ゴレムさん編 夜の整理
見難い火傷の子555
ゴレムさん編 夜の整理
その夜、宿に戻ってからも、ゴレムの頭の中は少しも静かにならなかった。
昼間に見た軌道。
敷設メンテゴーレム。
資材の流れ。
作業者の連携。
そして爆炎パーティから聞かされた、オートマタという新しい言葉。
どれもが強く残っていて、ひとつ整理すると別のひとつが浮かび上がる。
机に帳面を広げ、灯りを寄せる。
テレースは向かいの椅子に座り、先に茶を飲んでいた。
もう止めても無駄だと分かっている顔だった。
「今夜は長そうね」
「はい」
「でしょうね」
「できるだけ、今日のうちにまとめたいです」
「忘れないうちに?」
「はい」
「真面目」
ゴレムはまず、現場で走り書きした記録を見返した。
字がいつもより乱れている。
自分でも分かるほどだ。
それだけ動揺していたのだろうと、少しだけ恥ずかしくなる。
だが、恥ずかしがっている場合ではない。
読めるうちに整理しなければならない。
頁の上には、短い語句がいくつも並んでいた。
軌道幅。
枕木間隔。
砕石層。
支え方。
工具受け渡し。
保持。
位置調整。
点検停止。
補給動線。
保守前提。
「……」
「難しい顔してるわね」 とテレースが言う。
「情報が多いです」
「ええ」
「ですが、ばらばらではありません」
「繋がってる?」
「はい。全部が」
「なるほど」
ゴレムは一度、帳面の中央に線を引いた。
左に「構造」、右に「運用」と書く。
さらにその下へ、見たものを振り分けていく。
「分類してるの?」
「はい」
「何のために?」
「混ざると理解しにくいので」
「あなたらしいわ」
構造には、軌道、枕木、砕石、固定具、ゴーレムの機体構成。
運用には、作業者の配置、工程の順序、補給、点検、保守、指示系統。
書き分けていくうちに、昼間は圧倒されていたものが、少しずつ形を持ち始める。
「やはり」 とゴレムは呟いた。
「軌道そのものより、軌道を成立させる仕組みの方が大きいです」
「昼にも似たことを言っていたわね」
「はい。ですが、今はもう少し整理できます」
「聞かせて」
「軌道は結果です」
「結果」
「その下に、規格、施工、補給、保守、運用がある」
「ええ」
「つまり、線がすごいのではなく、線を安定して敷き、維持し、使い続けられる仕組みがすごい」 「……なるほどね」
テレースは茶碗を置いた。
彼女は技術の細部までは分からない。
だが、ゴレムが何を見て感動しているのかは、言葉にされると少しずつ理解できる。
「それで、ゴーレムは?」 と彼女が聞く。
「重要です」
「即答ね」
「はい」
「どのあたりが?」
「力仕事の代替ではありません」
「ええ」
「工程の安定化です」
「安定化」
「人だけではぶれやすい保持や反復を、一定精度で担える」
「なるほど」
「しかも単独ではなく、人の工程に組み込まれている」
「そこを何度も言うわね」
「重要ですので」
「ええ、分かるわ」
ゴレムはそこで少し筆を止めた。
そして、別の頁を開く。
そこには昼間書いた見出しがある。
ゴーレムとオートマタの差異(仮)
まだ中身はほとんど空白だ。
だが、その空白自体が今は重かった。
「それ、気になってるのね」 とテレースが言う。
「はい」
「まだ見てもいないのに」
「はい」
「本当に好きね」
「……はい」
否定する気は、もうなかった。
「今の時点で言えるのは」 とゴレムは言いながら、ゆっくり書き始める。
「ゴーレムは、少なくとも今日見た範囲では、外部の指示に従って工程を支える存在です」
「ええ」
「オートマタは、もし自律機構を持つなら」
「判断の一部を内側に持つ?」
「はい」
「それって、かなり違うの?」
「かなり」
「そんなに」
「非常に」
テレースは少し笑った。
「今日は『非常に』が多いわね」
「そうでしょうか」
「ええ。感情が大きい時に出るのよ」
「……」
「自覚なかった?」
「少しは」
「少しはあるのね」
ゴレムは少しだけ咳払いをした。
自分の感情の出方を他人に指摘されるのは、まだ少し落ち着かない。
「でも」 とテレースが続ける。
「自律ってことは、便利なだけじゃないのでしょう?」
「はい」
「昼にも言ってたわね」
「制御、誤作動、責任、保守、判断基準」
「増えるのね」
「はい。だから、単純に上位互換とは限りません」
「なるほど」
「用途によっては、ゴーレムの方が適している場面もあるはずです」
「そこまで考えるのね」
「比較するなら、そこまで必要です」
「真面目」
しばらく、部屋には紙をめくる音と筆の走る音だけが続いた。
外では宿場町の気配がまだ少し残っている。
遠くで誰かの話し声がして、荷車の音が一度だけ通り過ぎた。
だが部屋の中では、昼間の現場がまだ続いているようだった。
やがてゴレムは、帳面の最後に短く一文を書いた。
技術は単体で優れていても足りない。
流れの中で機能して初めて意味を持つ。
「……」
「書けた?」 とテレースが聞く。
「はい」
「満足?」
「完全ではありません」
「でしょうね」
「ですが、今の時点では」
「十分?」
「はい。たぶん」
「たぶん、なのね」
「明日見直したら、また増えます」
「それもでしょうね」
テレースは立ち上がり、窓の外を少し見た。
それから振り返る。
「ねえ、ゴレムさん」
「はい」
「あなた、変わったわね」
「……そうでしょうか」
「ええ」
「どのように」
「前は、知ることが義務みたいだった」
「……」
「今は、知ることが喜びになってる」
「……」
「良い変化よ」
ゴレムはすぐには答えなかった。
だが、その言葉は静かに胸へ落ちた。
義務ではなく、喜び。
そう言われると、たしかに今の自分はそうなのかもしれないと思う。
「はい」 と彼はやがて答えた。
「そうなら、良いことです」
「ええ。良いことよ」
灯りの下で、帳面の文字が静かに並んでいた。
軌道。
敷設メンテゴーレム。
保守。
補給。
運用。
オートマタ。
今日一日で、世界はまた少し広がった。
まだ見ていないものがある。
まだ知らない技術がある。
だが、それを知りたいと思えること自体が、今のゴレムには確かな前進だった。
夜は更けていく。
それでも彼の中では、昼間見た二本の線が、まだまっすぐ先へ伸び続けていた。




