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見難い火傷の子  作者: 清風
665/676

6.村長宅会談

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子665


6.村長宅会談


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


沢から戻ったころには、陽はもうだいぶ傾きを変えていた。


昼をいくらか過ぎ、沢見村の家並みの影が道へ長く落ちはじめている。

朝から騒ぎにつき合わされた者たちは、それぞれ仕事へ戻ったふりをしながら、

半分はまだ沢に心を置いたままだった。

水汲み場でも、籠を洗う女たちのあいだでも、畑へ向かう道すがらでも、声はみな低い。

名前を出さずとも、誰が何の話をしているのかはわかる。


夕方前、ゲンゾウの家の土間へ、現場を見た者たちが呼ばれた。


広い家ではない。

土間の奥に板の間がひとつ、壁際に農具と縄束、天井から干しかけの草束が吊られている。

戸は開け放たれ、まだ明るい外気が入ってくるが、

部屋の隅にはもう夕方の気配が沈みはじめていた。

ゲンゾウは入口に近いところへ腰を据え、モクジとタヘイがその脇に並ぶ。

トウ婆は板の間の柱に背を預け、杖を横へ置いて黙っていた。

若者はハヤト、ソウジ、イサクの三人、それにミナの父親も呼ばれている。

ミナ自身は本来なら席の外だが、最初に見つけたのがあの子だったこともあって、

母親の後ろに控える形で端へ座らされた。


誰も最初の口火を切りたがらなかった。


やがてゲンゾウが喉を鳴らし、低く言う。


「……まず、何があったかを揃える」


そのひとことで、土間の空気が少しだけ固くなった。

感想ではなく、事実を並べるのだとわかる。

そういうときの村長の声だった。


「朝、沢で見つかった。見たのはミナが先だな」


ミナは急に皆の視線が集まった気がして、背筋をこわばらせた。

母親が代わりに答える。


「ええ。薬草採りに行って、倒木の陰にいるのを見たそうです。戻ってきて知らせました」


「戻ってきたんじゃない」と、ミナは思わず小さく言った。

「近くまで……見に……」


母親がぎょっとしてミナを見たが、ゲンゾウは手を上げて制した。


「いい。どこまで見た」


ミナは唇を湿らせる。

胸の中には、まだあの目と湿苔の匂いが残っていた。


「倒木の根元です。……ラミア、でした。小さかった。大人じゃなくて、たぶん、子どもで……」


「子どもかどうかは、見た目だけじゃわからん」とイサクが口を挟む。


「わかるさ」とトウ婆が即座に切った。

「少なくとも成体じゃない。そこは揃えていい」


イサクは不承不承、口をつぐむ。

ゲンゾウがうなずき、先を促した。


「ミナが見たとき、その個体はどうしていた」


「うずくまってました」とミナ。

「苦しそうで……脇に湿苔と、草と、籠みたいなのが落ちてて」


「自分で集めたものでしょう」とトウ婆が付け足す。

「その場に偶然落ちていたふうじゃなかった」


タヘイが顎を撫でる。

「蔓籠も見たな。人の編みとは違ったが、持ち運ぶ道具には見えた」


「草も砕いてあった」とモクジ。

「ただの草束じゃない」


ゲンゾウは膝の上で指を組む。

「よし。次。最初に近づいたのは誰だ」


ハヤトが、血のにじんでいた肘をしかめながら持ち上げる。

「俺たちです。騒ぎを聞いて行って、逃がすなと思って」


「逃がすな、か」とトウ婆が鼻で笑う。

「追い詰めただけだろうに」


ハヤトの顔が強張る。

「危ない相手だったんだぞ」

「危なくしたのはどっちだい」

「それは――」


「そこは後だ」とゲンゾウが割って入った。

声は荒くないが、これ以上やらせる気はない調子だった。


「負傷は」

「肘を払われたのがひとり」とミナの父が言う。

「深くはない。切り傷程度だ」

「噛みつきか、爪か、脚か」

「脚だろう」とハヤト本人が不機嫌に答える。

「振っただけだ。けど速かった」


「襲われたわけじゃないね」とトウ婆。

「近づいたから払われた。それだけだ」

「同じことだろう」とハヤトは食い下がる。

「違うよ」


トウ婆の声は低く、妙にはっきりしていた。

土間の誰も、その一言のあとすぐには何も言えなかった。


ゲンゾウが目を伏せ、言葉を選ぶように口を開く。


「……襲撃か、防御か。その言い方は、外へ出すときに効く」


ミナには、その“効く”という言い方が少し怖く感じられた。

同じことを見たはずなのに、言葉ひとつで別の出来事になるのだと、

そこで初めてはっきりわかった。


モクジが重々しく言う。

「襲いかかったようには見えなかった。あれは動けぬところへ人が寄った」


「だが危険でないとも言えん」とソウジ。

「危険だよ」とトウ婆はあっさり認めた。

「危険で、弱っていて、だから扱いようがなかった。それをそのまま書けばいい」


ゲンゾウはその言葉を繰り返すように頷いた。

「危険で、弱っていた……」


ミナの父が口を開く。

