけではなく、関わり方の作法でもあった。


数日後、その若い個体は生きて若殻期を越えた。

傷は浅く、擦過も少ない。

暴れて壁を傷つけた跡も、沢の岩場で無理に越えた時よりはるかに軽かった。

長は殻の具合を見て、短く言った。


「悪くない」


大げさな賞賛ではない。

だが、その場にいた人間たちは、それで十分だった。


人の家では足りなかった。

善意だけでも足りなかった。

薬だけでも、見守りだけでも足りなかった。


必要だったのは、その身体に合った場そのものだった。


最初の脱皮室は、小さく、不格好で、村の土の匂いがするだけの施設だった。

だがそこには、後に保護区画や種族適応型住環境へつながっていく考え方が、

もうすでに形を持って横たわっていた。


相手をこちらへ合わせるのではない。

こちらが、相手の生を壊さない形へ場を調整する。


その発想が、沢見村ではじめて土と木で組み上げられたのである。

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