ゴレムさん編 狸の里
見難い火傷の子546
ゴレムさん編 狸の里
狸の里で通された家は、木の香りの濃い、落ち着いた造りだった。
壁も床も磨かれていて、派手さはないが手入れが行き届いている。
ロクドのような都市の整い方ではない。
もっと手の届く範囲を丁寧に保ってきたような、暮らしに近い整い方だった。
「どうぞ」 と案内役の狸が言う。
「まずはお茶でも」
「ありがとうございます」 ゴレムが頭を下げると、向こうも小さく頭を下げ返した。
出された茶は、少し香ばしく、木の実のような香りがした。
一口飲むと、体の奥がゆるむ。
山の里の飲み物だ、と素直に思える味だった。
「落ち着きます」 とゴレムが言うと、
「それは良かったです」 と案内役は嬉しそうに耳を揺らした。
テレースが茶碗を手にしながら、周囲を見回す。
「良い里ね」
「ありがとうございます。大きくはありませんが、皆で守ってきました」
「そういう感じがするわ」
「ロクドとは違いますが」
「ええ。でも、どちらもちゃんとしている」
「はい」
ゴレムも同意した。
ロクドは制度で保たれた街だった。
こちらは共同体で保たれた里だ。
どちらも秩序がある。
ただ、その支え方が違う。
しばらくすると、別の狸たちも顔を見せ始めた。
年寄りらしい者、働き盛りの者、子狸たち。
皆、露骨にじろじろ見るわけではないが、旅人が珍しいのか、視線はしっかり向けてくる。
特に子狸たちは隠れる気があまりない。
柱の陰や戸口の向こうから、丸い目だけがいくつも覗いていた。
「見られていますね」 とゴレムが小声で言う。
「ええ」 とテレース。
「人気者よ」
「そうでしょうか」
「珍しいのよ。あなたも、私も」
「なるほど」
その時、ひときわ小さな子狸が、ついに我慢できなくなったのか、とことこと前へ出てきた。
そしてゴレムの前で立ち止まり、じっと見上げる。
「……」
「……」
しばし見つめ合う。
どう対応するべきか迷っていると、子狸が口を開いた。
「おにいさん、かたい?」
「かたい?」 ゴレムは聞き返した。
「ゴレムだから」 と子狸は真顔で言った。
横でテレースが吹き出した。
案内役の狸も慌てて口元を押さえている。
「すみません、この子、思ったことをそのまま」
「いえ」 ゴレムは少し考えた。
「たぶん、普通の人よりは丈夫です」
「かたーい」 子狸は納得したように頷いた。
すると、安心したのか、他の子狸たちも少しずつ寄ってきた。
尾が揺れ、耳がぴくぴく動く。
完全に警戒が解けたわけではないが、興味が勝っている。
「おねえさんは?」
「私は普通よ」 とテレースが答える。
「ほんと?」
「ほんと」
「つよい?」
「そこそこ」
「そこそこってなに?」
「すごく強いってことよ」 とゴレムが真面目に補足した。
テレースが横目で見る。
「そこは少しぼかしても良かったのでは?」
「事実ですので」
「ええ、そうね」
子狸たちはきゃっきゃと笑いながら、また少し距離を詰めてきた。
その様子を見て、ゴレムはこの里が今、少なくとも平穏の中にあるのだと感じた。
子供がこうして無邪気に近寄れる場所は、良い場所だ。
やがて案内役が立ち上がった。
「もしよろしければ、里を少しご案内しましょうか」
「ぜひ」 とゴレムは答えた。
「見ておきたいです」
「そう言うと思ったわ」 とテレースが小さく言う。
外へ出ると、里の全体像が少しずつ見えてきた。
家々はばらばらに建っているようでいて、ちゃんと道と広場を囲むように配置されている。
水場があり、干し場があり、共同で使うらしい作業小屋もある。
畑は大きくないが、木の実や薬草を育てている区画が見えた。
「自給が基本なのですね」 とゴレムが言う。
「はい。全部を賄えるわけではありませんが、できるだけ」
「ロクドとの行き来も?」
