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見難い火傷の子  作者: 清風
644/658

クロシジミ事件の解決

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子644


クロシジミ事件の解決


深淵ダンジョン第十七エリア、第四紀完新世層

鉄の時代

この地では、人を除く多くの生きものが八倍の大きさで生きている。


故障箇所さえ割れれば、あとは早い。

匠ーにとってクロシジミ事件は、まさにそういう類の案件だった。


怪異そのものが強大だったのではない。

家の中に、戸籍の中に、近所の“ふつう”の中に通してしまう流れが厄介だったのだ。

だが一度、その通り道が見えたなら、塞ぐべき場所は定まる。

養子編入を照らし、失踪を掘り返し、配給と寝具と医療記録を横に並べれば、

隠れていた差分はもう隠れきれない。

クロシジミ事件は、そこから先、驚くほど速く解決へ向かった。


最初に浮いたのは、一軒の家ではなかった。

一つを掘れば、似た綻びが別の帳面にも出る。

別の地方役所にも出る。

養子が入った直後に、病人が消える。

継子が減る。

老人が寝台の数より先に記録から消える。

近所は口を揃えて「もともと目立たぬ者だった」と言う。

その“もともと”が、どの家でも妙に都合よく現れた。


刑事パッチ済みのオートマタは、そうした都合の良さを都合の良さとして積み上げた。

初回記録を保持し、後の証言との差を残し、人数差分と配給差分を並べる。

人間なら聞き流したかもしれぬ揺れを、揺れたまま記録に留める。

最初から居なかったことにされかけた者たちの痕跡が、紙の上にひとつずつ引き戻されていった。


公安は最初、渋い顔をした。

証が薄いと言った。

ギルドもまた、怪異の匂いはあるが巣が見えぬと言った。

だが、共同で抱えた帳面の束が厚くなるにつれ、どちらも黙らざるを得なくなった。

薄い証は、束になれば薄くなくなる。

曖昧な匂いも、同じ形で幾つも重なれば、もはや偶然では済まない。


地方役所の中には、露骨に嫌がる者もいた。

手間が増える。

古い帳面を掘り返すな。

家のことに口を出すな。

そういう不満は、匠ーの見立てを裏書きするようでもあった。

手間を惜しみ、曖昧さに寄りかかり、家の中を家の中だけで終わらせてきたからこそ、

クロシジミはそこに棲みつけたのだ。


そして、その「嫌がり方」まで含めて、張良は見ていた。


報告の場で、彼はいつものように静かだった。

静かな時ほど面倒だと知る者は、もう本部の中にも少なくない。

机上には、回収された失踪届の写し、養子編入の照合表、配給差分の一覧、

共同案件として括られた家々の名が並んでいる。

どれも単体なら弱い。

だが横に並べれば、弱いままではいられない。


張良は一枚の照合表を手に取り、しばらく眺めてから言った。


「……面白いですね」


その場にいた若い役人が、何が面白いのか分からぬ顔をした。

張良は視線を上げずに続ける。


「一件ずつなら、どこでも握り潰せた。

家の事情、地方の事情、証拠不十分、怪異の確証なし。

いくらでも言い逃れが利く。

ですが、横に並べると逃げ場がなくなる」


彼は紙の端を指で軽く叩いた。


「同じ形が出すぎている」


その一言で、部屋の空気が少し変わった。

張良はさらに数枚を見比べる。


「養子編入の直後に家族数が減る。

配給量が合わない。

寝具数が合わない。

医療記録が途切れる。

近隣証言は“もともと目立たぬ”で揃う。

これだけ揃えば、もう個別の不幸ではありません」


匠ーは腕を組んだまま、それを聞いていた。

張良の声には感心より先に査定がある。

役に立つか。

どこまで広げられるか。

何に転用できるか。

そういう目だ。


「クロシジミ事件は、もう終わります」


若い役人がはっと顔を上げた。

張良はそこで初めて、わずかに口元を動かした。


「いえ、正確には違う。

終わるのではなく、終わらせ方が見えた」


匠ーがそこで口を開く。


「故障箇所が割れたからな」


「ええ」


張良は頷いた。


「そして故障箇所が割れた以上、次は塞ぎ方の問題です」


嫌な言い方だ、と匠ーは思った。

その言い回しは、もう次の段階へ進む気の者のそれだった。


張良は照合表を置く。


「この件で分かったのは、怪異が厄介だということではありません。

人間の組織が曖昧になる箇所に、記録保持型の機械を差し込むと、

握り潰しが急に難しくなるということです」


「おい」


匠ーが低く言う。

だが張良は止まらない。


「失踪、戸籍、配給、地方監査、兵站の横流し。

怪異案件に限りません。

人間だけでは曇る箇所が、他にもいくらでもある」


「おい、張良」


「単独では反発を招くでしょう。

ですが人間と組ませればいい。

機械は記録を守る。

人間は現場を動かす。

互いの欠点を互いに縛れる」


若い役人が目を丸くする。

匠ーは額を押さえた。

始まった、と思った。


張良は静かに続ける。


「まずは一組で十分です。

成果が出れば、案件別に適性を見られる。

家庭内失踪に強い組、戸籍照合に強い組、怪異境界案件に強い組。

そうなれば配備の最適化が可能になる」


「お前、もうそこまで考えてるのか」


匠ーが呆れたように言うと、張良は少しも悪びれず答えた。


「考えますよ。

有用なものは、使い道まで考えておくべきでしょう」


「欲しがってるだけだろ」


「必要だと思っているだけです」


その返しに、部屋の何人かが息を呑んだ。

本部長然とした顔で言っているが、やっていることはだいぶ図々しい。

だが図々しいだけで済まないのは、彼の言葉に筋が通っているからだった。


クロシジミ事件は、そこから先、驚くほど速く崩れた。

消えた者の名が戻り、握り潰された届が掘り返され、家ごとの不自然さが線で結ばれていく。

忘却と曖昧さに守られていたものは、記録の前では長く持たない。

一匹を討つだけでは終わらなかった事件は、構造ごと包囲されたことで、

ようやく終わりへ向かい始めた。


そして張良は、その終わり方を見届けながら、もう次に使うことを考えていた。

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