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見難い火傷の子  作者: 清風
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アラクネ共和国編 第三章 駅弁の出る日

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子567


アラクネ共和国編 第三章 駅弁の出る日


それからの工事は、長かった。

谷に橋を渡し、崩れやすい斜面を固め、雪の吹き溜まる場所には防護を設けた。

どうしても避けられない岩盤にはトンネルを通し、

どうしても削りすぎてはいけない尾根は迂回した。

最短距離ではない。

だが、山と喧嘩をせず、それでも人と物の流れを通す線として、少しずつ形になっていった。


やがて試運転の日が来た。

最初の車両がゆっくりと山腹を進み、谷を渡り、

狸の里の外れをかすめ、駅へ向かっていくのを見たとき、

誰も大声を上げなかった。

歓声より先に、息を止めて見守っていたのである。

止まらないか。

揺れすぎないか。

無事に着くか。

列車が最後まで走りきり、汽笛が短く鳴ったとき、ようやく人々は拍手した。


開通式は、ロープウェイ完成式よりもずっと落ち着いていた。

皆、もう分かっていたからだ。

これは見世物ではない。

これから先、毎日使われる道なのだと。

駅前には売店が並び、ロープウェイ乗り場には観光客が列を作り、

ツヨイヨ城へ向かう案内板には新しい矢印が増えた。

山の上から下りてきた荷は駅で積み替えられ、

下から来た旅人はそのまま山へ上がっていく。

匠ーが最初に思い描いた「駅に人を呼ぶ導線」は、ようやく鉄道と噛み合って動き始めていた。


だが、匠ーはまだ完成とは言わなかった。


「駅弁が出るまでは、まだだな」


誰かが冗談だと思って笑ったが、匠ーは本気だった。

線路が通っただけでは工事の終わりにすぎない。

鉄道が土地のものになるには、沿線の暮らしが乗らなければならない。

その象徴が駅弁だった。


駅弁作りは、思った以上に難しかった。

山菜はうまいが冷めると香りが落ちる。

川魚は傷みやすい。味噌は強すぎると車内で匂う。

観光客向けに派手にするか、地元の味を守るかでも意見が割れた。

ポンは「これは故郷の味じゃない」と何度も首を振り、

狸の里の古老は「山の飯は見た目より腹持ちだ」と譲らなかった。

城下の者は甘味を入れたがり、駅の売り子は「片手で食べやすくしてくれ」と言った。


そうして何度もやり直した末に、ひとつの形ができた。

山菜の炊き込み、きのこの煮付け、川魚の甘露煮、燻した肉、

狸の里の味噌を使った焼き物、そして城下の小さな甘味。

派手ではないが、この路線を通ってきた土地の味が、きちんと一箱に収まっていた。


初売りの日、駅前は開通式の日よりも賑わった。

列車を見に来た者だけでなく、弁当を買いに来た者がいたのである。

ロープウェイで下りてきた家族連れが弁当を手にし、

ツヨイヨ城へ向かう旅人が土産にデュラハン玉遊びを買い、売り子が声を張る。

山の幸が駅に集まり、駅からまた旅へ出ていく。

その光景を見て、ようやく誰もが思った。

ああ、これはもう工事ではない。

鉄道なのだと。


その日の夕方、匠ーはひとりで山へ上がった。

ロープウェイの支柱が遠くに見え、その下を、

完成した山岳鉄道が谷に沿って伸びていた。

駅にはまだ小さく人の動きがあり、煙のように薄く、暮らしの気配が立っている。

彼は深淵珈琲の湯気をひとつ吸い込み、しばらく黙ってその全景を眺めた。


谷を渡り、崖に沿い、里と城と駅とを結んだ線は、もう試しの線ではなかった。

人が乗り、荷が運ばれ、土産が売れ、駅弁が食べられる。

山の中に、確かにひとつの流れが根づいている。


匠ーは深淵珈琲をひと口飲み、そして小さく呟いた。


「よし」

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