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見難い火傷の子  作者: 清風
551/561

ゴレムさん編 ホーネット幕府への道

挿絵(By みてみん)

見難い火傷の子551


ゴレムさん編 ホーネット幕府への道


アラクネ共和国を離れてからの道は、これまでよりも人の往来が多かった。

山を越える旅路であることに変わりはないが、踏み固められた街道には荷車の轍が残り、

ところどころに休憩用の小さな茶屋や、水場の整えられた場所もある。

単に通れる道ではなく、継続して使われることを前提に維持されている道だった。


「道の性格が変わりましたね」 とゴレムは言った。

「ええ」 とテレースが頷く。

「ホーネット幕府へ近づいているから?」

「それもあるわ。人と物の流れが増えると、道も変わるのよ」

「なるほど」

「あなたの好きそうな話でしょう?」

「はい」


実際、その通りだった。

ゴレムは道そのものを見るのも嫌いではない。

石の置き方、轍の深さ、脇の排水、休憩所の位置。

そうしたものから、その土地が何を運び、

どれだけの頻度で使われているかが少しずつ見えてくる。


昼前、二人は街道脇の茶屋で足を止めた。

木造の簡素な建物だったが、旅人の出入りは多い。

商人らしい者、護衛らしい者、役人風の者、そして職人めいた者もいる。

耳に入る会話も、ロクドやアラクネ共和国のものとは少し違っていた。

言葉そのものではなく、話題が違う。

荷の到着、工事の進み具合、どこそこの道の混み具合。

流通の匂いが濃い。


「ここまで来ると、もう空気が違いますね」 とゴレムが言う。

「ええ。ホーネット幕府は、動いている土地よ」

「動いている」

「人も、物も、仕組みも」

「……」

「たぶん、あなたは気に入るわ」

「そうですか」

「ええ。少なくとも、退屈はしない」


出された茶を飲みながら、ゴレムは周囲の会話に耳を傾けていた。

露骨に聞き耳を立てるつもりはない。

だが、自然と入ってくる単語の中に、気になるものが混じる。


「軌道」

「敷設」

「保守」

「搬入」


そのたびに、ゴレムの意識がそちらへ引かれた。

テレースはそれを見て、もう隠しもしない。


「分かりやすいわね」

「そうでしょうか」

「ええ。今、完全に耳がそっちへ行ってる」

「……少し」

「少しじゃないでしょう」

「かなり」

「正直でよろしい」


茶屋を出て再び歩き出す。

道は緩やかに下り、やがて山の圧迫感が少しずつ薄れていった。

代わりに、開けた土地と、遠くまで伸びる街道が見えてくる。

空も広い。

これまでの国々がそれぞれ地形に合わせていたのに対し、

ここから先は、人の側が地形へ線を引き始めている気配があった。


「……」 ゴレムは前方を見つめたまま、少し黙った。

「どうしたの?」 とテレースが聞く。

「まだ見えてはいません」

「ええ」

「ですが、何かが変わってきています」

「何が?」

「道の考え方です」

「なるほど」

「山に合わせるだけではなく、通すために整えている」

「ええ。そういう土地よ」


その言葉に、ゴレムは静かに頷いた。

ロクドでは制度が街を整えていた。

狸の里では共同体が道を守っていた。

アラクネ共和国では地形に合わせて構造を重ねていた。

だがここでは、もっと別の意志が働いている。

流すために、繋ぐために、運ぶために、土地そのものへ手を入れている。


午後に入る頃、街道の脇に大きな資材置き場が見えた。

木材、石材、金具、縄、そして見慣れない長い部材。

作業着姿の者たちが忙しく動いている。

まだ軌道そのものは見えない。

だが、その準備を支える仕組みが、すでに周囲に現れていた。


「止まりますか」 とゴレムが言った。

「見るだけなら」 とテレース。

「でも、あまり近づきすぎないようにね」

「はい」


少し離れた場所から眺める。

資材は種類ごとに分けられ、搬出しやすいように積まれている。

荷車の出入り口も複数あり、流れが滞らないよう工夫されていた。

単なる倉置きではない。

現場へ送り出すための中継点だ。


「補給の設計がある」 とゴレムは呟く。

「何が見えてるの?」

「現場だけでは成り立ちません」

「ええ」

「敷設には、前段階の整理が必要です。資材の分類、搬入順、保管、再配分」

「そこまで分かるのね」

「たぶん」

「たぶんで言うには、だいぶ具体的よ」

「見えている範囲では」

「ええ、もうそれで十分」


テレースは半ば呆れ、半ば感心しているようだった。

ゴレム自身も、自分がこういうものにどれだけ強く引かれるか、もう否定する気はなかった。


さらに進むと、道沿いの宿場町のような場所に着いた。

ホーネット幕府の外縁にある中継地らしく、

旅人だけでなく、工事関係者や商人の姿も多い。

建物は実用本位だが、活気がある。

看板の文字も、これまでの土地とは少し意匠が違って見えた。


「今日はここで泊まるのですか」

「ええ。その方がいいわ」

「明日には」

「たぶん見える」

「軌道が」

「ええ」

「……」

「黙ったわね」

「はい」

「嬉しいの?」

「はい」

「どのくらい?」

「かなり」

「かなり、で足りる?」

「……非常に」

「でしょうね」


宿へ入って荷を下ろしても、ゴレムの意識は落ち着かなかった。

まだ見ていない。だが、もう近い。

茶屋で聞いた言葉、資材置き場の様子、街道の整え方、その全てが先にあるものを示している。


夕食の席でも、彼は少し上の空だった。

テレースはそれを見て、匙を置く。


「今、頭の中は何?」

「軌道です」

「でしょうね」

「どのような規格なのか」

「ええ」

「敷設の手順はどうか」

「ええ」

「保守用の仕組みは」

「ええ」

「運用は」

「もう分かったわ」

「すみません」

「謝らなくていいのよ。楽しみにしているのは分かるから」


ゴレムは少しだけ姿勢を正した。

自分でも、ここまで露骨なのは珍しい気がする。

だが、それだけ期待しているのだ。


夜、宿の窓から外を見ると、宿場町の灯りが点々と続いていた。

その先に、まだ見ぬホーネット幕府がある。

そしてそのどこかに、鉄道国の軌道がある。


ロクドには無かった。

狸の里にも無かった。

アラクネ共和国では、ロープウェイが建設中だった。

だがここで、ついに線路に出会えるかもしれない。


その事実だけで、胸の内が静かに高鳴る。

明日、自分は何を見るのか。

どんな構造で、どんな思想で、どんな手順で、それは地の上に敷かれているのか。


眠る前まで、ゴレムの頭の中には、まだ見ぬ軌道の姿が何度も描かれていた。

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