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見難い火傷の子  作者: 清風
643/658

ほしがり張良

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子643


ほしがり張良


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


張良が初めてその話を聞いた時、怪異そのものより先に食いついたのは、

討伐の難しさではなかった。

記録を保持し、差分を積み、証言の揺れを逃さぬ――その刑事パッチ済みオートマタの方だった。


報告が一通り終わる頃には、彼の指先はもう机上の書付の端を軽く叩いていた。

考えが回っている時の癖だと知る者は少ない。

たいていの者は、張良が静かになった時こそ一番面倒だと、経験で知っている。


「なるほど」


それだけ言って、張良はもう一度書付に目を落とした。

失踪届、戸籍の差分、配給記録、養子編入。

人間の目では見落とし、あるいは見て見ぬふりをされる綻びを、機械は綻びのまま保持する。

その一点だけで、彼には十分だった。


「非常に有用ですね」


向かいにいた匠ーは、そこで嫌そうに眉を寄せた。


「やめろ」


「まだ何も言っていませんが」


「言う前から分かる」


張良は少しも悪びれず、書付を一枚持ち上げた。


「人間が曖昧になっても、初回記録を保持する。

証言の変遷を積める。

配給、寝具、医療、戸籍を横断して差分を拾える。

しかも疲れず、情に流されず、買収もされにくい」


淡々と並べられる利点は、感心というより査定に近かった。

匠ーはその声音を聞きながら、ああもう駄目だ、と半ば諦める。

この男は今、欲しがっている。

しかも一番厄介な形で。


「公安とギルドだけで抱えるには惜しい」


ほら来た、と匠ーは思った。


張良は続ける。


「こういうものは、怪異案件だけに留めるべきではありません。

戸籍詐称、失踪追跡、兵站の横流し、地方役所の握り潰し。

人間の組織が曇る箇所に、ことごとく効く」


「お前な」


「評価しているだけです」


「その評価の着地点が毎回お前のところなんだよ」


張良はそこで初めて、わずかに笑った。

笑ったと言っても、口元がほんの少し動いた程度だったが。


「適材適所です」


「自分で言うな」


匠ーが吐き捨てるように言うと、張良は気にした様子もなく書付を置いた。


「単独運用は反発を招くでしょう。

現場の人間は、自分たちが監視されると感じる。

役所も公安も、機械に口を挟まれるのを嫌がる。

ですが――」


そこで一拍置く。


「人間と組ませれば話は別です」


匠ーは目を細めた。

その先をもう読んでいる顔だった。


「機械は記録を守る。

人間は現場を動かす。

人間だけでは曇る。

機械だけでは硬すぎる。

なら並べればいい。

互いの欠点を互いに縛れる」


「……そこまで考えたのか」


「考えますよ」


張良はあっさり言った。


「考えた上で、これは現場に出せると判断しています」


匠ーは腕を組んだ。

嫌な予感が、もう予感ではなく確信になっている。


「で」


「で、とは」


「そこまで言っておいて、最後に何を言う気だ」


張良は一瞬だけ黙った。

だが黙ったのは、言いにくいからではない。

言い方を整えているだけだと、匠ーには分かる。


「まずは一組」


「ほら来た」


「試験的に、人間の捜査官と刑事パッチ済みオートマタを組ませるべきです」


「誰のところで」


「私のところで」


即答だった。


匠ーは額を押さえた。


「やっぱりそれが言いたかっただけじゃないか」


「違います」


張良は涼しい顔で否定する。


「必要性を述べ、その上で最も効率の良い運用先を提示しただけです」


「それを世間では欲しがってるって言うんだよ」


「心外ですね」


少しも心外そうではなかった。


「私は収集したいのではありません。

使いたいのです。

使って、成果を出して、必要なら増やす。

その方が帝にも通しやすい」


そこまで言われると、匠ーも完全には切れない。

実際、筋は通っていた。

筋が通っているからこそ厄介だった。


張良はさらに畳みかける。


「一体では足りませんね」


「増やす話まで始めるな」


「始めますよ。

一組で成果が出れば、次は案件ごとの適性を見る段階に入る。

家庭内失踪に強い組、戸籍照合に強い組、怪異境界案件に強い組。

そうなれば配備の最適化が必要です」


「お前、もう運用表まで頭の中にあるだろ」


「だいたいは」


「だいたいで済む顔か」


張良はそこでようやく、少しだけ楽しそうな気配を見せた。


「有用なものは、早めに押さえるべきでしょう」


匠ーは深く息を吐いた。

帝の助けてドラ○もんだけでも面倒なのに、今度は本格的に張良まで始めたらしい。


「……帝に話は通すなよ。まだだ」


「もちろんです」


「その“もちろん”が信用ならん」


「では、通してから来るべきでしたか」


「そういう意味じゃない」


張良は肩をすくめるでもなく、ただ静かに座っていた。

だがその静けさの下で、もう幾つもの編成案と運用案が回っているのが見えるようだった。


匠ーはしばらく黙り込み、やがて諦めたように言う。


「単独では出すな。必ず人間と組ませろ。

現場判断は人間に残せ。

オートマタは記録と照合に徹させる。

それから、勝手に増やすな。改修はこっちを通せ」


張良は即座に頷いた。


「承知しました」


返事が早すぎて、匠ーはかえって胡散臭そうな顔になる。


「……最初からそこまで引き出すつもりだったな」


「話が早くて助かります」


「やっぱりお前、最初から全部欲しがってただろ」


張良は否定しなかった。

否定する必要もないと思っている顔だった。


ただ、机上の書付にもう一度目を落とし、静かに言う。


「欲しがっているのではありませんよ」


「じゃあ何だ」


「必要だと思っているだけです」


匠ーはその顔を見て、こいつは駄目だ、と改めて思った。

必要だと思ったものは、理屈を積み、道を作り、制度の形にしてでも手元へ引き寄せる。

張良とはそういう男なのだ。


そしてたぶん、そういう男が運用に立つからこそ、オートマタ刑事はただの発明で終わらない。


匠ーは渋い顔のまま、最後に釘を刺した。


「いいか張良。

それは便利な道具じゃない。

人間が見落とす綻びを拾うための機械だ。

使い方を間違えるな」


張良は頷いた。


「ええ。だからこそ、私のところに欲しい」


「結局そこに戻るのかよ」


その返しに、張良は今度こそはっきりと笑った。

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