「あと、単独だったことも入れるべきだ」

「親や群れの気配はなかったな」

「少なくとも、こちらに見える範囲には」


「単独行動か、はぐれかまではわからん」とゲンゾウ。

「だが、沢へ来ていたのは事実だ」


「しかも採りに来てた」とミナがまた小さく言う。


皆の視線がもう一度、ミナへ向く。

今度は母親も止めなかった。


「湿苔も草も、自分で使うつもりだったと思う。……あの子、自分で集めてた」

「そう見えたね」とトウ婆。

「わたしもそう思う」


イサクが渋い顔をする。

「そこまで書く必要があるのか」

「あるさ」とトウ婆。

「ただ“いた”だけじゃない。沢を使ってたってことだよ」

「同じ採集場を、だな」とゲンゾウが続ける。

「それがいちばん大きい」


土間の空気がまた重く沈む。

存在そのものは昔から噂にあった。

シルハ谷の向こうに棲み場があることも、古い者は知っていた。

だが同じ沢筋で、しかも薬材を採る目的まで重なっているとなると話は別だった。

これは目撃談ではない。

生活圏の擦れだ。


ゲンゾウは膝を打つように軽く手を合わせ、皆を見回した。


「では、外へ伝えるべきことを絞る。

まず、沢採集地でヤスデ系ラミアの幼体を確認」

「幼体、でいい」とトウ婆。

「脱皮の直後、あるいは最中と見られる、も入れな」

「その根拠は」

「抜け殻、柔らかい新殻、動き。十分だよ」


モクジもタヘイも黙って頷く。

ゲンゾウは続ける。


「村人数名が接近。軽傷一名」

「“接触して軽傷”じゃなく、“接近時に防御的反応で軽傷”のほうが近い」とトウ婆。

「硬い言い方だな」

「柔らかくすると嘘になる」


ゲンゾウは少し苦く笑ったが、否定はしなかった。


「次。個体は単独。湿苔、薬草様植物、携行具らしきものを所持」

「“薬草様”か」とミナの父が呟く。

「薬草でいい気もするが」

「人の薬草と同じ効きかまではわからん」とトウ婆。

「見た目と使い方が似てるだけで、決めつけるのは早い」


「それと」とモクジが口を挟む。

「最終的に、自力で離脱したことも入れよう。討伐も捕獲もしていない」

「そうだな」とゲンゾウ。

「一定時間ののち、自行離脱」


ミナはその言葉を聞いて、胸の奥がわずかにちくりとした。

“帰った”ではなく、“自行離脱”。

たしかに嘘ではない。

けれど、あの湿った岩道へ消えていった小さな背から、

何か大事なものが削り落とされてしまう響きがあった。


トウ婆がミナのほうを見た。

ミナが何を思ったか、少しだけ読んだのかもしれない。

だがトウ婆は慰めるようなことは言わず、ただゲンゾウへ向き直る。


「最後に一番大事なのは、周辺が採集圏の重なりになってる可能性だよ」

「うむ」

「それと、こちらに対応の定めがないこと。次に同じことが起きたら、もっと悪くなる」


ソウジが顔をしかめる。

「悪くなるって?」

「死人が出るってことさ」とトウ婆は平然と言った。

「向こうか、こっちか、両方かは知らないけどね」


誰も反論しなかった。

その場にいた全員が、朝の沢で起きかけていたことを思い出していたからだ。

あと少し誰かが騒げば、石を投げれば、棒を突き出せば、

違う終わりになっていたかもしれない。


ゲンゾウはしばらく黙ってから、深く息を吐いた。


「……では、ギルドへはその形で上げる。

危険接触事案であり、同時に採集圏重複の報告だ」

「近隣村にも伝えるべきだな」とミナの父。

「沢上には入るな、で済ませるなよ」とトウ婆。

「“なぜ”を抜けば、また若いのが勝手なことをする」


血のにじんだ肘のハヤトは、居心地悪そうに視線をそらした。

ゲンゾウはそれを見て、あえて責めずに頷く。


「境の教えも言い直す。昔話としてじゃなく、今のこととしてだ」


土間の外では、日がさらに傾いていた。

戸口の向こうで、誰かが牛を追う声がして、すぐに遠ざかる。

沢見村はいつもの夕方へ戻ろうとしている。

だがこの土間の中だけは、まだ朝の沢の湿りを靴裏に残していた。


ゲンゾウは最後に、皆を見渡して言った。


「話したことは、余計に膨らませるな。だが、薄めるな」

「都合よく怪談にするなってことだね」とトウ婆。

「そういうことだ」


寄り合いはそれで終わりになった。

モクジとタヘイが重い腰を上げ、若者たちは釈然としない顔のまま土間を出ていく。

ミナの父は娘を一度だけ見たが、何も言わなかった。

母親もまた、叱るでもなく、ただ早く帰るよと小さく促した。


ミナは立ち上がる前に、土間の床目をしばらく見つめた。

ラミアの少女が薬草を抱え直した細い動きと、

報告の文に置き換えられていく乾いた言葉とが、頭の中でうまく重ならなかった。


けれど、重ならないまま外へ出されるのだろう、とも思った。

村を離れて届くのは、沢にいた「あの子」ではなく、採集圏重複と危険接触の事案だ。

それでも、その冷たい言葉の底に、朝の湿りと痛みが消えずに残っていてくれればいいと、

ミナはぼんやり願った。

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