ゴレムさん編 アラクネ共和国の町
見難い火傷の子549
ゴレムさん編 アラクネ共和国の町
ロープウェイ建設現場を離れてしばらく進むと、山の斜面に沿うように広がる町が見えてきた。
アラクネ共和国の町は、ロクドとも狸の里とも違っていた。
まず目につくのは、高低差を前提に作られていることだ。
平地に道を引いて家を並べるのではなく、
斜面に足場を重ね、段を作り、渡りを通し、
それらをひとつの町として繋いでいる。
「……これは」 ゴレムは思わず足を止めた。
「面白いでしょう」 とテレースが言う。
「はい。非常に」
「でしょうね」
道は一本ではなかった。
地上の道があり、
その上に渡り廊下のような通路があり、
さらに高い位置にも細い足場が伸びている。
人間なら少し怖くなるような高さでも、
アラクネの民たちは平然と行き来していた。
荷を持っていても足取りは軽く、手すりの少ない通路でも迷いがない。
「立体的ですね」
「ええ」
「町そのものが」
「この国らしいわ」
「はい……」
ゴレムの視線は、建物の接続部や支柱の組み方へ向いていた。
単に高い場所に家を建てているのではない。
高低差を利用し、上下の移動を前提に、最初から構造を組んでいる。
平地の都市とは発想が違う。
「ロープウェイが必要になる理由が分かります」 とゴレムは言った。
「山道だけでは足りない?」
「はい。人も荷も、上下と横移動が多すぎます」
「なるほど」
「谷を越える仕組みがあれば、町と町の繋がり方が変わるはずです」
「もうそこまで考えてるのね」
「少し」
「少しじゃないわね」
町へ入ると、空気は思ったより賑やかだった。
ロクドのような整然とした静けさではない。
狸の里のような近しい穏やかさでもない。
こちらはもっと、動きの多い活気だ。
上でも下でも人が動き、糸車のように町全体が回っている感じがする。
露店には、山の果実や乾燥させた茸、織物、金具、細工物が並んでいた。
中でも目を引くのは糸や布だ。
丈夫そうな縄、細く光る糸、編み込まれた帯。
アラクネの民の手先の器用さが、そのまま商品になっているようだった。
「見ますか」 とテレースが聞く。
「見たいです」
「ええ、そうでしょうね」
ある店先では、細い糸を何本も束ねて強い紐にする作業が行われていた。
ゴレムはしばらくそれを見つめる。
糸そのものの強度だけでなく、束ね方、撚り方、固定の仕方で性質が変わるのだろう。
ロープウェイの索とは別物かもしれないが、
この国の技術の根には、こうした素材への理解があるのではないかと思えた。
「気になる?」
「かなり」
「入って聞いてみる?」
「……いえ、まずは全体を見たいです」
「珍しく順序立ててるわね」
「全体像を先に把握した方が、個別の理解が進みます」
「本当にそういうところはぶれないのね」
町の中央らしい広場へ出ると、そこには大きな掲示板と、荷の集積所があった。
上層へ運ぶ荷、下層へ降ろす荷、他の町へ回す荷。
人の流れだけでなく、物の流れも立体的だ。
平地の市場なら横に広がるものが、ここでは上下に分かれている。
「物流の設計が違います」 とゴレムは呟いた。
「何が違うの?」
「平地なら、道幅と距離が主です。
ですがここでは、高さが加わる」
「ええ」
「運ぶ負担が大きい。だから補助機構が必要になる」
「ロープウェイみたいな?」
「はい。あるいは滑車、昇降機、索道の類」
「……本当に楽しそうね」
「はい」
その返事があまりに即答だったので、テレースは少し笑った。
広場の一角には、旅人向けの案内所らしい建物もあった。
そこで宿の場所や、立ち入り可能な区域を確認する。
対応してくれたアラクネの女性は、やはり落ち着いていて、説明も簡潔だった。
「工事区画へ再度行かれる場合は、夕刻前までに戻ってください」
「承知しました」 とゴレム。
「夜間作業もあるのですか」
「ありますが、見学は不可です」
「そうですか」
「残念そうね」 とテレースが横で言う。
「少し」
「少しじゃないでしょう」
「……かなり」
「正直でよろしい」
宿へ荷を置いたあと、二人は再び町を歩いた。
今度は生活の気配をもう少し近くで見るためだ。
建物の一階が工房で、上が住居になっている場所も多い。
階段は急だが、よく使い込まれている。
窓からは糸や布が垂れ、どこかで金属を打つ音がし、別の場所では煮炊きの匂いが流れてくる。
「暮らしと仕事場が近いですね」
「ええ」
「上下に分かれていても、切れていない」
「町全体が工房みたいな感じ?」
「少し近いです」
「なるほど」
ある通路では、子供たちが高い足場の上を平然と走っていた。
ゴレムは思わず見上げる。
「危なくないのでしょうか」
「この子たちにとっては普通なのよ」
「慣れ、ですか」
「ええ。あなたが平地を歩くのと同じ」
「……なるほど」
文化の違いというのは、こういうところにも出るのだろう。
ロクドでは制度が自然で、狸の里では共同体が自然で、
ここでは立体的な生活が自然なのだ。
夕方が近づく頃、二人は町を見下ろせる高台へ出た。
そこからは、段々に重なる家々と通路、その向こうの谷、
さらに遠くの工事中の支柱まで見えた。
町と工事が別々ではなく、ひとつの流れの中にあることがよく分かる景色だった。
「良い眺めですね」 とゴレムは言った。
「ええ」
「作られてきた町と、作られつつある未来が一緒に見えます」
「……また少し詩的ね」
「そうでしょうか」
「ええ。でも今のは分かるわ」
ゴレムはしばらく黙って景色を見ていた。
ロープウェイはまだ完成していない。
だが、完成していないからこそ、この国がどこへ向かおうとしているのかが見える。
山に合わせて生きてきた国が、山を越える新しい方法を手に入れようとしている。
その途中に立ち会っているのだ。
「次は、さらに先ですね」 とテレースが言った。
「ホーネット幕府」
「はい」
「そこまで行けば、やっと軌道に会えるかもしれない」
「はい」
「嬉しそうね」
「はい」
「もう隠す気もないのね」
「ありません」
テレースは肩を揺らして笑った。
ここまで来ると、隠す方が不自然だとゴレムも思っていた。
ロクドにはまだ無かった。
狸の里にも無かった。
アラクネ共和国では、ようやく新しい輸送技術が形になり始めている。
そしてその先、ホーネット幕府で、ついに鉄道国の軌道に出会えるかもしれない。
その道筋が、今ははっきり見えていた。
旅はただ進んでいるのではない。
技術の波を追いながら、
世界の違いをひとつずつ確かめているのだと、
ゴレムは高台の風の中で静かに実感していた。




