アラクネ共和国編 第二章 狸の里と首なしの城
見難い火傷の子566
アラクネ共和国編 第二章 狸の里と首なしの城
工事が本格化する前に、ポンは故郷へ戻ることになった。
名目は地元との調整と補給拠点の確認だったが、誰が見てもそれだけではないと分かった。
山岳鉄道が通るということは、地図の上の空白に線を引くことではない。
誰かの故郷の近くを、鉄が走るようになるということだ。
ポンにとって、それは他人事ではなかった。
里は昔と同じようでいて、少しずつ変わっていた。
山道の入口にはロープウェイ開通を見越した案内板が立ち、
駅へ下りる者のための荷まとめ場が作られ、
若い者たちは「列車が通れば客も来る」と目を輝かせていた。
一方で、年寄りたちは「山は山のままがいい」と渋い顔をした。
便利になることと、故郷が故郷でなくなることは、同じではない。
ポンはその両方を分かっていた。
里からさらに奥へ進むと、山の稜線の向こうにツヨイヨ城が見えた。
かつてデュラハンがいたと噂され、子どもが近づけば叱られた場所である。
石垣は崩れ、塔の一部は風雨に削られていたが、完全な廃墟ではなかった。
すでに何人かの役人と地元の者が入り、危険箇所を見分け、
見学路をどう取るかを話し合っていた。
「観光資源にするつもりらしい」と案内役が言った。
ポンは少しだけ眉をひそめた。
昔は怖い場所だった。
夜に近づけば首なし騎士に追われる、そんな話を本気で信じていた時期もある。
だが今、その城は「怖いから近寄るな」ではなく、
「危ない場所は柵をして、見せられるところは見せよう」という扱いを受けていた。
脅威を封じて終わりにするのではなく、管理し、説明し、客を呼ぶ。
ロクドの魔王城と同じ流れが、ここにも来ていた。
城下の仮設売店では、早くも土産物の相談が始まっていた。
その中で妙に評判がよかったのが、デュラハン玉遊びだった。
けん玉をもとにした木工玩具で、持ち手が甲冑姿、玉が兜首を模している。
最初に見たとき、ポンは思わず「なんだそれ」と言ったが、
子どもたちは面白がり、大人たちも「城の名物になるなら悪くない」と笑った。
かつての恐怖が、今では土産物になる。
少し不謹慎で、だが平和な変化だった。
この帰郷で、工事隊もまた大事なものを得た。
里の者たちは、鉄道が通れば何が変わるかを具体的に語り始めたのである。
山菜やきのこを駅へ出せる。
川魚を傷む前に運べる。城を見に来た客を泊められる。
冬の閉ざされた季節にも、下とつながる希望が持てる。
線路はただの鉄ではない。
暮らしの向きを変えるものだと、ようやく皆が実感し始めた。
ポンはその夜、里の外れから遠くの山を見た。
昔は越えるだけで一日がかりだった尾根の向こうに、いずれ列車が走る。
故郷は近くなるだろう。
だが、近くなるということは、変わるということでもある。
そのことを寂しいと思う自分と、嬉しいと思う自分が、どちらも確かにいた。
翌朝、工事隊は再び山へ入った。
今度はもう、ただ山を攻略するためではない。
里と城と駅とをつなぐために。