「あります。必要なものは交換しますし、向こうへ出る者もいます」
「閉じた里ではないのですね」
「ええ。閉じすぎると弱くなりますから」
その答えに、ゴレムは少し感心した。
共同体が長く続くには、守るだけでは足りない。
外とどう繋がるかも必要なのだろう。
里の奥へ進むと、昨日遠目に見えた赤い鳥居のある場所へ出た。
小さな社があり、周囲はきれいに掃き清められている。
風が吹くたび、吊るされた小さな飾りがかすかな音を立てた。
「神社ですか」
「はい。里の守りです」
「大切にされているのですね」
「とても」
案内役の声は、ここへ来て少しだけ厳かになった。
ゴレムも自然と背筋を伸ばす。
「ここは、僕らの心の支えでもあります」
「……」
「昔から、良い時も悪い時も、ここで願い、ここで報告してきました」
ゴレムは社を見た。
大きくはない。
豪奢でもない。
だが、長く祈られてきた場所だけが持つ静けさがあった。
ロクドの制度とは別の形で、ここにもまた積み重ねがある。
「良い場所です」 とゴレムは言った。
「ありがとうございます」
神社を後にして、さらに歩く。
里の外れには小さな見張り台のような場所もあった。
高い塔ではなく、木を組んだ簡素なものだが、周囲を見渡すには十分だ。
「備えもしているのですね」
「はい。今は落ち着いていますが、何も無いとは言い切れませんから」
「魔王軍の残党ですか」
「それもありますし、山の魔物もいます」
「なるほど」
平和なだけではない。
だが、平和を保つための備えが、ここにはちゃんとある。
ゴレムはそのことに安心した。
歩き回って戻る頃には、すっかり昼になっていた。
広場では何人かが食事の支度をしており、香ばしい匂いが漂っている。
木の実を使った汁物に、焼いた魚、それに山菜を和えたものらしい。
「お昼もご一緒にどうぞ」 と案内役が言う。
「よろしいのですか」
「もちろんです。歓迎します」
「ありがとうございます」
座って食事をいただく。
味付けは素朴だが、どれも丁寧だった。
山のものと水辺のものが混ざっていて、
この里が閉じきらずに外とも繋がっていることが、
食卓からも分かる。
「美味しいです」 とゴレムが言うと、
「本当?」 と、さっきの子狸がまた顔を出した。
「はい」
「じゃあえらい」
「えらい?」
「おいしいって言えるの、えらい」
「……そうですか」
「そうよ」 とテレースが横から言った。
「えらいわよ」
「ありがとうございます」
「素直ね」
「はい」
また笑いが起きた。
ゴレムは、自分が何を言うと笑われるのか、まだ完全には分かっていない。
だが悪い笑いではないので、まあ良いのだろうと思う。
食後、木陰で少し休みながら、ゴレムは里の空気を改めて感じていた。
ここには鉄道国の軌道は無い。
ロクドのような行政の大きな仕組みも無い。
だが、ここにはここでしか成り立たない秩序がある。
人――いや、狸たちが互いを知り、役目を分け、祈る場所を持ち、道を守り、子供を育てている。
「どう?」 とテレースが聞いた。
「良い里です」
「ええ」
「ロクドとは全く違います」
「でも、どちらもちゃんとしている」
「はい。そこが面白いです」
「あなたらしい感想ね」
ゴレムは頷いた。
世界は広い。
そして広いだけでなく、それぞれの場所がそれぞれの理屈で成り立っている。
その違いを見ることが、今はとても面白かった。
次はアラクネ共和国。
そこではロープウェイの建設工事が始まっているという。
まだ軌道ではない。
だが、空を渡す仕組みというだけで、すでに興味を引かれる。
木陰を抜ける風が、葉を揺らした。
ゴレムはその音を聞きながら、次の土地のことを考えていた。
そしてその横で、テレースはそんな彼の顔を見て、また少しだけ呆れたように笑っていた。




