↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見難い火傷の子  作者: 清風
667/683

8. 人の家では足りない

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子667


8. 人の家では足りない


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。



沢見村の一件が上へ回ると、

村の事故として片づけるには収まりが悪いことがすぐに明らかになった。

あれは単なる危険接触ではなく、

人間の生活圏とラミアの生理的危機が正面からぶつかった事案だった。

脱皮中のヤスデ系ラミア幼体は、人間の家にも病人小屋にも置けず、

沢の湿りと暗さに頼るしかなかった。

そこで人間側は初めて、相手を「収容する」のではなく、

脱皮苦しみを少しでも軽減できる場を作る必要に気づく。

大きな制度名より先に、現場で出てきた言葉はもっと素朴なものだった。

――脱皮場。

あるいは、人間側が整える人工の区画としての脱皮室である。


この発想が生まれたあとも、人間側だけで勝手に進めることはできなかった。

なぜなら脱皮は、ラミアにとって単なる身体変化ではなく、

痛み・消耗・羞恥・無防備を伴う極度に私的な生理現象だからだ。

衆人環視は論外であり、苦しんでいる個体を囲むこと自体が侮辱であり危険でもある。

そこでギルドや村は、ラミア側の長との打ち合わせが不可欠だと理解する。

ここで初めて、人間側の善意だけでは保護にならないことが突きつけられる。

必要なのは「作ってよいか」という許可だけではなく、

何が助けで、何が踏み込みすぎなのかをラミア側から教わることだった。


会談では、ラミア側から脱皮に関する禁忌と必要条件が示される。

脱皮には前期・本期・若殻期・後期といった段階があり、

特に本期と若殻期は人間立ち入り禁止時期とされる。

見られること自体が傷を覗かれるのに等しく、

足音や灯り、乾いた風、無遠慮な視線は苦痛を増幅させる。

だから空間にも区分が必要になる。

最奥の脱皮場中核は完全立ち入り禁止、外側に緩衝帯、

さらに物資や薬材を受け渡す共同調整区、そして外周の一般区というふうに、

時期と場所の両方で線引きがなされる。

ここで人間側は、「助ける」とは近づくことではなく、

近づかないことを学ぶことでもあると知る。


そうして生まれる脱皮室は、見た目だけなら少し分娩室に似ている。

だが本質は美容や静養のための部屋ではなく、

脱皮という危機を安全に越えるための保護空間である。

高湿度、低照度、柔らかく滑りにくい床、身を隠せる曲面の壁、

外から直接見えない構造、音を吸う内張り、そして必要時だけ介助できる副動線。

人間にとっては「部屋」を作る感覚でも、

ラミアにとっては本来の脱皮場をどこまで損なわずに模せるかが問題になる。

だからこの施設は、単なる親切の産物ではなく、

ラミア文化の監修を受けた異種族協議の成果として立ち上がる。


この一連の流れでいちばん重要なのは、脱皮室が「化け物を囲う場所」ではなく、

尊厳を守るための技術として生まれる点だ。

苦痛を軽減し、若い殻の損傷を防ぎ、人目から守り、

本人の羞恥と恐怖を増やさない。

その理念があるからこそ、脱皮場作りは後に一時保護区画となり、

種族適応型住環境へ、さらに保護住区や疑似ダンジョン的な環境制御技術へ発展していく。

つまり始まりは壮大な計画ではない。

苦しむ一人の幼体を、人の家では守れなかったという実務上の痛い失敗から、

人間側がようやく「相手の身体に合わせて場を作る」という発想へ踏み出したことこそが、

この続きの核になる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。